第四話 紋章銃
「貴様……! これをどこで手に入れた!!!」
アリアはヴェンダー君の首元を勢い良く掴みあげ、思い切り壁に叩きつけた。
壁が軋み、ヴェンダー君は肺の中の空気を嗚咽と共に一気に吐き出した。
「ちょ、ちょっとアリア!! 落ち着きなよ……」
「言え!!!」
「アリア!!」
私は咄嗟に二人の間へと身体を滑り込ませると、アリアを引き剥がす。
ヴェンダー君が涙目になりながら呼吸を整える様子を見て、アリアは我に返ったのか、落とした煙草を拾い上げると、灰皿に押し付け、揉み消していた。
「そ、それは、我が家に代々伝わるものです。なんでもこの世界で作られたものでは無いという事で、歴史的にも価値があるらしいのですが、私は父にお守りとして持たされていただけなので……」
ヴェンダー君は喉を抑えながら、アリアに銃を持っていた経緯を話しだした。
「この世界で作られたものではないって? ははは、そんなわけ無いでしょ〜」
つい笑ってしまったが、作り話にしても拙い話だ。まるで異世界でも存在するか、それとも物語のような、そんな話だ。
冗談のセンスが無いなぁ。ヴェンダー君は。
「――コレは、確かにこの世界のものではありません」
紋章銃を手に取りながら、アリアは呟くように口を開いた。
「アリアまで冗談言うなんて珍しいね。さっき飲んだお酒でまだ酔ってるんじゃないの? ははは……。は……」
私がからかえば、アリアは真剣な面持ちで私の眼を見つめてくる。
え、ほんとなの? 本気で言ってる?
「正確には、他の世界というよりも、別の星といったところですが」
「……別の星って、このアーレスの他の? フォビアルとかダイアスみたいな?」
私達の住む星、このアーレスには衛星が二つあって、それがフォビアルとダイアスと呼ばれている。私達にとって身近な星といえば、その二つになるだろう。
「いえ。このアーレスからは青く輝く点ぐらいにしか見えませんが。遠く離れた場所にテラリスという星があります」
ふーん? とは思ったが、そんな別の星からこのアーレスになんの因果があって、その異星で作られた銃が今、ここにあるのか。
アリアは何かを知っているのだろうとは思ったが、その表情からはいまいち感情が読めない。
怒りと、なにか諦観のようなものが、ぽこぽこと沸いたお湯のように沸いては消えているようだった。
「テラリス。かつて読んだことがある宗教書に、神々の住まう処と書いてあった所が、確か……テラリスという名前だったような気がします」
ヴェンダー君が、テラリスという星について記載のある物を読んだことがあったようだ。
それを聞いたアリアがまた、鋭い目つきでヴェンダー君を見据えた。
「神々、だと? 違うな。ただ力を持っているというだけだ! 生まれつき力を持って生まれた存在、力の終着点に居るだけの進化の停滞した存在。
それ故、人間という不完全な存在を貶める。そんなものが神であるはずがない!」
――――アリアとは小さい頃からの付き合いであるが、今までこんなに動揺しているのは見たことがない。
先程の、激昂していたアリアはどちらかといえば素のアリアで、普段の大人びた雰囲気を出している時は、むしろこう有りたいからと演じている。
いわばキャラ付けのようなイメージがあったが、今のアリアはまるで怯えた子供のように見えた。
「アリア。それで、その銃は結局のところ何なの? アリアはきっと、それを知っているんだよね?」
私の声で多少冷静になったのか、アリアは大きく息を吐き出した。
「すみません。取り乱しました。――コレは、戯神と呼ばれていた存在の持ち物です」
「戯神……とは言うけど、さっきの話からすると、ホントの神様ってわけではないんだよね?」
戯神という言葉が出た時点で、アリアはわなわなと拳を握りしめていた。
先程言っていたように僭称しているだけで、実際は神ではないのだろうけれど。
「ええ。決して神などではありません。
戯神と呼ばれた者の名はローズル。かつて傑物と呼ばれた、テラリスの研究者です」
「ん? 神とも言われているのに、研究者なんだ? なんだか、人間くさいところがあるんだね」
「詳しい事は、今はまだ話せませんが、それはこの星で作られたものでは無いという意味では、確かに価値のある骨董でしょう。
このアーレスで、それを本当の意味で扱える者は居ないでしょうが」
