第二十七話 皇都血戦 3 Side Rinon

 


 私が二階に上がると、既にアリアが戦闘を行っているようだった。

 アリアの居る部屋に続く廊下には、何人かの死体があり、何れも心臓や顔面を貫かれて絶命していた。

 私はそのまま歩を進めアリアのいる部屋に入る。


 ――アリアと対峙している男は、灰色の髪をオールバックに撫で付けており、服装もどことなく野性味のある中年の男だった。

 少し小柄だが、なんとなくガレオンと似たような風貌の男だ。

 あの男がおそらくこの連中の団長だろう。


「リノン、来ましたか。彼等は皇都で活動している傭兵団で……。え〜と、なんでしたっけ?」


「『マーダードッグ』だ! 舐めてんのかテメェ」


 アリアはのらりくらりと、相手の曲刀による攻撃を躱しながら私に声を掛けてくる。

 挑発しているのか本気だったのかはよく分からないが、相手の男は怒声を発していた。


 なんというか、団員の気風はこの男の影響を受けている気がするな。


「少々伺いたいのですが、貴方達の他には、どれだけの傭兵団が雇われているのですか?」


「アァ? 知るかよ! 俺達は博士に雇われて、皇都に待機していただけだ。紅の黎明とドンパチするとはいえ、皇都に居るだけで一千万ベリルも貰えるウメェ話だったってのによ……クソが!」


 皇帝に雇われたのではない……? 博士? 何の事だ?


「博士とは何者ですか」


「そいつぁ言えねぇ契約だな! っても、皇国に居りゃ、その筋の人間は耳にした事があるだろうがな」


 男は曲刀が当たらないと見るや、腰の拳銃をアリアに向けて連射する。

 ろくに構えもせずに撃った弾は、それでも全てアリアに当たるコースだった。

 ……ああ見えて、銃の腕はそれなりに立つのだろう。


 アリアは自分の前面に薄い氷の壁を一瞬で作り出し銃弾を防御すると、自ら展開した氷の壁をぶち破るように前進し、間合いを詰め、男の肩口に槍を突き刺した。


「……言え。その博士と言う者はという名では無いのか」


 アリアの殺気に男は怯んだ様子だが、まだ強がりを見せる。


「へへ……。いや? 違うな。名前は言わねぇが、違う」


「……!」


 アリアの苛立ちが、こちらにまで伝わって来るようだ。


「……死ね」


 アリアは男を蹴り飛ばすと、膝を付いた男の脇腹に槍を突き入れる。

 すると、その傷口から広がる様に音を立てて身体が凍りついていく。


「……ハ。この俺が異能も使う暇もなく死ぬってか。ヤキがまわったもんだぜ」


 男は息も絶え絶えにボヤく。

 アリアは私の隣に並ぶと「行きましょう」と無表情に呟いた。

 確かに、この男は放っておいても凍りついて命を落とすだろう。

 ――しかし、男は最後に傭兵としての矜持を見せた。

 

「へへ……。鼬の……いや、イヌの最後っ屁だ。……精々、頑張って切り抜けろや」


 私とアリアが警戒を緩めたその隙に、男は最後の力を振り絞り、窓に向けて球のようなものを投げつけた。


 窓を割り、闇夜を照らすように光と甲高い音を放つそれは、閃光手榴弾フラッシュグレネードだ。

 こちらに投げてきたわけでもないし、私達に影響は無かったが、今の攻撃の意図は間違いなく他の敵に此方の位置を知らせるものだ。

 満足気に凍り付き、事切れた男とは対象的に、アリアは忌々しげに舌打ちを打つ。


「失態でしたね……。即死させるべきでした」


「反省は後! 敵が来る前に移動しよう!」


 項垂れるアリアの肩を叩き、屋敷を脱出する。

 皇城まではまだ、一キロン程の距離がある。しかし、先程の閃光と音でこの一帯には多くの敵が殺到してくる可能性もある。当然、皇城までの最短距離も敵の数が多くなるだろう。


「ここは少し迂回しましょう。一度後退するのも良いかもしれませんが、此方に敵の手が回れば皇城側が多少手薄になるでしょう」


「了解。それで行こう!」


 私達は屋敷を飛び出し、貴族街の中を疾走する。夜とはいえ街灯がそれなりに多いため、身を隠すのも中々に難しい。

 少し走った所で、前方から揃いのプロテクターを装備した傭兵らしき連中が走って現れた。

 人数は六人。ぱっと見は、それ程の力量はなさそうだ。


「居たぞ! あの風貌……例の『流麗』だ!」


 傭兵達は、全員背中から長剣を抜くと、三人ずつに別れて私とアリアに対峙してきた。


 私は、勢い良く突き出されてきた長剣の鋒を、太刀を廻し受け流すと、体制を崩した男の頭を鷲掴みにし、道路に後頭部を思いきり叩き付けた。

 鈍い音が起こり、頭蓋を砕かれた男は脳漿を撒き散らしながら絶命する。

 残りの二人はその様子に怯える事なく、一斉に斬りかかって来た。二人とも上段からの斬り下ろしだ。


 ――防の太刀、偃月。えんげつ


 太刀で半円を描くように回し、二筋の斬撃を共に受け流し相手の体勢を崩す。

 返す刀で右側の男のプロテクターの隙間を狙い、腰の部分を斬りつけるが……浅い。

 体勢を崩した時に、勢い余って転倒したのが幸運だったのだろう。

 もう一方の男は体勢を立て直すと、再度斬りかかって来たが、既に腰が引けていて剣筋がブレていた。私はそれを半身になって躱すと、顎から脳天へ目掛けて太刀を突き入れ即死させる。

