第4話 リリムとのゴブリン討伐 4/5


シュッ―――



 小部屋のようになっている場所で寝ているゴブリンを音もなく倒す。見張りをしていた二匹を合わせて、仕留めた数はこれでちょうど十匹だ。平均的なゴブリンの群れならこれくらいの数なので、全滅させたことになるのだが……。


「まだまだいるな」


 ゴブリンたちのイビキが、洞窟の壁に反響して耳に届いてくる。その交響曲を聴くかぎり、残りが一匹や二匹じゃないのは明らかだ。


「あと三十匹以上はいるか? これだけ大きな群れとなると、やはりゴブリン以外の魔物が率いているんだろうな」

「ゴブリン以外の魔物っすか?」

「ああ。例えば―――」




「動くな、人間!」




「「!?」」


 二人で会話しながら小部屋を出たところだった。ふいに、キンキンと頭に響くダミ声が僕らの足を止めさせた。


 声がする方へ視線を向ける。そこには、家畜の頭蓋骨をかぶとのように被り、邪悪なオーラを放つマントを羽織って、右手に妖しく光る杖を持ったゴブリンが立っていた。この特徴は……まさか……


「ゴブリンシャーマンか!」


 苦虫をつぶしたように吐き捨てる。ホブゴブリンやゴブリンマジシャン程度の上位種ではないと思っていたが、よりによってこいつかよ。


 村人たちはここ数日で家畜や畑の野菜が盗まれる被害が増えたと証言していた。ゴブリン一匹だと人間の幼児くらいの食欲しかないわけだから、平均的なゴブリンの群れならそんなに頻繁に食料を調達にくる必要がない。


 だから村人の話を真に受けるなら、群れはかなり大きくなっているのではないかとは推測していた。群れが大きくなるということはつまり、けっこうな長い期間、討伐されていないことを示す。


 すると、その群れには多くの経験を積んで進化する個体が出てくる。そして、あんな落とし穴を作れるとなると、かなりの大物が群れを率いているのではないかと思っていた。


 けれど、こいつはさすがに想定外だ。くそっ、ギルドめ。とんでもない発注ミスをしてくれたな。Aランクのクエストだぞ、これは。完全に調査不足だろ。


「貴様ら……オレが所用で留守にしている間に、よくも大事な同胞を殺してくれたな! おのれ、この罪は重いぞ! 貴様らの命であがなうがいい!」


 よほど知能が高いらしい。流暢りゅうちょうな人語をしゃべりながらゴブリンシャーマンが杖を構える。そして、スキルを発動させようと口を開きかけた。


 が、僕は一瞬で距離をつめると、片手でそいつの首を絞めた。


「ゲッ!? グゲッ!?」

「ふぅ、間一髪だったな」


 しばらくそうしていると、ゴブリンシャーマンはビクビクと痙攣けいれんしだし、やがてガックリとうなだれた。それを見届けてから手を離す。そいつはドサッと地面に崩れ落ちた。


「こいつは色々と厄介なスキルを持っているんだ。たとえば、受けると一定確率で即死するスキルとかな。それを使われる前に口を封じるのが、こいつへの正しい対処法だ」

「すっごい早ワザだったっす! さすが兄貴っす!」


 リリムが両手を胸の前で組み、キラキラとした視線を送ってくる。僕はそんな彼に半ば呆れた調子で忠告した。


「安心するのはまだ早いぞ。僕はまだ息の根を止めてないからな」

「え? トドメをさしてないんすか? どうしてっすか?」


「こいつの固有スキルがまた厄介でな。……そうだ、鑑定士なら調べられるだろう? てみろよ」


 僕はアゴをしゃくって促す。リリムはおそるおそるゴブリンシャーマンへ近づき、そばにしゃがみ込んで≪鑑定≫を唱えた。


「えっと、なになに……≪道連れ≫―――自分を殺した相手の体力を0にする……って、なんすかこの恐ろしい固有スキルは!?」

「分かっただろう。こいつの厄介さが」


「厄介どころじゃないっすよ! こいつを討伐したら兄貴も死んじゃうじゃないっすか!? そんなのイヤっす! 兄貴、死なないで! うわぁぁぁん!」


 リリムがわんわん泣きわめきながら抱きついてくる。体をブルブル震わせ「死なないで」と何度も繰り返す。ちょっ、涙と鼻水をこすりつけるな。僕の服がグッチョグチョじゃないかよ。


「お、おいおい、落ち着けよ。安全に倒す方法はちゃんとあるんだ」


 力づくで引き離したかったが、泣きじゃくる子にそんな暴力的なことはできない。なので、僕は幼子おさなごをあやすようにリリムの頭を優しくなでた。


「……ふぇ? 兄貴……死なないんすか?」

「そうだよ。だから大丈夫だって」


 なおもリリムの頭をなでながら柔らかい口調でさとす。するとようやく、リリムは手でグシグシと目元と鼻をぬぐって僕から離れた。


「な、なんだぁ。それを早く言ってくださいっす。もーう、兄貴ったらいじわるなんすから」


 いや、お前が勝手に早合点して騒いだだけだけどな。

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