吉祥寺での背伸び
@matiyakuba
第1話
今年で21歳になった僕は今日12月30日。今年の目標を達成しようとついに私は行動に移した。
今年自分自身で立てた目標は3つあって、その一つが1人で外でお酒を飲むことだった。なぜそれが目標になったかというと、東京の田舎の大学に通ってるのだが周りの同級生は、大人数でレモンサワーとハイボールだけを酔うために飲んでるような奴だ。幸いお酒に強くかなりお酒が好きな方である僕は、ワンランク上のお店で良いお酒を嗜んで奴らに差を付けようと思ったのである。文に起こしてみると恥ずかしくなるくらい餓鬼な発想だが、それでも実行すれば尊敬されるくらい田舎の大学生という生き物は餓鬼なのである。ちなみに他の2つは映画を100本観ることと身長155センチくらいで黒髪ショートカットで趣味の合うかわいい子と付き合うことだ。一つ目の目標は12月20日以降からの帳じり合わせのペースアップで17本見たかいあって、3日を残してなんとか達成した。二つ目の目標は12月20日以降から17本映画を見たことからわかるように目標のままで終わるだろう。せめて2つ達成すれば今年も悪くない年だったと思えるだろうし、何より来年の自分の負担が減るだろうと思い、12月30日にとうとう重い腰を上げて吉祥寺に繰り出したのである。
とりあえず昼過ぎから見たかったホラー映画を見た。劇場のドアを開けて出る際におばあちゃんが後ろにきてるのがわかったので、ドアを抑えてあげて感謝されたが、そのあとの数人分も抑えてあげておかなければいけない状態になってしまい今はおそらくエレベーターに乗ってるであろうおばあちゃんを恨んだ。映画館を出てまだ4時半だったので時間潰しがてら1人飲みの決心を固めようと思い、喫茶店に入った。そのくらい1人で飲むという事は一大事なのである。喫茶店でコーヒーを飲みながら2つ右の席に身長155センチくらいの黒髪ショートカットの女の子が座っていた。無意識にじっと見てしまっていたのか目が合ってしまいなんとなく会釈した。その後、話しかける勇気は無いのでそっから女の子が出て行くまでずっとコーヒーと本と左側を見ていた自分に気づき、1人飲みになんていけるのかと不安になった。6時半になり喫茶店を出て、まずはハーモニカ横丁に向かう。経験豊富な酒以外趣味の無い中年の酒豪たちとハイボールとレモンサワーしか飲まない男女混合の大学生風グループを無視して店の端に陣取って自分の世界に入れば簡単だろうと思っていた。しかし考えが甘かった。ほとんどの店が外で立ち飲みになる席はハイボールとレモンサワーたちで埋まっていて、店の中のカウンターやテーブルは酒豪たちで埋まっていて店の端に空席はなかったのであった。僕が飲み始めるにはやつらの間に忍び込んだ上に、常にやつらの監視下で飲む他なかった。それは21歳の孤高の男のにはハードルが高すぎた。各店の状況を確認しながら吉祥寺の町を彷徨いハーモニカ横丁3周目に入った所でついに光が見えた。奇跡的に外の立ち飲み席に誰もいない状況のイタリアンバルに出会えたのである。ここしか無いと思い外で声かけしている店員の前をイヤホンを外しゆっくり歩き出した。しかし全く声をかけられなかった。ここで声をかけられるのを待ったのは、「席空いてますか?」と店員にこっちから声をかけるという行為は自分には女性への好意の告白と同じくらい難しいものなので、告白待ちの状態で横切るのを選択したのである。作戦は失敗に終わった。このままではハイボール&レモンサワーの大学生風の団体がきてしまうと思い、道を間違えた演技を間に入れて再度店員の前を通ろうとした時にはもう遅かった。既に立ち飲み席の両端が話がつまらなそうな大学生風の男女たち2グループで埋まってしまっていたのである。その間で1人で飲む勇気は無く、大学生風グループのリーダー的男が酔いすぎて嘔吐して女性たちから嫌われてしまえと思いながら歩き出した。
4週目に入りハーモニカ横丁は諦めようとしたその時、すれ違い様に男に声をかけられた。「俺萩原!久しぶり!」高校時代に一度同じクラスになった萩原だった、傷心中の自分は萩原と出会えたことが異様に嬉しかった。「今1人なの?」と聞かれたので1人で飲もうとしてることは言わずに、見たかった映画を見て夜飯をどこで食べようか考えている所だと少し嘘をついた。「じゃあ一緒に飲もうよ!」萩原に誘われ2人で飲むのは目標達成にならないと思い、少し考えたが2人でのみに行くことにした。萩原と飲んでほろ酔いの状態なら1人でも店に入りやすくなるだろうと考えたのである。萩原と居酒屋に入り高校時代の思い出話に浸った。しかし久々に会ったという高揚感で店に入ったは良いが、高校時代も一緒に出かけるということも無く、お互い学校でなんとなく話すほどの関係だったので、2人で思い出話で盛り上がるには荷が重かった。萩原は性格も明るく根っからの良い奴だったので誘ってくれたのだろう。しかしそれは私は想定内であり計画通りだった。何故なら盛り上がってしまい2軒目も行くことになったら1人で飲む時間はなくなり、目標達成が難しくなるからである。7時半過ぎから飲み始め、盛り上がらないために生まれる気まずさがピークになった9時ごろに2人で店を出た。店を出てすぐに萩原は「明日朝早いし今日はそろそろ帰るわ。また飲もうな!」と言い帰っていった。居酒屋に入ってすぐに明日はバイト夜からだから何時まででもいけると言ったことを忘れているのだろう。その10分後にSNSに「たまたま会って2人で飲んだ! 高校の時の同級生に会うのが久々で嬉しい。#2年3組」という文にさっき撮った私とのツーショットを載せて投稿していた。今年のくだらない目標のためにここまでの良い奴を利用していたのかといたたまれなくなり、そっと投稿にいいねを押した。
