お父さんがヒロインになってしまった……
空花 星潔-そらはな せいけつ-
お父さんがヒロイン……
お父さんがゲームの中に入ってしまった。
何を言っているのか全くわからないと思うけど、それは私も同じ。さっぱり意味がわからない。
でも、それが事実なのは、感覚的に理解できていた。そして、お父さんが戻ってくるには、お父さんが自分でゲームを攻略しないといけない。なぜだかわからないけど、そういうことなんだ。なぜだかわからないけど。
私とお父さんは、世間では珍しい関係性だと思う。中学二年の女子が、父親と一緒にゲームをしているのだ。しかも、乙女ゲー。中世ヨーロッパをわざと勘違いしたファンタジー世界で、主人公の少女が様々な男キャラクターと恋をしていくゲームだ。
普通はこんなゲームを一緒に遊ぶことなんて、まずないだろう。でも、うちではこれが普通だ。娘の趣味に付き合ってくれる父は、貴重な存在だと思う。
「えーと、お父さん? これ、こっちの声は聞こえないのかな」
さっきまで隣にいたお父さんの姿はなく、テレビにはゲームの画面がそのまま写っている。
しかし、ひとつだけ変わっていた部分があった。主人公である少女の名前が『
『なんだよこれ、ん? なんだ? え? 俺?』
ゲーム画面には主人公のモノローグが表示される。本来はボタン操作で文字を送らないと進まないはずなのだけど、勝手に表示されていた。口調は慌てた時のお父さんそのもの。
このゲームは主人公視点で進むため、基本的には主人公の絵は表示されない。見た目がわかるのは、イベントの一枚絵くらいだ。だから、お父さんが向こうでどんな姿をしているか、私にはわからない。
「お父さんが、ソフィア……ぷっ」
ただし、パッケージのイラストではフリフリのドレス姿だった。お父さんがあれを着ていると想像したら、思わず吹き出してしまった。
『あー、そういうことか。わかったぞ』
どうやら、お父さんも事態を理解したみたいだ。ほんと、なんだろうねこれ。
『おーい、瞳、見てるか?』
瞳とは、私の名前だ。まさかゲームから呼びかけられる事があるとは、思いもしなかった。
お父さんは何の変哲もないおじさんだ。女の人が好きだし、男の人とは恋愛するような人ではない。乙女ゲーのプレイに付き合ってくれたのは、私とゲームがしたいからだと言っていた。だから、このゲームを攻略するのはきっと辛いだろうと思う。
『お前の声は聞こえないけど、お父さん頑張って攻略するからな』
「お父さん……ぷっ」
頑張る決意は感動的なはずだけど、フリフリのドレスを着たお父さんの破壊力は高い。いちいち吹き出してしまう。
『とりあえず、攻略対象は、瞳のイチオシの奴にするか』
私のイチオシは、ハルト・シュナイズ様。彼の存在が、私がこのゲームを買った大きな理由でもある。貴族の次男で、童顔ながらも整った顔立ち。平民とも分け隔てなく接し、常に笑顔を絶やさない、人たらしとも呼ばれるような人物。しかし、その笑顔の裏は……。という、二面性タイプのキャラクターだ。
ネットで見た事前情報では、攻略難度は高いらしい。お父さんはそれを見てなかったけど、大丈夫かな。心配するだけの私は、お父さん視点で勝手に進むゲームを見守ることしかできなかった。
『なぁ瞳、こいつ初対面では良い奴だけど、腹の中に何か抱えてるぞ』
『きっと悩みがあるんだろうな』
『それとなく話聞いてみるわ』
『どうやら次男という立場が辛いらしい。貴族はそんなもんかね』
『兄の予備じゃなくて、叶えたい夢があるってよ。よし、協力してやるか』
「お父さんもうやめて……彼の悩みを着々と解決してあげないで……」
それは乙女ゲーのヒロインがやる行動じゃないよ。上司が部下の悩み相談に乗るやつだよ。
もっとこう、もっとこうね、恋愛的にドラマチックに話を進めるものなんだよ。お互いドキドキして、違う一面を見たりして関係を深めていくものなんだよ。
『あー、これは違うな。瞳ごめんな、軌道修正するわ』
「お父さん!」
さすが私のお父さん。これまでいくつも乙女ゲーに付き合ってもらった成果が出てる。ありがとうお父さん。
『貴方様のお悩み、わたくしにも寄り添わせてください』
『大丈夫、ご両親もきっとわかってくださいます』
『ハルト様、こんな平民の女に本気になってはいけません……』
「ああああああああ!」
お父さん、私が悪かった。正直、きついよお父さん。
「お父さん! 無理してヒロインになろうとしなくていいよ!」
聞こえないのはわかっているのに、私は画面に向かって叫んでいた。父親のヒロイン姿を見るのは、娘にとって拷問だということを、生まれて初めて理解した。
『はい、ハルト様。貴方様と一緒なら、どこへでも』
『嬉しいです。一生このままで』
『ハルト様、愛しています』
fin.
最後にハルト様とキスをするソフィア(義仁)は、ちゃんと美少女だった。それには、心から安心した。
いや、違う。fin.じゃなくてね、fin.じゃなくてね。後半、お父さんは完璧にヒロインをやり通した。あまりにも完璧すぎて、見ていられなかったくらいだ。私は複雑な気分をどう処理していいかわからず、顔を両手で覆った。
「ただいま」
隣から聞き慣れた声。どうやら戻ってこられたみたいだ。私は顔を隠したまま「おかえり」と告げた。正直、これが限界だ。
「いやー、ヒロインも大変だったよ。ハルト様……いや、ハルトの奴も最初はどうなるかと」
「でも、添い遂げられたね」
「ああ、ちゃんと話せば素敵なお方……いや、良い奴だっからな」
いつもの低い声だけど、どこか違和感のある話し方だった。
「お父さん」
「ん?」
「ハルト様のこと、好き?」
「もちろん、愛しています」
「えっ?」
「あっ……」
テレビ画面には、ハルト様とソフィアの幸せそうな笑顔が表示されていた。
お父さんがヒロインになってしまった…… 空花 星潔-そらはな せいけつ- @soutomesizuku
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます