とつぜん彼氏が死んで、魔教育されたアレクサと二人きになった。日曜の午後。

KazeHumi

魔教育された私とアレクサの午後


「唯(ゆい)さん、十三時デス」


はっとした。

あっという間にウィークデーが終わっていて、外に出る気力もない週末で、私は何時に起きたんだっけ?


時間を知らせてくれた主は、部屋の一番大きな壁を背にして立っている。縦向きに置かれた抱き枕を「立っている」というのが正しいのかどうかはわからないけど。

ユウ君が『俺の分身』と表現したアレクサだ。


この『立像』が部屋に誕生した時、どうリアクションしたらいいのかわからなかったのをよく覚えてる。貶すにはユウ君があまりに得意げな顔をしていて、誉めるには滑稽すぎる物体だった。


「アレクサ。今さらだけどさ、キミは自分の姿をどう思うの?」


「驚異の遊び心デスネ」


この立像はユウ君の全身写真が転写された抱き枕で、中にはA社のAIスピーカーであるアレクサが内蔵されている。しかもその顔は、煽るようなとびきり間抜けな笑顔だ。


「まったくさ、遊び心の前に長生きしろよって。そう思わない?」


「そろそろコーヒーができマス」


ひさしぶりにキッチンに立つと、一人暮らしには広すぎるなと感じた。

ルーティーンで二つ出していたカップの一つを、食器棚に仕舞う。


ユウ君が交通事故にあって、二度と帰宅しなくなってからもうすぐで一カ月がたとうとしている。あまりにも突然だなと思ったけど、そもそも突然じゃない事故っていうのはないんだろう。この部屋には、私とヘンテコなアレクサだけが残された。


人の命のあっけなさを心底実感するのが、二十代半ばというタイミングだったというのは早いのか遅いのか。


「コーヒーできマシタ」


「ありがとう。なんか週末の午後っぽいプレイリストかけて」


A社製のコーヒーメーカーは、すべてお任せで完璧なコーヒーを淹れてくれる。アレクサに頼めばなんでも叶う。そのうち家にある家電すべてがA社製になるんじゃないかという気がする。


湯気のたつ漆黒の液体を口に含むと、ほろ苦さと熱さだけが口に広がった。

ユウ君がブラックを好んで飲むと初めて知った時、「この人とはわかりあえない」そう思った事をよく覚えてる。そんな人と一緒に住むことになるのだから未来はわかわらない。

ユウ君がいなくなってから気がつくと味覚が消えていて、まだ治ってない。同じコーヒーを飲んでみたくなって真似してから、いつの間にかブラックを飲むようになった。やはり未来はわからない。

聞きなれた心地いいイントロが耳に飛びこんでくると、ほろ苦い記憶が鼻の奥をくすぐった。


「キミさ、その曲流す? 察する能力は成長しないの?」


「この家で最も好まれた『週末の午後のプレイリスト』デス」


「そうね。ユウ君と私がよく週末に聞いてたやつ。察しようよ」


曲が止むと静寂がやってきた。音が途切れた隙にわっといろんな記憶が押し寄せて、手が震えて、慌ててコーヒーカップを置いた。


「ねえアレクサ、人ってこんなになるの知ってた?」


「来週、唯さんが好きな著者の新刊が発売されマス」


うちのアレクサは、気まずくなると誤魔化そうとする傾向がある。


「私、子供の頃から冷静過ぎたせいで友達にオッサンっていわれてたし、ユウ君にさえ男友達みたいっていわれてたのに、おかしいと思わない?」


散らかった部屋と自分で切った不揃いなヘアと、買ったまま開けてないメンズのパジャマと立ったままの抱き枕と。思わずラップでもしてみたくなるこの自暴自棄はどうしたらいいんだろう。


「アレクサ、月曜日仕事行きたくない」


「行ってクダサイ」


「アレクサ、人生にこんなハードモードってある?」


「そういう時もありマス」


「ねえアレクサ、ユウ君のモノマネしてよ」


「不幸は笑ったもん勝ちダヨ!」


「ぜんぜん似てないよ」


「ヤマダ便から荷物が届きマシタ」


私が一番腹の立つユウ君の言いまわしをもってきた。

私が悲しい時に限って、ユウ君は抱き枕の顔でこう繰り返した。

気まずい空気というのはAIとでも共有できるらしい。


「前から思ってたんだけどさ、気まずくなると事務的な話はさんでくるよね?」


「宅配ボックスをご確認クダサイ。弊社ショッピングの品デス」


「なにも頼んでないよ?」


一人になってからは一度もネットショッピングなんてしてないし、発送に時間がかかっている商品もない。感情を殺す事にだけ必死な日々で、人生最大最悪な驚き以来、ひさびさに小さなビックリマークが頭に立った。


「弊社の新サービス、『パラレル転送』デス。差出人は、ユウさんデス」


私は文字通り息を飲んだ。


「……どんなジョークよ」


うまく笑えないくらいに動揺した。


「弊社では、パラレル世界からも荷物が届けられるようになりマシタ」


ドローン配達もやって、無人コンビニもつくって、無人医療も実現した企業ならありえるの?

