第9話 俺、演習旅行に行く

 演習旅行の真っ最中。

 演習旅行での従者は忙しい。

 野営の準備から、食事の世話。

 その他もろもろだ。


 だが、サマンサはこういう時は良い主人だ。

 文句は言わないし、食事の支度も手伝ってくれる。

 洗濯も自分でやる。

 まあ洗濯は俺に洗わせたくなかったのだろう。

 サマンサは村育ちだから、家事は一通り仕込まれている


 そこ行くと貴族の子息の従者は悲惨だ。

 普段は学園側がやっていた事を全てこなさないといけない。

 服の管理、洗濯を含むから、テントの設置、食事の支度。


 それで感謝の一言でも貰えたらやりがいもあるのだけれど。

 実際に主人から出て来るのは文句ばかりだ。

 やれ、寝床が堅いだの。

 食事が不味いだの。

 服が湿っぽいだのだ。


 俺は本当に主人に恵まれているよな。


「兄貴、兄貴ぐらい腕が立つのだったら、街の裏側を仕切る事ぐらいできそうでさぁ。またなんでこんな事を?」


 こいつはハデス。

 元、かっぱらいで俺の子分だ。

 ハデスは下男ポジションにちゃっかり収まっている

 前科1犯の入れ墨は手袋で隠しているが、まとっている犯罪者の気配は隠せそうにない。

 どこからみても堅気ではない。

 貴族の子息の従者にもそう言った類の者はいる。

 護衛か、お目付け役か、物騒なのだと暗殺者だろう。


「俺は出世なんて望んでない。平穏に生きたいだけだ。贅沢はちょっとしたいけどもな」

「さいですか。俺も平穏は素晴らしいと思いますぜ。スリルというスパイスが効いていればなおいいと思いまさぁ」

「スリルは要らないだろう」

「なに言ってるんで。兄貴ほど平穏とスリルを味わっている人はありませんぜ」

「モンスター退治の事か? あんなのはスリルのうちに入らない」

「そんな事を言えるのは兄貴ぐらいでさぁ」


「集団に囲まれたぞ」


 大気魔力の循環に子供ぐらいの集団が大量に引っ掛かる。

 たぶんゴブリンだろう。


「分かっとります」

「分かったのなら警告ぐらいしろよ」

「せん滅しなくてよろしいので?」


「さっきから言っている。目立つのは嫌いだと。貴族の子息の手柄を横取りするのは辞めておこう。サマンサと合流するぞ」


 敵襲の怒号が飛び交う中、サマンサを探す。


回復ヒール、しっかりなさって。ザイク、遅いわよ。分かってるわよね。例の奴を寄越すのよ」


 はいはい、魔力補給ね。


「どきなさい。無限回復のサマンサに後方支援は任せるのよ。範囲回復エリアヒール上級回復ハイヒール


 サマンサは攻撃役でなく後方支援に回るみたいだ。

 攻撃で出しゃばると嫌われると思っているらしいからな。


 サマンサの回復魔法連発を貴族の子女は羨ましそうな目で見ている。

 サマンサはやりすぎじゃないのか。

 貴族の妬みを買うと俺も苦労しそうで嫌なんだが。


 サマンサの奮闘もあって、周りに怪我人は居なくなった。


「最前線に行くわよ」

「はい、お嬢様」

「へい、お供しやす」


 三人でもっとも戦闘が激しい場所を探す。

 場所を探す間もサマンサは回復魔法を連発している。


 怪我人がひと際多い場所に出た。

 少し離れた所では、大人の身長よりも高いゴブリンが暴れている。

 ゴブリンキングだろうか。


 ゲイリック王子とスェインが肩を並べて戦っている。

 仲が悪そうだったが、それほどでもないのか。

 魔法を使っている二人の動きは目で追えないほど早い。


 ゴブリンキングがうるさそうに大剣を横薙ぎにする。

 ゲイリック王子が跳ね飛ばされた。


「要らぬお世話だと思いますが、上級回復ハイヒール


 サマンサが王子に回復魔法を掛ける。


「サマンサ、助かった。褒美は後で取らす」


 王子はまた戦線に復帰した。

 あー、退屈だな。

 こんなのを何時間も見てないといけないのかな。

 そんなのまだるっこしくて嫌になる。


 ゴブリンキングもだいぶ傷を負っているし、俺が手を出しても良いだろう。

 螺旋の循環を作って。

 射線が確保できたら、はいズドン。

 バネのように魔力が伸びて、ゴブリンキングは即死した。


「ゲイリック王子とスェイン様が首領を討ち取ったぞ」


 誰かの従者が声を上げた。


「ちっ、引き分けか」

「そうですね、殿下。勝負は又の機会に」


 サマンサが俺の背中を突く。


「やったわね」

「暇だったからな」


 ふと、俺は戦場を見て、ある事に気づいた。

 恐竜の足跡みたいな物がある。

 そして、大地が切り裂かれた爪痕が。

 これは一体なんだ?

 俺以外にも気づいた者がいるらしい。

 ひそひそとドラゴンという声が聞こえた。

 これがドラゴンか。


 大気の循環には大物の気配はない。

 無いが、大気の循環は狭い範囲だからな。


「居ないと思いますぜ」

「そう思うか」

「ピリピリした気配が無いんでさぁ」


 ハデスがそう言うのならそうなんだろ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る