萩原のおかげで酔っ払うことに成功した私はどこにでも入れるという自信が生まれていた。なので以前から目をつけていたが、酒豪の四十路たちに阻まれていた大衆居酒屋に行くことにした。その大衆居酒屋ではやはり酒豪達がまんべんなく酒を嗜んでいた。しかし今の僕は2時間前の僕とは違う。なんなくカウンターに座ってるすでにできあがってる酒豪の間に座りメニューを見始めた。とりあえず生という暗黙のルールを裏切るという、1人飲みの利点を生かし、芋の水割りを注文しようと値段を見たと同時に気が付いた。財布が無い。メニューから目を逸らしたことによって店員が近づいてくる。心無しか周りの酒豪達も僕が何を頼むか審査しようとしてる気がしてかなり気が動転した私は電話がかかってきたふりをして荷物を持って外に出た。一応店を出てから10秒くらい電話をしてる演技をして.架空のバイト先からかかってきた電話を切った時点で酔いは完全に醒めていた。最後に財布を出したのは萩原と飲んだ居酒屋だったので居酒屋に急ぎ足で向かった。向かってる間に「財布を落としてしまったためまた来ます。」と大衆居酒屋に言うべきだったと思ったが、財布の安否が気になりそれどころでは無かった。悪いことしたなとは思ったが、焦らせた店員とボタンを押したら店員がくるシステムじゃない店側も悪いと心の中で一応抵抗をしておいた。
萩原と飲んだ居酒屋についた。店員に聞いたらすぐ財布が見つかった。次に座った客が店側に教えてくれたらしい。日本に生まれて良かった。財布を探すためという理由があったとはいえ1人で居酒屋に入ることができたのでここで飲むことも考えたが、財布を無くした客として接客されるのは苦痛だったのですぐお礼を言って店を出た。さっきの大衆居酒屋には絶対に戻れないし、この時点で10時を回ってしまっていた。目標達成の義務は来年の自分に押し付けて今日のところは帰ろうと思い、駅の方に歩いているとコンビニから出てきた身長155センチくらいの黒髪ショートカットの女の子と目が合った。「また会いましたね。」自然と話しかけてしまい言った後に自分でも驚いた。女の子は笑って答えた。「今日3回目ですね。」「3回目?」「覚えてないですか?映画館と喫茶店。」よくよく話を聞くと劇場のドアを抑えていた時に最後から2番目に通ったらしく、それもあって喫茶店での会釈に繋がったという。おそらく喫茶店のあの会釈が無ければ自分が話しかけることは無かったし、あのドアを抑えていなければ喫茶店の会釈も無かったであろう。「あの映画見てたんですね。」「そうです!最高でした。」「最高でしたね!なにより音楽と映像が完璧で。」「主役の女優さんが綺麗すぎました。」「金髪に染めた後のかわいさがすごかった。」「ホラー映画としても良かったですし。私的に今年でベスト5には入ります。」「僕もです。ホラー映画あんま見ないんですけど最高でした。」少し沈黙があったので、その間に本日2回目の決心を固めた。「このへんで一緒に飲みませんか?」「飲みたいです!」その瞬間の彼女の笑顔見た時、ありきたりでカッコつけたダサい感想になるが、今日見た映画に出てきたニュージーランド出身の女優の何倍もかわいいと思えた。「じゃあこの辺でまだやってる店探しましょうか。」「そうですね。」5分ほど歩き、朝までやっている店に入り朝まで話し尽くした。彼女もかなりの映画好きでベスト10をお互い出したら7個も被ったり、次見ようとしてる映画も被ったりした。彼女はかなり小説に詳しく、色々オススメを教えてもらい、逆に僕はアーティストを色々オススメした。はまりそうかはまらなそうかが完全に顔に出ていたため、はまりそうな感じが続いた場合は嬉しかったし、わざとはまらなそうなアーティストを連続で聞かせて反応を見たりした。ちゃんと話し始めてまだ数時間だったがこの時点で彼女のことが好きになっていた。
朝になり始発が動き始めたので帰ることにした。一緒に映画を見に行く約束をして連絡先も交換した。劇場のドアを抑えた時のおばあちゃんには感謝しか無い。もしまたあのおばあちゃんに出会うことができたら、どんなドアでも抑えてあげようと思った。「じゃあまた今度ね。DVD持ってくるの忘れないでね。」「メモしとくよ。この小説も読み終えとく。」同い年と知ったため日をまたぐ頃にはお互いタメ口に移行することができた。「気をつけてね。」彼女は京王井の頭線に乗って去っていった。僕は中央線に揺られながら1人で飲むために吉祥寺にきたことを思い出し、頭の中で来年の目標を整理して3つ決めた。まず映画を50本追加して150本見ること、達成できなかった1人でお店で飲むこと、最後に身長155センチくらいで黒髪ショートカットで趣味の合うあの子と付き合うことに決めた。最悪最初の2つは達成できなくても良いやと思い電車の中で眠りについた。
吉祥寺での背伸び @matiyakuba
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