第6話 後悔を断ち切る門出
「やばっ、ガチで無くなってんじゃん」
「記念に写真撮ろうぜぇ?」
「お願いします!!まだ、娘が……どうか娘を!!」
「……母より、先に子が……そんな事……!」
「現在私は〇〇ショッピングモールのあった現場近くに来ています。——」
立ち入り注意を促すトラテープで囲まれている場所。その周囲には親族の弔いや野次馬、報道メディアなどでごった返していました。
親族にしてみれば面白半分で野次を立てながら見に来ている人を快く思っていないことでしょう。手向けのために捧げられた花束もこの人込みで踏み荒らされてしまっているものが少なからずあります。
非日常を体験したいというだけの理由で若人共は悼む親族たちを押し退け馬鹿騒ぎしているのです。
この人たちの辞書にはモラルという字が載っていないのでしょうか。
ここはまゆりとひなが買い物に訪れ、そして地獄と化してしまったショッピングモールの跡地です。あれから一週間も経っていないので、跡地というより瓦礫の山と呼ぶにふさわしい状態ではあります。ですがそれはトラテープ周辺に限った話です。
この現場は正規の魔法組織である世界魔法統括組合、通称WMU。日本だと魔組合と呼ばれています。(以下魔組合)と警察とで共同捜査が行われています。その結果、今回の事件は能力者による魔力暴走、または意図的なテロのどちらかだと考えられています。
他に何があるのかを聞きたいところです。
警察は魔法に関する事を専門としていないので、被害者の元へと赴き事情聴取を行っています。ですが、ほとんどの被害者は事件の事を語ろうとはしません。ですから聴取も回を重ねるごとに雑なものへと変わっていくのです。
警察方はとある病院の病室に訪れていました。しかし、その病室の患者は動けるはずもないのに留守にし、ベッドの上に置手紙だけを残していました。
その病室の患者とは濡羽色の長い髪を持つ少女こと河合まゆりです。
彼女は今現在、元ショッピングモールに向かっていました。息も途切れ途切れで、たった一歩歩くだけで苦虫を噛み潰したような表情をしています。額にはじっとりとした脂汗が流れ、壁に手をつき寄り掛かった状態で歩いています。十メートルを数分かけて、人目のつかない道をただひたすらに。
本当に苦しそうで苦しそうで
ですが、大きめの双眸は真っ直ぐに前を見据え、諦めの色が映っていません。それどころかやる気に満ち満ちていました。
まゆりが抜けだしたことにより病院内では大騒ぎになっていることを彼女はまだ知る由も無いのです。
表通りを歩ける状態にないまゆりは、裏路地を牛歩しています。そのせいで着くまでに大分時間が掛かっているようです。
今のまゆりでも表通りをならば二時間かそこらで着くことでしょう。ですが、それだと病院に再び戻される確率は上がります。だからこそ彼女は裏路地を五、六時間も掛けて歩き、ショッピングモールだった場所に向かっているのです。
ショッピングモールに一番近い裏路地に着くとまゆりはバタリと土煙を上げながら倒れました。
喧騒と賑わいを見せている事件現場付近ではちょっとしたお祭り騒ぎになっています。声を発しても周りの音が大きすぎて通らず、少し大きめな音が響いても大抵の人は気づきそうにありません。
ですから、少し遠いところにいるまゆりが倒れてもその音に気付く者は居ない様です。
彼女の息は酷く荒れていました。どれほどかと問われれば、ゼェハァゼェハァと必死に酸素を送り込む姿やヒューヒューと乾いた音がなりながらも本能的に酸素を体に入れ込もうとする姿が生温く思えてしまうほどに、です。
けれどそれは仕方のないことなのです。彼女は決して動かなかった腰下からの一切を自身の『金剛』という能力を駆使して無理矢理動かしていました。
それも得も言えぬような激痛を伴いながら。
——無理すれば、なんとかなるものだな
息が整うのを待たぬうちに、まゆりはアハハと自嘲気味に笑いました。ですが案の定、激しく咳き込み始めます。胸を抑え、できる限り縮こまりながら、約一分程咳き込み続けます。
「……つらっ」
そんな事をボソリと呟きますが、ほとんど声にはなっていません。
まゆりの脚は小刻みに震えています。額からは玉のような汗が流れ落ち、顔色も酷いです。
大分、疲れている事が伺えます。
時刻は十六時過ぎ、まだ日も傾いていない頃合いです。
空気が揺れるように錯覚する陽炎
夏特有とカラッとした乾いた空気
忙しなく鳴き続ける蝉の声
アスファルトの焦げる匂い
日影の割に熱を帯びた路面
それらを肌で感じながらまゆりは張り詰めていた糸を解くようにして大きく息を吐きました。そして、強張っている全身の力を抜きます。すると、小刻みに震えていた脚はピタリと動かなくなりました。
「不思議」
まゆりは右腕を目の前に翳しながらそう呟きました。若干折れ曲がった指指はそれ以上開くことも閉じることもありません。
——感覚はある。なのに、もう動かない
「ふふふ」という感情の伴わない笑い声は、遠くの方から聞こえる「ガハハハハ」という豪快に笑い飛ばしたような声により掻き消されました。
「…………」
馬鹿みたいに騒がしい事故現場付近を見やりキッと恨めしそうに若者たちを睨みます。そして舌打ち混じりに「うるさっ」と、毒づきました。そして、騒ぎ声のせいでまゆりが必要している声が聞き落とさないように、耳に魔力を集めます。聴覚だけに集中するため目を瞑り、集中力を高めました。
「————」
「————」
遠くの方から聞こえる声に、まゆりは焦りを覚えました。生唾を飲み、こっちに来ないことだけをただただ願います。
——来んな来んな来んな来んな来んな来んな来んな来んな来んな来んな来んな来んな来んな来んな来んな来んな来んな来んな来んな来んな来んな来んな来んな来んな来んな来んな来んな来んな来んな来んな来んなそれ以上近づいて来るな!!
まゆりにとって、こんな路地裏の片隅のような場所に人が来るなど予想外です。もし見つかり病院まで戻されればまゆりの五〜六時間が水の泡になります。
顔を腕で覆い隠し、息を顰めて、気配を断ち切ります。そして、ただただ来ないことを願っていました。それでも徐々に徐々に足音や声が近くなっていくのです。
「あれ?こんなところで女の子が寝てる」
まゆりは内心大きなため息を吐きました。
「樹、俺ら今課題中。そんな女に構ってる暇なんてねぇ。行くぞ?」
まゆりは内心安堵のため息を吐きました。
「いやでも、この子熱中症で倒れてるのかも。病院に連れてかないと……」
——違うから失せろ
「んなら友達が日陰に移動でもさせて、飲みもんなり何なり買ってきてる最中かもしれねぇだろ?」
「そんなのただの憶測にすぎなくないか?」
——うざい失せろ
「テメェもだろ。それにこんなとこで倒れてんならどちみちアレを見にきた馬鹿野郎に決まってらぁ」
「そうとも限らないだろ?せめて、目が覚めるまでここに……。ほら、こんな場所だと女の子一人じゃ危ないしさ。」
「……っち。あー、もう知らね。俺は先に行くからな!」
——おい、てめぇ!相方連れてけっ!!
「あっ!おい、ちょっとっ!!……はぁー、ごめんな」
優しい方の男(まゆりにとっては全然そんな事はないが)はまゆりに自身の着ていた上着であるロングロートを掛けると、粗暴な口調の男を追いかけていきました。男は何度か振り向き、迷っているような素振りを見せながら立ち退きます。
まゆりは完全に男が見えなくなると、独り言ちりました。
「……粗暴な言動のツンデレ?と、どっちつかずの天然タラシもどき?」
そして、背景にバラが咲き誇る二人の姿を想像し……
——気持ち悪い
考えることをやめました。
まゆりは彼女が思っている以上に疲れているのかもしれません。その証拠として、五分も経たぬ内にまゆりは眠気に襲われるまま瞼を閉じました。
昼間の賑わいが嘘かのように人の居なくなった事件現場近く。閑散としており、警察の姿も見当たりません。
そんな場所をフラフラと覚束ない足取りで羽織っている上着の裾を引き摺りながら歩いている少女がいます。数時間寝ていた事により乱れた長い髪と蹌踉めきながら素足で歩くその姿は宛ら幽鬼のようです。息もだいぶ乱れています。
「……ま、ててね……!……ひなぁ……」
トラテープの前まで来ると、必ず見つけようと意気込みます。彼女のか細い声は誰の耳にも届くことはありません。
まゆりは男が置いてった上着であるロングコートを胸の前で強く握っています。そしてトラテープを跨ごうと足を上げました。ですが、片足になった途端まゆりの足はバランス感覚を失いそのまま前に倒れ込みます。
「……っ!」
倒れた拍子に瓦礫の角に強く打ち付けたらしく、眉間から血を流し出しました。まゆりは無造作に手の甲で血を拭うと再び立ち上がり歩き出します。
足場は悪く、何度も転びかけていました。その都度どうにか踏みとどまります。素足で歩くまゆりの柔らかい皮膚には鉄の破片が幾つも刺さっています。ですが彼女は気にするそぶりを見せることなく歩き続けていました。
荒く息を吐きながら探し回っています。数分、もしくは数時間歩き続けると、目の前の光景が一瞬にして変わりました。
「……え?」
思わずまゆりも素っ頓狂な声を上げ、目を幾度か瞬かせます。そして、この光景が夢でないと分かるや否や瓦礫の上に座り込んでしまいました。どうやら足の力が抜けてしまったようです。
目前に広がっている光景は建物や地面などの全てを燃やし尽くした事でできあがった荒れ果てた大地でした。ショッピングモールがあったことなど想像もつかないくらいに跡形もなく消え失せ、焦げた荒地に成り果てています。
建物ごと蒸発してしまったかのようです。
「アハ、ハ……嘘だ……」
それからはまゆりの記憶に残っていません。再び彼女が病室で目が覚めた時には倦怠感が体を包み、手の爪が割れ、足の至る所から出血したような跡が残っていただけです。そしてベッドの傍には泥だらけになったロングコートがかけられていました。
月明かりが照らしている部屋で一人佇む少女、河合まゆりは、暗色のセーラー服に身を包みます。
「もう、止めてくれる人はいない」
道化師の仮面を手に取り、辛そうな声音でそう零しました。しかし、どこか生き生きとしているようにも見えるのはなぜでしょう?
——もし、昔と同じように今も仲がよかったら、三人一緒にいられたなら、もしかしたら止めて……。いや、それとも……
「……そんなたられば、どうでもいいか」
まゆりは頭を振り、余計な思考を払い除けました。
季節は移ろぎ、夏も終わりを迎えようとしている頃。まゆりは純白だったコートを翻し、闇夜に消え去りました。道化師の仮面で顔を覆いながら。
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