第17話 サマンサ、ライバル視される

 あー、暇だ。

 前線基地の再建が終わり、任務はほとんどなくなった。

 メッセンジャーボーイの仕事もほとんどない。

 襲撃もないし、平和なもんだ。


 サマンサに至っては本当に何もしてない。

 何もしてないのにあがめられている。

 羨ましくはないが、ないが、贈り物はちょっと羨ましい。


 食い物なんかだとサマンサは気前よく分け与えてくれるけどな。


「ぴしっとしなさい。今日はお客様がみえるのだから」


 久しぶりに従者の仕事だ。

 サマンサの脇に立ってるだけの仕事だけどな。


 大型テントの幕が開いて、メイド3人を引き連れた少女が入ってきた。


「イレーヌよ。あんたには負けないから」


 そう言ってイレーヌは、ぴしりと指をサマンサに向かって突き付けた。


「ごきげんよう。イレーヌ様。サマンサでございます」


 サマンサの態度を見るに、イレーヌは貴族だな。


「とにかく負けないから」


 そう言ってイレーヌはテントを出て行った。


「ハデス、ありゃ何だ?」

「聖女候補でさぁ。おまけに王族で」


 聖女候補で王族かぁ。

 サマンサをライバル視するのも分かる。

 家の方から聖女に絶対なりなさいとか言われているんだろうな。


 俺は手紙を持って前線基地の中をうろついた。

 向こうから歩いてくるのはイレーヌじゃないか。

 今から回れ右したら失礼だと思われるだろうか。

 全く偉い人の扱いはめんどくさい。


 俺は脇に避けてお辞儀した。

 まるで大名行列だな。

 江戸時代の町人になった気分だ。


 俺の前でイレーヌがピタリと停まる。

 しっしっ、早く行けよ。


「あなたはサマンサの従者ですね。いいこと、私にサマンサの秘密を喋るのです。ほら早くなさい」

「……」

「何、黙っているの。馬鹿にしているのね」

「両親の遺言で許可なく偉い人とは喋ったらいけないと」

「そう、両親の遺言じゃ仕方ありませんね。許可します、自由に喋りない」

「サマンサの秘密は木いちごのジュースが好きで、6歳までそれを飲んでおねしょをしてました」

「まあ、みなさん。おねしょですって」


「はしたないですわ」

「6歳にもなってですって」

「こんな秘密を殿方に知られたら人前に出られませんわ」


 メイド三人が同調する。

 田舎ではこんなのは秘密のうちに入らない。

 布団が干してあれば、通りかかった人と必然的にそういう話にもなる。


 むっ、何か戦闘音が聞こえる。

 あの赤い肌に角はオーガじゃないか。

 塀をぶち破ったのか。

 オーガは兵を蹴散らしこちらに向かって来る。


「ひっ」


 イレーヌが腰を抜かした。


「イレーヌ様、早く逃げないと」


 そう言ってメイド達は逃げ出した。


「来るな、来るな、来るな!」


 イレーヌの股間に染みが出来広がった。

 あーあ、漏らしやがって。

 サマンサはオーガぐらいでは漏らさないぞ。

 オーク2千にも立ちはだかったぐらいだからな。


 よいしょ、高濃度魔力と。

 オーガが喉をかきむしり死んだ。


 イレーヌは事態が飲み込めないのか、放心している。


「着替えた方がよろしいのでは」

「見ないで」

「見ないでと言っても、もう見てしまいました」

「忘れて」

「はい、忘れる事にします」


 メイドが帰ってきたようだ。


「イレーヌ様、ご無事ですか」

「私の聖女としての力が発動したのよ」


 また、変な事を言い出したな。

 大丈夫か、この女。


「では俺はこれで」


 サマンサに良い土産話が出来た。

 サマンサのテントに入る。


「聞いたか」

「何よ」

「オーガが出たんだが、イレーヌが遭遇してどうなったと思う」

「早く言いなさいよ」

「腰を抜かしただけじゃなくて、お漏らししやがった」

「ぷぷっ、子供でもあるまいし。辺境でオーガ如きに怖気づいたら、暮らしていけないわ」

「そうだな。魔法をぶち込んで、魔力切れで万策尽きたって言うなら、話は分かるけどもな」


「ハデス、この話を広めるのよ」

「へい」


 サマンサは敵には容赦ないな。

 イレーヌは前線基地を歩けなくなるぞ。

 可哀想とは思わない。

 戦う覚悟の無い奴が戦場に出て来る事が間違っている。

 サマンサを少しは見習えと言いたい。

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