第6話 犯人は……
乗客とヨグ、カーマインの十人で、全ての荷物を
そしてちょうど、シジナがゴミ袋を持ってきた。
袋の中には、黒いドロドロした塊が入っていた。例の死体だ。これの重量は八キロほどだった。大半がトイレに流されてしまったらしい。
汚物を捨てることも検討したが、この船の汚物槽は
「すべてを足しても約四十八キログラムですか」シジナは携帯型の電子頭脳に書き込んだ。「重量計そのものの重さが……持った感じ一キログラムくらいなので、四十九キログラム」
「それだと、どのくらい時間は変化する?」
「六十八%の確率で、約三十七年ですね」
「そのくらいならいいんじゃないですか?」
ネイタイは疲れた顔で言った。その言葉に、デジが噛み付く。
「ふざけるな。俺は、地球に家族がいるんだ。やっと一緒に暮らせる目処が立ったんだ。それを、こんなことで……」
デジの声は殺気立っていたが、顔は悲嘆に暮れていた。ネイタイは不服そうにつぶやいた。
「どうせ僕は、失恋旅行ですよ」
詳細はわからずとも、ニニィ夫妻は彼らに同情した。
「あの、船長さん。まだ打てる手はないんですか? 他にもっと、捨てられるものは……」
「探せばあると思いますが……」
あと二十キログラム以上必要だ。機器をいくつか取り外せばそのくらいになるかもしれないが、外している時間はあるだろうか。
「シジナ、
「二十二分と十五秒ですね」
全く足りない。
「
「テロリストを探して、それでどうする?」
「決まってます、そいつを外に捨てるんですよ。増えたのは、そいつの体重なんですから」
シジナの提案に、全員がギョッとした。しかし、それは合理的な提案だった。
「だ、だが、どうやって?」
「絞り込む方法はいくらでもありますが、一番早いのはこれでしょう」
シジナは持ってきたゴミ袋に手を入れた。黒いドロドロの塊から、青い指をつまみ上げる。
「これが被害者の指です。これと同じ指を持った人物が、テロリストがすり替わっている人物です。比較しましょう」
シジナが乗客たちに近づくと、
「や、やめろ。私じゃない。私と比較する必要はない!」
「落ち着いてください」
カーマインがなだめる。
「そうです、落ち着いてください」シジナも言う。「なにも、この指だけで犯人を特定しようとは思っていません。考えうる全ての方法を試して、それらの結果を総合的に判断します」
「だが……」
「よしわかった」ヨグが
カーマインとシジナが、ヨグと死体の指を慎重に比較する。
指は、形から、大人の
「思ったよりも難しいですね」
「ヨグの
「了解だ。つまり俺はまだ容疑者ってわけだな。じゃあ次は
それから、全員の指と比較を行った。結局、大人の
「他の方法は?」
ツタルタは容疑から外れ、調査に積極的になった。
「体重ですね。
「よし、それも俺から量ろう」
ヨグが体重計に乗る。七十二キログラムだった。
「どうだ?」
「このくらいなら、容疑の範囲内ですね」
「わかった。よし次だ」
「ほら、見たでしょう、やはり私は犯人じゃない」
「みっともないからやめなさいな」
反対に、容疑が強まったのは
「私は、ほら、宇宙食を食べ過ぎてしまって……」
「それでも三キロは多い気がしますが」
シジナは無感情な声で指摘した。
「まあ、いいでしょう。残るはアリバイでしょうか」
「アリバイ?」
「テロリストがこの船にどうやって乗り込んだかはわかりませんが、乗り込めるタイミングは一つしかありません。港のロボットがこの船の重量を測定し終えてから、船が出発するまでの間です。これ以降から死体発見までの間にアリバイのない人が犯人です」
「重量の測定……あ」
カーマインは、出発前のニニィ一家との会話を思い出した。
「ねえ、坊や、たしかタイヤのたくさんついたロボットを見たと言ったね? それはいつだい?」
ニニィ家の子供は、鬼気迫る大人たちのやりとりに、すっかり怖気付いていた。母親の背中に隠れながら答えた。
「お昼ご飯を食べ始めて、すぐだよ」
カーマインは母親を見た。
「時刻は覚えていますか?」