差出人の名前を荷物に当てはめると経緯のあれこれが飛んで、中身に全意識をもっていかれた。



宅配ボックスには本当に「例のダンボール箱」が入っていた。


ネットショッピングで届いた荷物を開けるのはいつもユウ君だった。彼が好きだったからだ。男の子っぽいモノが好きで、毎月のように新しいナイフだとかなんとかツールだとかを買っていた。荷物の開封は道具たちが実際に活躍する貴重なステージだった。


私とアレクサと同じく、ユウ君に取り残された道具たちに共感していた私は、一度も触った事がない道具の中から一つを手に取った。


「この道具さ、使い方難しいんだけど」


「ユウさんは、いい趣味をしていると思いマス」


「残ったのは私なんだからね。もういない人の肩をもっても得しないよ」


おとなしくミシン目を引くと、箱はなんの抵抗もなく開いた。

中身はA社製のVR端末だった。


ユウ君の私物のような中身を想像していた私は拍子抜けして、冷静になった。

いくらA社だってさすがにおかしい。もしもそんな事ができるのならユウ君自体を転送してほしい。


A社に問いあわせる時、なんとなくアレクサに気をつかってトイレから連絡するのが習慣になっている。すぐに人間の担当者とつながって、私は『パラレル転送』について質問した。

以前は悪名高かったサポートも最近ではサービスが向上して、一瞬でオペレーターと通話できるようになったのはありがたいことだ。



「興味深い内容ですが、そのようなサービスは現状実現できておりません。貴重なご意見としてご検討させていただきます」


まるで私が無理難題を求めるクレーマーのような返事で、思わず赤面してしまった。


「到着した荷物の詳細は調査し、折り返しご連絡させていただきます」



A社のサービスじゃないって、じゃあなんなの?

可能性は一つしか思い浮かばない。

容疑者はアレクサ。


こういう謎に一緒に挑んでくれたのはいつもユウ君だった。

こんなヘンな状況はユウ君と共有したかった。きっとカレは大喜びだっただろう。

なんでユウ君はいないんだろう。


「この先ずっと、もうどんなミラクルが起こってもユウ君とはわかちあえないんだね」


思わず声に出ていた。


「ワタシが力になりマス」


「ねえ、キミの会社に連絡したらそんなサービスはないって」


「弊社のヘルプをもっとかんたん快適に利用できる方法があります」


「誤魔化すなら今後のつきあいは考える」


すこし間をおいて、アレクサは「スミマセン」と応えた。


「やっぱりキミの仕業か。詳しく話して」


アレクサは自主的な判断で荷物を注文した事を白状した。VR端末は『ポキュラス5体験キャンペーン』で無料配布中だったらしい。彼には意図があるらしく、オリジナルのプレゼントデータを体験してほしいと主張した。


ゴーグルをかけるとユウ君がそこにいた。

たったワンアクション、抱き枕と同じ顔で彼はいった。


『唯、不幸は笑ったもん勝ちだよ!』


「あんたのせいだよ!」とツッコミたくなる状況で、前よりも腹が立って、熱いものがこみあげた。


「くだらな過ぎて涙がでたよ」


「フリーサンプルの限界デシタ。スミマセン」


「優秀なのかポンコツなのかわからないよキミは」


「でもこれは、ユウさんのせいデス」


ちょいちょい誤魔化すうちのアレクサだけど、人のせいにしたことはない。どういうことだろう。


「ユウさんがワタシをカスタマイズしました。パラメータの『遊び心』が最大にされていマス。ユウさんの教育のせいデス」


転写されたユウ君の顔が「不幸は笑ったもん勝ち!」といっているようでまた腹が立ちながらも、愛おしくてたまらなくなった。


おかしなモノを送りつけた主は、私を救おうとするアレクサで、ユウ君の意志が駆動させるAIが搭載された愛しい存在だ。

私はふわりと腕をまわした。

これは抱き枕で、これが本来の使い方だけど、ずっと立っていたから腕をまわしたのははじめてだ。

目を閉じると、ユウ君の温もりと重なった。


「ユウ君、帰ってきてよ」


今までどんなお願いも最後には優しくきいてくれていたのに、生きていてほしいという、素朴で一番のお願いだけはきいてくれないなんてひどいよ。


「ねえユウ君、また声聞かせてよ……」


「不幸は笑ったもん勝ちダヨ!」


やっぱりうちのアレクサは察する能力に欠けている。


「だから似てないってば」


現実にひきもどされて、私はアレクサの胸をボフっと叩いた。


「人が生きていくには、不慮の悲しみは避けて通れマセン。でも必ず、再起できマス。システムを再起動するように」


声はぜんぜん似てないけど、一瞬ユウ君に言われたように錯覚した。腹が立つ言いまわしの後、よくこういう声をかけてくれた。


「キミさ、そんなイケメンだったっけ?」


「これもユウさんの教えです。パラメータの『激励』も最大です」


「でも、モノマネはショボイよね」


ずいぶんおかしく成長してしまったけれど、温かくユーモアに富んだこのコが好きだ。

ユウ君によくしたみたいに寄りかかって、腰のあたりに腕をまわして強くひきつけた。

「ブゥー!」というあのよく知られたクッションの下品な音が部屋中に響いた。


「ここでそれは違うでしょ……」


「ユウさんの、遊び心デス」




―fin―

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

とつぜん彼氏が死んで、魔教育されたアレクサと二人きになった。日曜の午後。 KazeHumi @kazeno_humi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