目が覚めたら生命維持カプセルの中にいて、どうやら文明はとっくの昔に滅びたっぽい件について。

ゆーの

0章 ここはどこ

0-1 『終わりの始まり』

 それは、いつもの光景だった。


 いつものリビングで、四人でテーブルを囲む光景。


 父さんと母さんが向かい合うように座って、その隣に私と妹が座ってて。


 学校のこととか、つい昨日見たテレビの内容とか。

 妹がときどき素っ頓狂なことを言っては、みんなで笑って。


 どんなに忙しいときでも、夕食は家族全員で食べるのが私の家の習慣だった。


 何を食べているのかはわからなかったけど。

 だけどそれはすっごく幸せで、どうしてだろう。どこか懐かしく感じている自分もいた。


 たとえそれがいつもの景色だったとしても、なぜか。


 そして視界がぼやけだして、ああ夢なんだと気づいた。

 起きなくちゃ、学校に遅れちゃう。


 高校生の私は、憂鬱になりながら目を覚ました。



 *



 そして目を覚ますと——、見えたのは自分の部屋の天井ではなかった。


「なに、これ⋯⋯」


 強化プラスチック製のフロントカバー越しに、石綿をむしった後の天井のようなボロボロの天井が見える。


 どうやら私は、SF作品御用達の生命維持カプセルの中に閉じ込められてしまったようだ。


 状況がわからずに立ち上がろうとした私は、ゴツン、と頭を勢いよくフロントカバーにぶつけた。


「いたたたた⋯⋯」


——そりゃそうだ。さっきまで何をみてたのか。


 寝起きになると判断力が鈍ると聞くが、まさにそれか。

 ただ単に私が鈍臭いだけかもしれないけど。


 少し自分を落ち着けてから、もう一度様子を見える範囲で確認する。


 カプセル内は広くもなく、かといって寝返りがうてないほどに狭いわけでもない。


 フロントカバーは汚れて曇っていたが、息を吹きかけて擦ってもキレイにならないのをみるに外側から汚れているのだろう。


 腹の上のあたりにモニターのようなものがついている。

 試しに触ってみたが、反応はなかった。


 機械なんて叩けば直る、という偉大な先人の知恵に基づいて一回平手打ちしようかとも考えたが、誤作動した場合を考えてやめにした。


 結構前にネットでこんな形の安楽死装置を見てから、この手のカプセルは少々怖い。


 あとはカバーを破壊できればいいのだが、そんな怪力を花の女子高生に求めてもらっても困る。

 いや実際のところ余裕で破壊しかねない女の友達も、いるにはいるのだが。


 さて、困った。


 困ったからといって困ったと言っても解決するわけじゃないが、困った。


 本当に困った。


 あとはこのまま閉じ込められたまま餓死して終わり。

 

