愚かな青年と春の話
工藤 みやび
愚かな青年と春の話
むかしむかし、あるところに、一年中氷に閉ざされた冬の国がありました。
その国で暮らしている人たちは春を知らず、寒さの中で生き、寒さの中で死に行くさだめを持っていました。雪深いために木々も育たず、野菜もとれないその国では、遠く離れた山まで食べ物を探しにいかなければなりませんでした。
ふべんな国ではありましたが、ひとびとはそれなりに幸せに暮らしていました。冬しか知らない彼らには、それがふべんなことだと知るすべはなかったのです。
しかし、ある青年が国の外へ旅に出たとき、春の暖かさを知ってしまいました。
「なんて気持ちが良いんだろう。だんろに薪をくべる必要も、重たい雪ぐつを履く必要もない」
彼は急いでふるさとへ帰り、恋人である少女に春のすばらしさを説きました。
「ああ、ぼくたちの国にも春が来たらいいのに。そうすれば、やわらかな日差しの下で、きみと花が咲きみだれる野原をゆっくりと歩けるのに」
うっとりする青年に、少女は首を横にふって言い聞かせました。
「それは無理よ。この地に住む春の精は、何百年も東の雪山に閉じこもってしまっているのよ」
青年はそれを聞いてひらめきました。
「だったら東の雪山に行って、春の精にたのみ込んでみよう!」
青年は少女が止めるのも聞かず、東の山へと向かいました。
山はとても険しく、青年は何度もそうなんしそうになりました。しかし、何日ものがんばりの末に、青年は春の精のもとにたどりつきました。
「どうか僕たちの国に春をむかえさせてはくれませんか」
春の精は悲しげな顔で断りました。青年がどれほど熱心に頼み込んでも、うなずいてはくれません。
どうしても春をむかえたいと願う青年は、春の精にこう尋ねました。
「もしかして、あなたには春を招く力なんてないのではないですか?」
青年がそう言ったとたん、春の精は顔を真っ赤にして怒りました。
「そんなことはない。信じないのであれば、試しに山を下ってみたらいい」
春の精に追い返された青年は、ふまんげな顔をしながらも、大人しく山を下っていきました。その途中で、青年は日差しがとてもあたたかく感じることに気が付きました。木々につもった雪が解け、水になって落ちてきます。
これは春の精のおかげに違いない。そう考えた青年は、急いで山のふもとをめざしました。
しかし、ふもとに着いた青年が目にしたのは、住みなれた国ではなく、大きな大きな湖でした。
実は、青年の暮らす冬の国は、厚い氷のはった湖の上に建っていたのです。
故郷も家族も恋人も、氷が割れた湖の中にしずめてしまった青年は、三日三晩泣き続け、四日目の朝に湖に飛び込んで死んでしまいました。
美しい春の景色を、春の精だけが見つめていました。
愚かな青年と春の話 工藤 みやび @kudoh-miyabi
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