第三話 ヴェンダー・ジーン
「其方の方が、あの
ヴェンダー君を連行した私に、開口一番アリアはそう聞いてきた。
「最初は、労いの言葉が欲しかったけれどな。おっほん。彼の名前はヴェンダー君。皇国のなんとか師団の部隊長さんだって」
私は大仰に咳払いしながら言うと、アリアの側に居た鉄道警察官がビクリと身を震わせた。
アリアもその様子に気づいた様子はあったが、何やら得心がいったような顔をした。
「へぇ。なにやらこうなったのには、うっさんくさーい理由がありそうだね?」
アリアの顔を見た私が、勘繰ったように言えば、私の表情を見た鉄道警察官が何か言おうとするが、アリアがそれを静止した。
「貴方は少し落ち着きなさい。私が説明します」
アリアは鉄道警察官に宥めるようにしている。確かに焦りのようなものを感じさせるし、普通の様子では無いようだ。
「リノン、この列車の乗員……当然、客を除いてですが、彼等は全員が皇国に買収されているようです」
私はアリアの言葉に耳を疑った。
大陸横断鉄道と言えば、ここ十数年以降、永世中立をうたう大国であるザルカヴァー王国の運営によって成り立っており、近隣の諸大国とも一線を引きつつも、各国と一定以上、友好な関係を保っているからこそ、この大陸において唯一の共用交通機関として成り立っているのだ。
その重要な公共機関の職員全員が、一つの国に買収されているとなると、前代未聞の大事件である。
「それ、私でもヤバいのがわかるけど、要するにザルカヴァーとテトラークの関係が、つまりそういう事って事?」
裏でつながっているのか、よくはわからないが、相互関係にあるのは間違いないだろう。
「詳しい事は判りませんし、何よりもリノンが理解できているかも怪しい所ですが、この鉄道関係者のみが皇国に関連しているということは無いでしょうね。
それと、今回のオリジンドールによる鉄道橋襲撃に関しては、彼等も知らなかったようですし」
失礼な。やばい状況であることくらいは私でも分かるというのに。
「うーん。まぁ、国家間の問題についてはひとまず置いておいて、
まだ世に公表されていない大型オリジンドールを撃破したという時点で、皇国に対して知らぬ存ぜぬは通用しない。
下手をしたら我々の口を封じに、手練を派遣してくる可能性も有るのだ。
まぁ、暫くは皇国には近寄らず、向こうから折衝役が現れた時に、何かしらの折り合いをつけれる事も有るだろう。もちろん刺客が来るようであれば撃滅するけれど。
「さて」
アリアは、ヴェンダー君を一瞥した後、自分の獲物であるランスライフル――狙撃銃の先端にランスを取り付け、ストックの部分に特殊な形状の柄を付けることで、ショートランスになるという、アリア専用の特殊な武器だ。
その銃口をヴェンダー君に向けると、同性でも、どきりとしてしまうような笑みを浮かべた。
「貴方は何故、橋を落とそうとしたのですか?」
「……」
「我々は皇国の敵対国に情報を売ったりはしませんよ。自衛目的と状況確認の為に情報が欲しいのです。それでも話しては貰えませんか?」
「……」
ヴェンダー君は、さっきまでのおしゃべりっぷりはどうしたんだと思うほどに、黙りこくってしまった。
秘匿任務と言っていたのもあって、簡単に話すつもりは無いのかもしれない。そのへんは、ヘタレな感もあったが、プロの軍人というところだろうか。
アリアは笑みを絶やさないまま、唐突にライフルのトリガーを引いた。
火薬の炸裂する耳を劈く音と共に、ヴェンダー君の左脚の脛が撃ち抜かれた。
「ぐっ、ぐおおおおおおおおおおッ!?」
アリアはプラチナブロンドの髪を耳に掛けると、脂汗を滲ませ苦鳴をあげるヴェンダー君の顔を覗き込む。
「
再度、轟音が響く。
アリアは美貌の微笑みを、凄絶な冷笑に変えながら、更に右脚の脛も撃ち抜いた。
「がああああああああああアッ!!!」
ヴェンダー君は、苦悶の表情のままアリアの顔を睨みつけようとしたが、アリアの放つ威圧感と殺気に気圧され、顔色がみるみるうちに絶望に染まる。
「会話もできないのか? 言え。喋れ。喋れないなら字で書け。貴様が字も書けない豚だと言うのなら……苦しんで死ぬか?」
ヴェンダー君の前にしゃがみこむと、押し付けるようにライフルの銃口を、ヴェンダー君の血が流れ出る銃創に押し付けている。
それでもアリアは、可憐な笑みを凄絶なものに変えながらも、やはり笑みは絶やさないままに口を開く。ていうか目が恐い。
「何も話さないのなら、その出来の悪い脳みそを盛大にブチ撒く前に精々苦しませてやるさ。
そうだな。次は手にいくつか風穴をあけてみようか? 指を一本ずつブチ抜くのも良いな。クク──指が何本飛ぶところまで耐えられるか見ものだとは思わないか?