いまいち分からないけれど、アリアが今話せることではないというのであれば、話せるようになった時に聞けばいいのだ。
その程度の信頼は、私達の間には当たり前にあると私は思っている。
それに、こういうややこしそうな話は、一回聞いただけではよくわからないし、ちょこちょこ必要になったら、都度聞けばいいのだ。
「そっか。じゃ、難しいことは抜きにして、とりあえず預かって置くよ」
私はヴェンダー君に断って、銃を受け取った。
「そういえば、この男からの話が纏まったのであれば聞かせてください」
「あぁ、そうだね」
私は掻い摘んで、アリアに今回の襲撃の理由と、ヴェンダー君が今後亡命したいという件を話すと、アリアの表情はまたしても怪訝なものになっていった。
「成程……わかりました。しかし何故、貴方が亡命をしたいのか、理由を聞かせてもらえますか」
じろりとヴェンダー君を見据え、アリアは問いを投げると、ヴェンダー君は若干身じろぎをする。
どうにもこの二人は、相性が悪い気がするな。
「わかりました。まず、アルナイルを失った件が、どうにもならないのです。あれはまだ公に存在しない事になっている機体です。
であれば、中に皇国の人間が乗っていたとあってはまずいのです。
そもそも、アルナイルが今回の任務で撃破されるという想定は、皇国参謀本部には無かったので。あれは、通常一軍に匹敵する戦力ですので……。リノン殿クラスの手練が偶々列車に乗車しており、しかもそれがアルナイルの戦力を簡単に上回るというのが、イレギュラーだったわけです」
「ふむ……。それでは、貴方はリノンに斬られて死んだ。ということにしては?」
アリアがヴェンダー君に問いかけると、ヴェンダー君から返ってきた言葉は意外なものだった。
「それもまた、一考でしょう。
しかし私は見たのです。人というものの可能性を。リノン殿は人の身でありながら、剣一本で、あの巨大で強力な兵器に怯えることなく立ち向かい、そしていとも簡単に打ち破った。
私は、ただ憧れたのです。聞けばまだ齢十六のこの少女の強さに。
……その決心がついたのは、リノン殿に話を聞いていただいている最中でしたが」
なんだか照れるなぁ。まぁ、剣じゃなくて太刀だけど。
これまで私が打ち据えてきた男達は、やれ子供に負けた、女に負けたと恥辱に頬を染めるばかりか、負けすら認めないような者が多かった。
ヴェンダー君も、戦っている最中はそんな感じに思えたものだけど、敗北は人を変えるとも言うし、彼の中で何かが変わったのかもしれない。
「それが、亡命となんの関係が?」
アリアが再度問うような形になったが、ヴェンダー君は居住まいを正し、私の方に向き直った。
「リノン殿。恥を忍んでお願い申し上げたい。
貴方の母君率いる傭兵団、紅の黎明への入団をさせていただきたい」
その言葉に私は驚きつつも、自分の双眸をすっと細めてしまう。
「ヴェンダー君、それは本気で言っているのかな? そもそも君って、まともに戦えるの?」
彼がそれなりに鍛錬を積んでいるのは、立ち振舞からも分かる。
だが、
紅の黎明は、この世界でも最強と呼ばれる傭兵団だ。
団長である母様……サフィリア・フォルネージュは《灰燼》の異名を持ち、世界最強とすら呼ばれる傭兵だ。
更に、一から五までの部隊を束ねる部隊長達も、それぞれ一騎当千の実力を持つ猛者であるし、それに従う団員達の練度も相当なものだ。
団員達の装備も団専属の職人達により、個々に合わせてカスタマイズされたもので、汎用性、攻撃性能共に、そこらの軍とは比べられないレベルになっている。
そこに多少鍛錬を積んだ軍人程度が入れるかと言われれば、否。だろう。
「はい。覚悟はあります」
力が足りないとしても、伸ばしてみせる。と言う事だろうか。確かに眼に強い意志は感じられる。
伸びるのは確かに強くあろうと願う者よりも、強くなろうと覚悟した人間だ。
「そっか……。では、ライエに着いたら少し手合わせしてみようか。それで芽があるようであれば、私から母様に頼んでみてもいい。
それまでは、行動を共にするとしようか」
「あ、ありがとう御座います!」
私がそう言うと、ヴェンダー君は嬉しそうに頷いた。
「おや、そろそろライエに到着するようですね」
そう呟いたアリアが、窓を開ければ、ほのかに潮風の香りが鼻をくすぐった。
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