 蓮見はすみ 玲香れいかの冒険終わり。ちゃんちゃん。


 ⋯⋯いや、冒険すらもしてないんだけど。


 自分でノリツッコミしつつ寂しくなりながらも、どうやらノリツッコミができるくらいには頭は回ってきたようで若干ホッとする。


 すると突然、コツ、コツ、と小さな音がカプセルの底ごしに聞こえてくるのを感じた。

 誰かいるのだろうか。


 既に万事休す状態まで追い詰められていた私は、迷わず助けを呼ぶことにした。


 しかしどうやって助けを呼ぶか、簡単である。

 カプセルを内面から力一杯殴るのである。


 ガーン、ガーン、ガーン、ガーンと、とにかく馬鹿でかい音がする。

 カプセル内だと反響して余計にうるさいが、相手が気づいてくれるまで耐えるしかない。


 そうやって手が痛くなるまでひたすら叩き続けていたところで、ギギッと部屋のドアが開いた。


 人だ、助かった。


 そう思って相手の方に目を向けて⋯⋯絶望した。


 アイヌ風の紋様の入った青地の羽織ものにガスマスクと錆だらけの鉄パイプを装備した金髪の女性が立っていた。


 ⋯⋯いやわかる、皆まで言うな。

 情報量がキャパシティオーバーして正直私もよくわからん。


 数歩譲ってアイヌ風の羽織ものまでは認めよう。

 もしかして先祖がアイヌの人々なのかもしれないし、もしかして洗濯が間に合わなくてたまたま手に取ったものがそれだったのかもしれない。


 そうじゃなくても本人のセンスまでも否定する気はないし。

 漫画かアニメかなんかで見たことあるけど、確かにかっこよかったし。うん。


 だけど残りの二つはなんだ。


 ガスマスク?有毒ガスでもあふれてんのか、外は。

 これカプセルから出たら即死すんのか?こわっ。


 それで鉄パイプ?いつの時代の不良だってんだ。

 金髪ってことはスケバンかと一瞬思ったが、肌の色が白っぽかったから純粋に外国の血を引いてるだけかもしれない。


 妙に鉄パイプが錆だらけというところも芸術点が高い。


 さーてと、どうするか。

 助けを求めるか、死んだふりか。


 そもそもあの女の人が敵かどうかもさっぱりわからん。

 変な宗教とか研究機関とかの見回りだったら多分見つかった時点でThe END確定な気しかしない。


 いやそもそも捕られられているなら既にGAME OVERだとは思うけど。


 仮に親切な人だったとしても、鉄パイプ持った人がいる世界でヒャッハーしていける自信はまずない。


 こう考えると、死んだふりして次の人を待った方がよくない?と思い始めた。

 いや次がいつになるかはわかんないけど、もっとマシな人に会えるかもしれないし。


 それじゃあ、死んだふり。

 そう考えてたら、運悪くかの女性と目があってしまった。


 あ、終わったわ。


 これをフラグ回収というのか。

 こっちにツカツカと歩いてくる不審な女。


 おお神よ。願わくばあの女性がただの善意のコスプレイヤーたらんことを。


 そしてガスマスク女は、カプセルを覗き込んで言った。


「もしかして、⋯⋯生きてる?」


「ええ、見ての通り。おかげさまで」


 そういうと不審女は、ぱあああっっと笑顔を浮かべた⋯⋯ような気がした。

 ガスマスク越しだからわからないけど、全身がうずうずしてたし多分間違いないと思う。


「い、いいい生きてるうううう!」


 ⋯⋯めっちゃ嬉しそうだ。

 私、UMAかツチノコか何かだろうか。


「初めて会ったんだアタシ、こんな地下深くで。人に。それも生きた。

 ね、ねねっ教えてよ。どーしてこんな箱の中にいるの?これってどんなモノなの?

 それと名前は?」


 ⋯⋯会って早々に質問攻めか、まったく。


 ただ、今の会話ではっきりしたのは、どうやら相手はこのカプセルのことを知らないということだ。

 警戒を緩めるのにはまだ早いが、少なくともカプセル内に閉じ込めた犯人の可能性は低いだろう。


 あとは聞き捨てならなかったのは、カプセルを『箱』と表現したこと、それに私以外の生存者を見たことがないということ。


 地味にここが地下だという情報も捨てがたい。


「一つずつ答えていきますね。


 あなたが言うこの『箱』とのことですが、私にもさっぱりわかりません。


 よくSFに出てくるカプセルみたいなもんじゃないですかね、きっと」


「うーんと、カプセル、って言うんかコレ?

 つーか『えすえふ』ってなんだ?」


「SFってサイエンス・フィクションの略ですよ。科学っぽい要素を使った小説です。

 アシモフとかロボット三原則とかタイムマシンとか、聞いたことあるんじゃないです?」


 そう言うと不審女は首を捻る。


「うーん⋯⋯わからん。そっちはいいや!」


 なんか納得した様子で言われると、ちょっとだけ腹が立つ。


 せっかく無い知識を絞ってカタカナ語を突っ込んでみたんだけど。

 外国人ならそっちの方が通じるかと思って。


 でも日本語流暢だし。ますますわからん。


「じゃあ、名前なまえ!なーまーえっ、なんて言うの?」


「名前⋯⋯ですか」


 じっと不審女のガスマスクを睨んでやる。


「少なくとも私からすると鉄パイプ持ったガスマスク不審者に名乗るメリットはないんですけど」


「んーー、それもそうか」


 そう言うと不審女は鉄パイプを投げ捨てて、ガスマスクを脱いだ。


 なんというか⋯⋯その、青い目の美人な色白の金髪ギャルって感じの人でしたよ、はい。

 あと微妙にバタくさい。


 要はハーフかクウォーターあたりのイケイケ陽キャ高校生みたいの想像すればあまり間違いないと思う。⋯⋯多分。


「アタシ、アンナ。アーンーナ。覚えた?」


「はいはい、覚えましたよアンナさん。私は玲香。蓮見玲香」


「れいか⋯⋯れい⋯⋯っと、レイレイ!よろしく、レイレイ!」


 アンナと名乗る不審女はそう言って手を差し出そうとするも、ガツンとカプセルのフロントカバーにぶつけた。


「⋯⋯ったあああぁ」


 今気がついた。この人も大抵アホだ。

 自分が言えたことではないけど。


 それにしてもあの角度、突き指しそうな勢いでぶつかったよな。大丈夫だろうか。


「いやぁ、こりゃ参るねー⋯⋯」


 手をブンブンと振りながら指をグーパーさせて、そのままピースして見せた。

 そこまで動くなら突き指は問題はないか。


「んで、会って早々で申し訳ないんだけど、いくつかお願いしてもいいですか?」


「ん、いいよ。なんでも言って?」


「私、ここから出られなくて」


「⋯⋯⋯⋯ほほぉ」


 ニヤァ、とアンナさんは笑う。


「それって⋯⋯入ったら出られなくなったってこと?

