【解釈】渦をまく夕方
蓬葉 yomoginoha
渦をまく夕方
10分経った。神社に集合と決めた約束の時間から。
それまでただ不安やら恐怖やらにとりつかれていた僕の心に怒りがこみあげてくれる。
だっておかしいじゃないか、転校なんて。
10年以上、ずっと近くにいたあいつがいなくなるなんて。
約束したのに来ないなんて。転校のことを隠してたことも。全部、全部おかしい。
舌打ちをして参道の枯れ葉を蹴り飛ばす。軟弱な感触とともにそれらは少し浮いただけだ。
「なんなんだよ……」
鳥居の間から斜陽の光が入り込んでくる。
(夕方は境界なんですよ)
国語の先生が言っていた。昼と夜の隙間、それは生と死の境界なんだ、と。
なんで今思い出してしまったのだろう。怖くなってしまった僕は、今まで座っていた社殿の前の階段から、鳥居から下に伸びる席段に腰を下ろした。
ザアァァ……と雑木林が風に揺られて哭いた。
それから5、6分して彼女は来た。
いつもの黄色いスカートと、一方、上着もお気に入りの青い長袖だったが、なぜだろう、変に色が薄く見えた。
しかし、その違和感は彼女の呑気な声で、怒りへと集約された。
「ごめんねぇ。準備が終わらなくてさぁ」
間延びした声で、悪びれた様子もなく、彼女は言った。
「遅い」
「だからごめんって言ってるじゃん」僕の隣に座る彼女は口を尖らせた。そうしたいのは僕の方なのに。
「ここからの景色も、もう今日が最後なんだね」
神社はこの街で、一番高いところにある。僕たちの通う学校や、これから一緒に通うはずだった中学校が見える。
遠くに高速道路の車の流れが見え、直後、その手前にある踏切が音を上げて遮断機が下りた。
車の群れは光を灯し、特急電車は止まる気配もなく、ともに東へ疾走していく。明日には、隣に座るこいつもその流れに流されていくんだろう。
「どうしたの? カナ君、すごい静か」
「……別に」
「まだ怒ってるの? 謝ったじゃん。ごめんって」
「怒ってない」
「じゃあ何でよ……。最後なんだよ。本当に、今日でもう」
「最後だからだよ!」
こらえきれず、言葉を遮って号ぶ。彼女は驚いたのか、瞳を見開いていた。
「渚には、わからないよ。僕の、気持ちは」
胸の奥まで感情が積もる。無理だ。もう。その顔を見ていると辛くなる。明日にはいなくなってしまうことはわかっている。だからこそ辛くなる、その手を握って、行かないで、と情けない声が出そうになってしまう。
「……カナ君……?」
伸ばしかけた手をパーカーのポケットにしまう。渡そうと思っていた手紙が触れる。
唇を噛んで踵を返し、石段を下る。一歩の足取りが重たい。夕方の、沈みかけの太陽に照らされて背後に伸びる影が重力をもっているかのような錯覚に陥る。
後ろから呼ぶ声がする。湿り気を含んだ、聞きたくない声。自分の気持ちを伝えるなら、きっとこれが最後のチャンスだった。
けれど、僕の喉元を通り抜けてきた言葉は、自分でも驚くくらいに冷たい、刃のような言葉だった。
「東京でも、アメリカでも、宇宙でも……! 勝手に、どこでもいけばいいんだ。」
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