第18話 ヤバい奴

 大蜘蛛達は、数分間の戦闘で全滅に追いやられた。

 メンバーが回収した魔石を数えると、全部で三十三個で、ライナスが取得したのはそのうちの三個だ。


 前衛と後衛の差はあるが、実際の活躍を考えてもその程度。報酬が全体の一割、と言われたのは、まあ妥当なところか。

 それでも、その戦闘能力の差に落ち込むライナスを見て、リーダーのグリントが、


「なんだ、魔石が集められなくてしょげてるのか?」


 と声をかけてきた。


「いえ……もう少し戦闘で役に立てるかと思っていたのですが」


「なんだ、そんなことか……おまえが後を守ってたから、俺たちが前から来る大群に対応できたんだ。役に立っている」


 慰めでも、叱咤でもなく、普通に言葉をかける。


「いや、むしろその装備でよくラージ・タランチュリアを倒したもんだと感心するわい。もう少しまともな装備……そうだな、五百万ウェンぐらいかければ、すぐ儂らと同等……二つ星になれるだろうよ」 


「そうね……せめて剣は、『イルア』を装備したいところよね」


 ゲッペルとサーシャが、ライナスが持つ刃こぼれだらけの大剣を見てライナスにそう話す。

 魔充石「イルア」を装備した武器は、「+2」で表され、魔力による強化や尖鋭化が顕著になる。刀剣であれば、「半分の力で切れ、十倍長持ちする」とも言われるほどだ。


 しかし、メルに対する借金である百万ウェンも返せていない彼にとっては、まだまだ手が届かぬ高値の花だ。


「……この三つの魔石って、売ったらいくらぐらいになりますかね?」


 ライナスが先ほど回収した魔石を皆に見せた。


「……そうですね……高く売れて十万ウェン、といったところでしょうか?」


 コルトの言葉に、ライナスが


「先は長そうですね……」


 とつぶやき、一同から苦笑が漏れた。

 その後、一旦休憩がてらに、回収した魔石でそれぞれのアイテムに「充魔」する。


「充魔石」に魔力を吸い取られた魔石は、黄色から灰色へと変色し、そして砂状に砕けてしまう。

 特にロッドによる魔法攻撃はその消費量も大きく、パーティー全体で言えば、先ほどの戦闘で取得した魔石のうち三分の一を消費した。


 遺跡探索には、経費もかかる。下手をすれば赤字になる。

 それだけならまだしも、大怪我や命を落とすことだって珍しくない。現に、ライナスは以前の冒険で、仲間を死なせかけてしまった。

 それでも、一度の探索で巨万の富を得ることもある。究極のハイリスク、ハイリターン稼業なのだ。


「……よし、補充も完了したな……いよいよ、この下の大きな魔力反応とご対面、てとこだな……けど、新入り、おまえさっき、妙なこと言ってたな。あれは魔物のものだ、とか」


「いえ……実際、一匹じゃなかったですし、僕の勘みたいなものは、当てにならないです」


 彼が「わざと」自信なさげな言葉を吐いたと、グリントは見抜いたのだが、特に追求せずに先に進むことにした。

 実のところ、「閉鎖された空間」に閉じ込められていた蜘蛛達までは、彼のゴーグルは見通せなかった。


 しかしそれは、その魔石の力が弱かったことも一因だ。

 それはつまり、床を透けて見えている魔石の力が、如何に強いものであるかを示していた。


 第三層へ続く階段を降りると、そこには頑丈な大扉が待ち構えていた。

 本来ならば、強力な魔法によって封鎖されていたであろうが、多くの古代遺跡がそうであるように、既にその魔力は尽きており、金属製の鍵が残っているだけだった。


 そしてそれならば、大抵現在の汎用的な魔道具で解除できる。

 今回の錠前はそう簡単にはいかなかったが、現代の「魔導コンポ」を付与された武器ならば、最悪「破壊」することができる。


 ゲッペルがバトルアックスでその大扉の鍵部分を壊し、罠の発動に気をつけながら、ゆっくりと、重い金属製の扉を少しだけ開く。

 その途端、全員が強力な魔物の気配を「音」として感知し、一旦扉を閉めた。


「……なにか、ヤバい奴がいるな……」

「うむ……こりゃあ気配が想像以上じゃわい……」

「……動きは感じられなかったけど、魔力量が半端じゃないわね……」

「ちょっと、怖いですぅ……ものすごく大きな蜘蛛でしょうか……」


 星二つ以上のハンター達でさえ、その気配に眉をひそめた。


「新入り……おまえの勘は当たったみたいだな……どんな奴だと思う?」


「いえ……わからないです」


 ライナスの言葉に、今度は隠し事はないとグリントは判断し、


「ここでじっとしていても仕方が無い……行くぞっ!」


 そう声を上げて、再びドアを開けた。


「シルバーランタン+1」に照らされたその場所は、舞踏会でも開けそうな大広間だった。


「……なんだ、ありゃ……」


 リーダーのグリントが絶句する。他のメンバーも全員、戦慄した。


 そこに居座っていたのは、全高約3メール、縦、横それぞれ10メールはあろうかと思われる、半透明で不気味に蠢く、手足どころか頭部すら存在しない、巨大なゼリー状の化け物だった。

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