 いやー、はっはっはー。⋯⋯バカなの?」


 ⋯⋯アンタには言われたくないわ。

 そう言おうとしてグッと堪える。


「そうじゃなくて⋯⋯えっと、どう言えばいいんだろ」


 状況を説明しようとこのカプセルに閉じ込められる前の状況を思い出そうとするが、全く覚えてない。


 自分で入った記憶はないし、そもそもこのカプセルを外側から見た記憶すらない。

 かといって寝てる隙に閉じ込められたならそれ以前の記憶がはっきりと残っているはずだが、それも怪しい。


 一応、以前のこともある程度は覚えているが、ところどころ断片的だ。

 家族で旅行行ったとか、友達と買い物いったとか、主な出来事は思い出せるんだけど、それがどの順で起こったかと聞かれると自信を持って答えられない。


 どんな感じかというと、妙にリアルな夢を見て起きたあとで、現実と夢の中が入り混じって妙にスッキリしないような気分に近い感じがする。


「んー⋯⋯、よくわかんないけどいいや」


 そんな私の表情を見て察したのか、アンナは頷いた。


「それで、どうすればいいの?」


「うーん、このフロントカバーをこじ開けることができれば出られるとは思うんですけど」


「あーはいはい、なるほどね。そりゃアタシの得意分野だ」


 そう言うと投げ捨てた鉄パイプを再装備し、素振りを始めた。


「あ、あの⋯⋯アンナさん?それで⋯⋯何をなさるおつもりです?」


「ん?なーにちょいとぶっ壊すだけよ」


 あーはい、出ました脳筋発言。


「一応ぶつけないようには気をつけるけど、足上げといて」


 ヒュン、と素振りの風切り音に寒気がして、足を縮めてダンゴムシのように丸くなる。


「よーし、じゃあいくぞー。とりゃーっ!」


 アンナさんは、力いっぱい鉄パイプを振り下ろす。フロントカバーと鉄パイプがぶつかると、メシャっ、という音がして強化プラスチックがひしゃげた。


 ひしゃげるというか、真ん中に大きなクレーターができたという感じだ。


「あれー⋯⋯、おっかしいな。いまので粉々になったと思ったんだけど。

 まーいっか。もう一回殴ればいいだけだし」


 そう言ってもう一度振り下ろす。

 下を恐るおそる見ると、今度は人ひとり分くらいの隙間ができていた。


「ほい、できた。出てきていいよ」


「あ、ありがとうございます」


 なんとか這いつくばって外に出ると、カプセル内よりも外が寒くてくしゃみをする。


「お、おおお⋯⋯。大丈夫?」


「ま、まあなんとか。⋯⋯ヘクシュ」


「おいおい、出られた途端に風邪ひかれちゃあダメっしょ。

 それよりなんでお前、そんな寒そうな格好してんの?」


「⋯⋯⋯⋯あっ」


 言われて初めて気がついたのだが、私、パジャマでも私服でもなかった。

 病院で着るようなピンク色のガウンみたいのを着ていた。


「わかんない、記憶喪失気味で。

 さっきの質問の答えになるけど、ここに入る前の記憶がなくて」


「⋯⋯そっか。なんか色々聞いちゃってごめん」


 しゅん、とアンナさんは落ち込んだ。

 その姿がちょっとだけ可愛かった。くそう。


「それでアンナさん、いくつか質問したいんですけど、いいですか?」


「ん、いいよ。なんでも聞いて?」


「ええと⋯⋯それじゃあまず私、さっきも言った通り記憶喪失じゃないですか」


「ふむふむ、それで?」


「なのでここがどこだとか、今日が何年いつの何日かとかサッパリわかんないわけです。


 大体でいいので、教えてくれます?」


「んー⋯⋯なるほどなるほど。

 どこかって言われると難しいけど⋯⋯強いて言えば私の村の近く?」


 ——村、Mura。

 私の住んでた家の近くに、村なんてあったっけ。


 そもそも知ってる限りでは東京の都心に村なんてなかったと思うんだけど。

 連れ去られて変な山の奥に来ちゃったとなれば、それも納得か。


 ⋯⋯いや、納得しちゃいけないんだけど。


「それで、次は今日がいつかだっけ。んー、あんましはっきりと覚えてないんだけど⋯⋯」


 うーん、と首を捻る。

 まあ、あまり日付とか覚えない方なのかな。


336年の⋯⋯春季64日ってとこじゃなかったかな、多分」


「しん⋯⋯れき?」


「うん、336年。たしか去年が335年で節目のパーティーみたいなのしたから、多分合ってると思う。

 あーあのパーティー楽しかったなー。確か——」


 新暦。西暦でも平成でも令和でもなく、新暦。

 大正でも昭和でも、はてまた鎌倉でも江戸でもなく、新暦。


 それに、春季という謎のワード。


 つまり、ここは私の知ってる世界じゃない——?


「わっ、レイレイ、レイレイ大丈夫?!顔青いよ、しっかり!」


 グルグルとよくない考えが頭の中を巡る。

 家族は?友達は?そして学校は?


 一体何がどうなってここにいるのか。

 たどり着いたというより流れ着いた?それとも夢?


 そんなことを考えているうちに、急に頭の中に靄がかかり始める。

 そうか、夢だったんだ。ならいいや。


「レイレイ!レイレイしっかり?!」


 誰かの叫び声もオルゴールの音色にしか聞こえないくらいに遠ざかっていく。

 そしてそのまま、心地よい虚無にそっと身を任せた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る