第19話 グレータースライム

 体の中心部に、人間のこぶし大ほどもの、黄色く輝く魔石を持つ化け物。

 その巨大なゼリー状の魔獣……仮称・グレータースライムは、進入してきたグリント達に反応した。


 ……といっても、目も口もないその化け物、どうやって彼らを探知したのか不明なのだが、とにかくプルプルと震えたかと思うと、少しだけ揺れて全高が低くなり、その分、平べったく、前後に伸びたように思われた。


 そして次の瞬間、ビュッという射出音と共に、人間の腕ほどの液体を体の表面から飛ばしてきた。

 グリントは、それを盾で受けた。

 青いハニカム状の薄い魔力結界が形成され、ジュワアアァという音と共に蒸気が上がる。


「……ヤバい……こいつは毒……いや、強い酸だっ!」


 全員に緊張が走る。 

 魔力結界が発動する、ということは、地の金属にダメージを与え得る何かであるということだ。生身の肉体がそれを浴びれば、大ダメージを受けるだろう。


 即座にサーシャがロッドを振ると、水でできたボールのようなものが形成され、それをグリントの盾に当てた……酸の中和、および洗浄を行ったようで、魔力結界は消えた。


 しかし、それで終わりではない。

 最初の一撃は様子見だったようで、グレータースライムは数秒間隔で次々と体液を放ってきた。

 固まっていては危険と判断し、ある程度ばらけるパーティーメンバー。

 幸い、体液の射出速度はそこまで速くなく、発射されてからでも避けることができる。


「跳躍破裂炎兎弾(バースト・ラビット)!」


 コルトが火炎破裂魔法を放ち、グレータースライムの体に当たったが、少し表面が削れただけで、それもすぐに修復される。


「ぬんっ!」


 いつの間にか化け物に接近したゲッペルがバトルアックスをその体に叩きつけた。

 武器はめり込んだ……が、返り血……いや、その体液を浴びた鎧や武器が、青い光を発していた。


「だめだ、直接攻撃するとこっちのダメージの方が大きくなる!」


 グリントの言葉に、ゲッペルはバトルアックスを引き抜いて撤退する。

 サーシャがゲッペルにも水魔法を使い、武器と鎧を洗浄した。

 グレータースライムの体を見ると、先ほど斧で切りつけた箇所は、その後も残らず修復されていた。


「火炎障壁(リヴァー)!」


 コルトが炎の壁を形成する……少しはダメージを与えたのか、化け物は体を捩らせていたが、直後、赤い紐のようなものを伸ばして、彼女のロッドに巻き付けた。


「なんだ……触手か!? ……コルト、無理するなっ!」


 グリントの声が飛ぶ。

 コルトの華奢な体が、ロッドごと引っ張られる。

 彼女は、なんとかそれを奪われまいと踏ん張っていたが、触手の力が強い。


「手を離せっ!」


 ヤバいと考えたリーダーのグリントが指示を出したが、コルトは一瞬躊躇した。

 すると二本目の触手が伸びてきて、彼女の胴体に巻き付いた。

 彼女の体が倒され、グレータースライムに引き寄せられる。


 そこに飛び込んできたのは、比較的彼女の近くに居たライナスだった。

 コルトとグレータースライムの間に入り込み、ツーハンデッドソードを叩きつける。

 彼女の胴体に巻き付いていた触手の切断には成功したが、一瞬先に先に手を離して奪われていた「スタッフ・オブ・スイフタブルハイブリッド +3」は、化け物の体内に飲み込まれてしまった。


「……あっ、ありがとうございます……でも……私の杖が……」


 その高価なロッドは、グレータースライムの体内で青い光を発していた。

 かなり体の奥の方に取り込まれ、ライナスの長剣でも届かないと思われた。


 パーティーは、魔法による最大火力攻撃手段を失った。しかも、剣の通じない相手だ。

 グリントは、飛んでくる体液よりも触手の方が危険と判断し、全員にダガーナイフを持つよう指示する。もし体に触手が巻き付いたら、それで切断しろ、ということだ。


「私の……私の杖……」


 コルトが泣きそうになって呟いていたが、杖を保護する青い光が消えて、その形が崩れていく様を見て、がっくりとうなだれる。

 その彼女にグレータースライムから体液が飛んできて、ライナスがすんでの所で彼女の前に立ちはだかる。

 ジュワアア、という嫌な音と共に、彼の鎧「ブリガンダイン」が煙を上げた。


「まずいっ……あやつの鎧、ノーマルじゃろう? しかも、腕は籠手以外はむき出しじゃ!」


 ゲッペルが叫ぶ。

 しかし、彼らは見た……白煙を上げて溶けていく鎧ではなく、その下の黒いインナー部分に、青く薄い魔力結界が形成されているのを。


 サーシャがそれを見て驚きながらも、落ち着いて水魔法を使い、ライナスの体を洗浄・中和した。


「全員、一時撤退だっ! 逃げろっ!」


 幸い、この部屋の入り口である大扉は開けっぱなしだったので、急いでそこから避難し、扉を閉めた。


 全員、呼吸を荒くして、しばらく呆然と立ち尽くしていた――。

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