「さぁ……身体検査を終えて、船に戻って、すぐだったような……」
「だが
とヨグは指摘したが、カーマインは否定のジェスチャーをした。
「そうでもない。重量の測定は五分くらいで終わる。彼がロボットを見た時刻と測定が終わる時刻は、五分以上違わない。だから、全員が船に戻って五分後以降にテロリストが乗り込んできたことになる。それ以降のアリバイを調べればいい」
「それもそうですが」
シジナが時計を確認した。
「
「皆さん、手短にお願いします。まずはニニィ一家から」
「私たちは、船に戻ってからはずっと一緒にいました。トイレにも行っていない」
「ネイタイさんは?」
「僕は食堂にいました。ニニィさん達が僕のことを見ているのでは?」
「たしかに、しばらくしたら来ましたが……」
「いつ来たっけ?」
「覚えてないな」
一通り、全員のアリバイを尋ねた。ヨグとシジナは持ち場にいたためアリバイはない。一人旅のツタルタとデジも、誰にも目撃されていなかった。船内を歩き回っていたカーマインも、筆頭の容疑者だ。
「埒が明かないな」
カーマインは困り果てた。残り時間は五分しかない。
シジナが十人の顔を見渡して言った。
「これは言いたくなかったのですが、仕方ありません。この中にいるテロリストは、いまから僕の言うことをよく聞いてください」
「おい、何を言うつもりだ」
「名乗り出るなら、いまです。いま名乗り出れば、僕たちはあなたをこの船から追放するだけで、警察には通報しません」
「そんなことを言っても、名乗り出るはずないだろう」
「いえ、
「そうなんですか?」
ツタルタが驚いたことで、全員の目が彼女に向いた。ツタルタは、自分の発言が自供に相当することに気がついた。
「あ、いまのは、私がテロリストってわけじゃなくて、好奇心から出た発言で……」
「気持ちはわかります」
シジナが共感した。
「続けます。実際、ワームホールに投げ出された人が、生きて脱出した例は過去に何件かあります。それも、ワームホールに進入した時刻に出てきているんです。
「全くの無傷で出られるんですか?」
「命に別状はありませんでした。ただ、中には死亡した例や、そのまま行方不明となった例もあります。おそらくこの人たちは、過去か未来に行ったんでしょう」
シジナは「過去か未来」を強調した。
「それで、ですね。テロリストさん、あなたが重量の測定後に船に乗り込んだのは、過去か未来に逃げるためだったんじゃないですか? 自分の指名手配がまだ出されていない過去か、時効の過ぎた未来に行こうと思ったんじゃないですか?」
カーマインは、なるほど、と思った。テロリストが船に乗り込むなら、港から乗り込む方が簡単だったはずだ。重量測定後のタイミングで乗り込んできたのは偶然ではなく、意図があったのだ。
「だから、僕から提案します。いますぐ名乗り出てください。そしたら、あなたに宇宙服を着せ、適当な運動量をつけて追放します。そうすればあなたの希望通り、未来か過去に移動できます」
これは、国際的なテロリストの逃亡を手助けすることになる。だからシジナは言いたくなかったのだ。
乗客達は互いに顔を見合わせた。誰かが名乗り出るのを待っている。
だが、十秒、二十秒と待っても、誰も何も言わなかった。
「……出てきませんか」
「死の危険がある以上、この船に乗る方を選ぶだろう」
カーマインは冷静に言った。
「すみません、
シジナの言葉に、乗客達は慄いた。
「適当にって、そんないい加減な」
「ふざけないでください!」
「皆さん、落ち着いて!」
カーマインは大声を出した。全員の視線が集まる中で、彼は言った。
「追放する人物は、もう決まっています。この船の責任者である、私です」
しん、と静まり返る。
「
「本気だ。俺の体重は六十九キロ、宇宙服を着ても七十キロだ。シジナ、これなら航路は戻るだろう?」
「ええ、そうですね」
「だが……」
「乗員乗客を守るのが、
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