第13話 朝


13

 翌朝。

 あれから、一睡もできなかった。できるわけなかった。

 自室のベッド。

 ベッドには……僕と、三峯さんの二人。

 気恥ずかしくて背を向けていて、三峯さんが寝たらこっそり出ていこうと思っていたのだが、寝ぼけてなのか確信犯なのかわからないが、ともかく彼女は背後から抱きついてきていて……身動きがとれなかった。

 そのせいで、一瞬だけ訪れたはずの眠気は再び吹っ飛び、眠れないまま朝になったのだ。

 三峯さんの目が覚めるのも構わず、振り払えば良かったんだろうか?

 いやむしろ逆に……いやいやいや僕はいったいなにを考えているんだ。そんなことやっていいわけがない。

 しかし、まずい。

 このままじゃきっと、またつかさが来る。

 そしたら殺される。

 殺されるだけじゃ済まないかもしれない。

 とはいえどうしたら――。

「ん、んん……」

 背後から、甘い吐息。

 さらに硬直する身体。

「……」

「あ……和彦さん」

「おはよう」

「おはようございます。和彦さんはやっぱり早起きですね」

「そう……だね」

 眠れなかったからね、とは言えなかった。

「それじゃ――」

 そう言って、ごく普通に起きるために三峯さんを腕をよけて起きようとした。

 ……けれど、なぜか三峯さんは、僕を背後から抱きついたままの両腕を離すのを拒んでくる。

「あの……三峯さん?」

「はい」

「起きてもいいかな」

「あと少し……お願いします」

「……え」

「ダメ……ですか?」

 そりゃダメだよ、なんて言う根性は、僕にはなかった。

「……いい、けど」

「ありがとう……ございます……」

 まだ眠そうにそう言うと、三峯さんは僕をそのまはまぎゅっと抱き締めてきた。

「ちょ……ちょっと、三峯さん!」

「えへへ。嫌ですか?」

「それは――」

 嫌、と言うことのできない問いだ。

 とはいえ、やっぱりこれはまず――。

「カズ!」

 ばーん、とでも効果音が鳴りそうな勢いで部屋の扉が開け放たれる。

 扉の向こうにいるのは、もちろんつかさだ。

「カズ……」

 部屋の様子を――もちろん、ベッドの状況だ――見て、つかさは視線を険しくして目を細めると、目尻をつり上げる。

「つかさ……お前は誤解している」

 僕はとりあえずそう言った。けれど、こんな状況を見たら、誤解もクソもない。

 僕がどんなに必死に弁解してみたところで、つかさを納得させるなんて無理に決まってる。逆の立場だったら、僕も納得できない。

「カズ、やらしい」

 ……こうして、僕の人生で断トツに最悪な一日が始まりを告げた。


「三峯さん?」

「……はい。なんでしょうか」

「その体勢……疲れない?」

「……そうですね」

「じゃあ、とりあえず離した方が――」

「そうですね」

 そう言うけれど、駅から学校までの道のりの間、三峯さんは僕の腕をつかんで離そうとしない。

「三峯さん?」

「そうですね」

「……聞いてる?」

「そうですね」

「……」

 ううむ。

 右腕に抱きついてくる三峯さんは、しきりに周囲をきょろきょろと見回して、なにかに警戒している。そのせいで、僕の言葉が一切届いていない。

 彼女になにかを言うのはあきらめて、僕は逆側を向いた。

「なあ、つかさ」

「なによ、変態」

「いや、あの……」

「……やらしい」

「……」

 つっけんどんな返事だった。こっちも会話の余地なしか。

 これからずっと、通学はこんな調子になるのかと思うと、気が滅入る。

 にしても――。

 横目で三峯さんを盗み見る。

 彼女は神経質なまでに周囲を警戒していて、僕の困惑した視線に気づきもしない。

 ――なんで三峯さんまでピリピリしているんだろう。

 つかさがイライラしてるのは分かる。……いや、よく考えてみると本当は意味がわからないんだけど、とにかく分からなくはない。

 だけど、なんで三峯さんまでピリピリしてるのかはさっぱり分からない。しかも、僕の言葉もろくに聞こえてなくて、とりあえず「そうですね」なんて繰り返すくらいだ。

 ……昨日まではそんなことちっともなかったのに、なんでこんなに極端に変わったんだろう。

「どうしたらいいんだ……」

「……そうですね」


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