雑談

「なるほど……それで、そろそろ本題に入ってもらいたいんですけど、聞いて欲しい話というのはどういった内容なんですか?」


 こんな凍えそうな場所で悠長に男の映画談議に付き合うつもりはない。


「お話の内容を実行するにしても、その……例えば……例えばですよ? 法に触れるようなこととかはさすがに……」


「では法に触れなければ実行してもらえると?」


 合法な行為なら問題ない。そのはずだ。少し考えてから慎重に頷く。


「心配ありませんよ。実行してもらいたいのはそういった類のことではありませんから」


「はぁ……」


 そう言われても安心はできない。どんな内容にせよ、俺が実行したかどうかを相手も確認する必要があるだろう。話を聞いた後も男に付き纏われることを考えると気が重い。


「法律ってなんのためにあるか知ってます?」


 今度は法の講釈でも垂れようというのか。いくつも法を犯していそうな風体で何を言う。


「それは……人が犯罪を起こさないよう抑止力と」


「僕たち国民を守るためにあるんですよ。だから『この程度までなら法に触れないだろう』って考え方はおかしいんですよね。守ってくれてる相手を試すみたいで失礼じゃないですか? 経済イコール資本主義や拝金社会みたいに曲解されてるのと同じことですよ。あれだって本来は経世済民っていって国民を救うって意味じゃないですか?」


 昔はそうだったのだろう。だが、言葉の意味は時代の移ろいとともに変化する。現代では経済イコール資本主義でも拝金主義でも間違いとは言えまい。


「曲解じゃないですけど、似たところでいうと言葉の誤用ってのがありますよね。諺で例を挙げるなら『情けは人の為ならず』が有名ですかね?」


「確か、人に親切にしておけば後で自分にもそれが巡ってくる、とか……本来はそんな意味だったような……」


「それが今では『その人の為にならないから助けるな』なんて、真逆の意味で使う人もいますからね。まぁ、こんな誤解を招く原因は言い方にあると思うんですよ。『為ならず』だなんて、わかりづらくないですか? なになに『ず』なんて言われたら、やっちゃいけないことだと思いません? 『べからず』みたいな。それか、途中で終わってんじゃん続きなんだよ、みたいな。わかります?」


「はぁ……」


「わかりづらいと言えば、本音と建前がある京言葉なんかそうですよね」


 一体いつまでこんな雑談を続ける気なのだ。京言葉なんてどうだっていい。俺に実行して欲しいこととやらを早く聞かせてもらいたいものだ。


「お茶漬けを勧められたら帰れという意味だって、よく聞きません? でもあれって落語の話だから実際に言われるようなことはないそうで。本当に注意しなきゃいけないのは褒められたときなんですよ。ほとんどが言葉の意味とは逆の皮肉か嫌味になっていて」


 京言葉ほどあからさまではなくとも、言葉の裏に別な意味が含まれていることなど普通ではないか。他人の言葉を額面通りに受け取るのは子供ぐらいである。


「でも始終そんな調子だったら本当のことを伝えるのも大変そうですよね? 事前情報というか、先入観で京都人は本音を言わないというのが念頭にあったら、褒め言葉以外にも裏の意味があるんじゃないかって、バイアスがかかっちゃうと思いません?」


「そう……かもしれませんね……」


 それは京都人に限ったことではないだろう。素性の知れない人間の言葉にどれほどの信憑性があるというのか。ほとんどないに等しい。この男も例外ではない。チャラい格好が不信感を増長させている。俺が頷くのは同意しているからじゃない。くだらない雑談を終わらせてさっさと本題に入って欲しいからだ。


「そもそも初対面の人間を信じるなんて不可能じゃないですか?」


 初対面の俺に脅迫めいた頼みごとをしているおまえが言うな。


「信用って一朝一夕に得られるものじゃなくて時間をかけて築くものですよね? それじゃあ、——————だと思います?」


 またどうでもいい話だろうと思って聞き逃してしまった。


「え? すいません、もう一度いいですか?」

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