あぁ、そんな顔はしなくてもいい。弾なら沢山あるし、弾代の心配もしなくていい。
お前のその
アリアは氷のように冷たい声色で彼の耳元で語り掛けながら、ヴェンダー君の血の付いた銃口を、ヴェンダー君の右手の上に乗せる。
「ッッッ!! は、話す! 話すからこの女をなんとかしてくれ!」
ヴェンダー君は涙を流しながら必死の形相で、アリアの方から私の前に這いずってきて懇願した。
「あの、アリアさん……。どうやら話してくれるみたいだし、そのへんで許してあげて下さい」
「そうですか。次からは無駄な手間を取らせないよう、お願いしますね」
アリアは凄絶な笑みを、優しげなものに戻すと、一歩退いて私にその後を委ねてきた。
──やがて、列車がライエに向けての運転を再開すると、私達は使っていない客室を一部屋借り、尋問……というほどではないが、私がヴェンダー君にあれこれと尋ねる事になった。
さっきアリアに撃たれたところは、私が命気を送り込んで治療しておいたので、列車がライエにつく頃には問題なく動けるようになるだろう。
ちなみにアリアは列車に乗っている責任者に連れ添い、乗客への状況説明をしてもらっている。
それと、アルナイルの残骸に関しては運び込めるだけ列車の空きコンテナに積んでもらい、詰めなかった分は、悪用する輩の事も懸念して、アリアの爆弾で爆破した。
ヴェンダー君はアリアが余程恐ろしかったのか、聞いてもいない事まで色々と話してくれた。
彼の目的は鉄道橋の破壊自体ではなく、この列車の終点であるライエから、次の折り返しの便に乗る予定で、ライエの次の停車地点、アルカセト自治州に入ろうとしているエネイブル諸島連合国からの要人をアルカセトに入れない事であり、その要人の殺害、戦闘は禁止されていたとのことだ。
まぁ、大河を跨ぐ鉄道橋を破壊すれば、しばらくの間大陸横断鉄道はライエへの停車を中止するであろうから、ヴェンダー君の考えは悪くは無い。
仮に爆弾等を使って破壊するにしても、鉄道橋にはライエ側とアルカセト側に憲兵所がある為、戦闘行為は避けられない。
その点、あの異常な硬度のオリジンドールであれば、通常の軍隊装備等では破壊する事は難しいだろう。
鉄道橋の破壊に成功したあとは、アルナイルのような大型オリジンドールはまだ世間に発表されて居ない為、皇国の所属ではないとしらばっくれる事も出来ただろうし、陰謀論を唱えれば、皇国が他国に対して戦争のきっかけを作ることもできる。
その後、改めて開発に成功したとでも嘯いて、実戦投入すればいいわけだし。
まぁ、私はよく聞いていなかったけれど、私との戦闘時にヴェンダー君は勢いで所属を名乗ってしまっていたらしく、人選ミスの懸念は大いにある気はしたが。
ちなみにヴェンダー君が話してきた聞いてもいない事というのは、彼自身の話で、彼の父親が皇国機甲師団の師団長さんであるらしいのだが、どうにも親のコネで成り上がっている等と周囲からの風聞が悪いらしく、近頃は単独作戦にばかり志願して個人の武功を上げることに躍起になっていたらしい。
そこに、それなりに名の通った
「それで、まだ何か話したい事はあるのかな……?」
ヴェンダー君が話出してから、もう二時間が過ぎた。アリアの前では見せなかったおしゃべりヴェンダー君の復活だ。わーい。
私は話の長い人は苦手なので、いい加減うんざりしていた。
「あぁ、すまない銀嶺殿。つい、堰がきれたように話してしまった。最後に一つ聞きたいのだが……」
ヴェンダー君は、二時間ノンストップで話し続けた為、口の周りに泡を吹きながらも、申し訳無さそうに言う。
「リノンでいいよ。それで、なに?」
「ではリノン殿、これは私個人の願いなのだが……。リノン殿に私の亡命の手伝いをしていただきたい」
「それは、ライエで憲兵所に突き出さずに、此処から逃してくれということ?」
「列車を止めた賠償はさせていただきます。まずは私が今所持しているコレを差し上げる。
それと、アルナイルに関する機密も、知っている範囲でお伝えしますよ」
そう言うとヴェンダー君は、ごとり。と、古めかしい銃をテーブルに置いた。
「うん……? 私は銃とかの価値はわからないんだけど」
「コレは紋章銃と言って、我が家に伝わる家宝の一つなのです。
構造は不明ですが、内部に刻まれた起源紋という特殊な紋章を用いて何らかの弾を発射するとの言い伝えなのですが、これまで誰もこれを撃てた事はありません」
それではタダのガラクタじゃないか……と思ったが、曲がりなりにも家宝を蔑ろにするわけにはいかないか。
「ちなみに、どのくらいの価値があるの?」
とりあえず聞くだけ聞いてみる。
「然るべきところに持って行けば、おそらくは五億ベリルにはなるかと」
──は? 五億? 五億っていったら四代先まで遊んで暮らせる額だ。あー、コレはきっとヴェンダー君、私を騙そうとしてるのかも……。
「ちょっとアリアに見せてもいいかな? 彼女、すっごい物知りだから、こういうモノの価値もきちんと図れると思うし」
「アリア殿に……? えぇ、構いません」
ヴェンダー君は、アリアの名前が出た途端、露骨に怯えたような表情になった。余程、心にさっきのことが刻みついたのだろう。
部屋のドアを開けアリアを大声で呼ぶ。
少し待てば漆黒のコートを翻し、アリアが煙草を咥えて現れた。どうやら向こうも一段落し、一服していたようだ。
うーん、マフィアの女ボス感が半端ない。
「話はついたのですか?」
「うん。まあ大凡はね。それでさ。コレ、何かわかる?」
「──それは!?」
アリアは、ヴェンダー君の紋章銃を見て、驚愕の表情を浮かべたのだった。
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