 腰を浅く斬った男に目を向ければ、息も絶え絶えに立ち上がり、剣を私に向けた。

 裂帛の気合と共に剣を振りかぶるが、その刹那、私は先程の斬痕と寸分違わぬ場所に横薙ぎに刃を閃かせた。

 今度こそ胴から両断された男は臓腑をぶち撒け倒れ伏し、その動きを止めた。


 アリアの方を見れば、最後の一人の胸元に槍を突き入れた所だった。

 その槍を抉り抜き放つと、鮮血が盛大に舞った。


 私は太刀を血払いして、鞘に納めると空気を裂いて何かが飛来してくるのに気付く。


(――弾丸? 狙撃手!)


「アリア! 狙撃手スナイパーが居る! 注意を!」


 眼に命気を纏い、飛来する弾丸を斬り払いながら、アリアを連れて建物の陰に隠れる。


「大丈夫ですか……!?」


「うん、なんとか。流石に夜だから、弾丸を見切るのも骨だし、急いで離れたほうが良さそうだね」


 私が一時撤退を提案した時に、それは起こった。


 ――人の気配!? 突然? こんな距離に?


「誰だ!」


 突然現れた気配をアリアも感じ取ったのか、警戒の意を表す。

 私達が逃げ込んだ小路の先に、小柄な男が立ってこちらを見ている。


「んん〜、やっぱりキミかぁ」


 男は歩いて街灯の下に歩み出て、その姿を現した。


 男は白髪のメッシュの入った黒髪の前髪を上げており、少し目下に眼鏡を掛けているが……なんだか伊達っぽいな。

 服装は大きめの白衣を羽織っている以外は、特徴のない服装だ。

 どうやら、武器も持っていないようだが……しかし、この特徴は……。


「戯神……ローズル!! やはり皇都に潜んでいたのか」


 アリアは驚愕の表情の中に、憤怒と憎悪を滾らせその名を呟く。


 相手の男――戯神は、にやりと口の端を歪めた。街灯が照らす姿も相まって面妖な雰囲気を醸し出し、私とアリアも冷や汗が流れる。


 ――気圧されている? 私が?


「その名前で呼ばれたのは、ん〜、実に十七年ぶりか」


 戯神は顎に手を当て、わざとらしく上を向きながら口を開いた。


「レイア・アウグストゥス・アウローラ。豊穣の起源者を罠に掛けた時だ。あの時は大変だったよ〜。

 ま、創られた存在のくせに、情なんてものまで備えているからあんな事になっちゃうんだよね〜。アハハ」


 戯神が満面に喜色ばんだ笑みを浮かべながら、アリアを見据えてそう言ったとき、アリアの身体は震えていた。


「貴様……!! 殺す! 必ずぶち殺して豚の餌にしてやるからな!!!!」


 アリアは激昂すると全身に水を纏い、槍を構えると、戯神に向かって途轍もない速さで突撃した。


「死ね!!!!」


「お〜っと、怖い怖い……」


 アリアの槍が、戯神の身体の真ん中に巨大な風穴を開ける。


「死ね!! 死ねェッ!!!!」


 更に渦を巻いた高圧の水流が槍から噴出し、前方百メテル程に大量の水が渦を巻き、街は瓦礫の山とした。

 私の目には戯神は、上下に千切れて吹き飛んだように見えたが……。


「相変わらずの激情家だね。アリアンロード・アウグストゥス・アウローラ。

 そんな事だから、自分の母を喪うのさ」

 

 瓦礫の山の向こうから、闇の中で姿は見えないが確かに声が聞こえた。


「黙れ!!」


 アリアは槍を振り払い、身体の後方に向けて水を噴射すると、残像が生み出される程の速度で声のする方に突撃していく。


「ちょっと、アリア!」


 明らかに冷静さを失っている……あのままでは危険だ。

 私は脚に命気を纏い、アリアの後を追って走り出す。


 戯神とアリアの関係は分からないが、先の会話からアリアの母の仇……といったところだろうか。

 瓦礫を越えて歩を進めていくと、前方でアリアが高く跳び、貴族の屋敷を飛び越えて行くのが見えた。

 私もアリアの跳んだ所で跳び上がると、戯神はアリアを煽りながら瞬間移動をする様に移動しているのが見えた。

 アリアも必死に追っているが、障害物があるぶん中々差が詰められていない。


「くそ……! アリアも戯神も、命気を使った私より速いとか……」


 私も全力で追っているが、差は詰まるどころか少し開いた気がする程だ。

 さっきまで皇城は目の前にあったのに、今は横に見えるくらいには移動している。


 (この動き……もしかして、アリアは何処かに誘い出されている……?)


 私がそう気付いたと同時、疾走する私の脚が、急激に何かに引っ張られた。

 咄嗟に受け身を取ったが、激しく転倒する。

 歩道に植えられた植栽にぶつかり勢いが止まる。

 咄嗟に脚を見れば、


「――糸?」


「あぁ、そうだ。それは俺とお前を紡ぐ愛の糸だ」


 私の背後から、糸――鋼糸を脚に巻きつけた張本人……。リヴァルがその姿を現した。



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