#10 準備

#10 準備


深結の言葉に成瀬君の手を握る力が少し強くなった


「どうしたら...好きになれる?」


「えっ.........?」


言葉にできない


泣くな、私。泣くな。ここで泣いたら成瀬君を悲しませる。嫌だ、嫌だ。


「....ごめん..なさい」

「わからないんだ。でもね、頑張るって決めた。独りじゃ難しいから紗奈と一緒にね!」


深結は笑った。成瀬君も笑ってくれた。


「日曜日の一緒に勉強しよって言ってたじゃん、あれどこでしよっか?」


「どっか良いところないかなー」

「サロン・ド・テとかどう?」


サロン・ド・テ


それは紗奈とよく一緒に行くカフェだ。駅からちょっと離れていてこじんまりとしている。落ち着いた雰囲気が私と紗奈のお気に入りだ。


「じゃあそうしよっか」


「うん」




帰宅。


自室のベッドにバタンと倒れる


「言えなかった..」


そう呟いた。


紗奈に電話をかける


"紗奈..きいて"


ぷるるぷるる。無機質に繰り返される音が途中でぷつんと切れる


"もしもしー"


"言えなかった"


"ん?"


聞き返す紗奈


"言えなかった"


"ははーん!そういうことか"


全てを理解したように言った


"成瀬君に好きって言えなかったのね"


"うん........."


涙が出てきた。悔しい。


"悔しいよ、紗奈。好きなのに、大好きなのに"


"大丈夫だよ深結。今の深結なら絶対に言えるから!!"


ぐしゅん。鼻をすする


"言えるかな..."


"言いたいなら、言えるよ。絶対"


"ありがとう"


"どういたしまして、じゃあお休み。また明日"


"うん、おやすみ。また明日ね"


電話を切ると急に寂しくなって、静かに嗚咽した。


「成瀬君.....好きだよ」

「今なら言えるのに、なんで成瀬君の前じゃ言えないの..?私のばか」


こんな気持ちは初めてだった、どうしたら良いのかわからない。でも不思議と嫌ではなかった


「もーっ!!」


深結は枕に顔をうずくめて脚をばたばたさせた。


「成瀬君大好き!!」


枕に向かって思いっきり叫んだ



「へ〜深結の好きな子成瀬って言うんだ」



「えっ!?」


聞かれていた、いくら枕で掻き消されたとはいえ近くにいたら聞こえてしまうくらいの声量だったのだろう。


「えっと..その...」


「お母さんに教えてよ」


「....そうだよ、私の好きな子は成瀬颯太君っていう子」


「写真見せてよ」


「持ってない..」


「えっ!?持ってないの!」


「うん....」


「えっ!!会えない時に写真眺めて落ち着いたりしないの!?!?」


お母さんの勢いに圧倒されて何も言えずにいると


「じゃあまた今度写真撮れたら見せてね」


そう言うと部屋から出て行った。



ここ最近の自分には深結自身を驚いている。ずっと自分のことが大嫌いで自傷行為をしていたのにそんな自分が恋に悩むなんて。


自分のことが嫌い、それは今も変わらない。でも少し変わった。


自分のことが嫌い。だけど、好きになりたい。


そう思っている、でも...そんな自分が嫌いになってしまいそう。



ぴんこん!



スマホの通知が鳴る、紗奈からだ。


"まーでも、辛い時は泣くのが一番だよ!"


紗奈の言葉にどれだけ救われてきたことか、いつか紗奈にもちゃんとお礼を言いたい。




翌日。お昼休み。


「さなー!どうやって告白しよう」


「それはもう!"良い感じの場所で良い感じな雰囲気の時に良い感じの言葉を言う"でしょ!」


抽象的すぎて


「もー!それが難しいんだよー」


深結は両手を伸ばして机に突っ伏した


「こういうのってその場の勢いに任せてみるのが意外と一番良いのかもね」


「そんなもんなのかなー」


息をついて言った


「そういえば明日暇?」


「暇だけど...」


正直なところ今は成瀬君とのことで頭がいっぱいでそれ以外のことなんて考えられない


「デートコースの確認しに行くよ!」


紗奈はこれでもかというほどに私のことを気にかけてくれる、前はそれが痛かった。でも今ならちゃんと言える


「紗奈、いつも本当にありがとう」


ようやく言えた。ずっと伝えたかったこと


「なんか...改まって言われると照れるねっ」


少し赤らんだ頬で微笑んだ。



午後の授業を終えていつも通りに帰ろうとした時


「深結」


後ろから声をかけられて動きを止める。声だけでわかる、成瀬君だ


「日曜、何時からにする?」


そうだった。この前場所だけ決めて時間を決めていなかった


「そういえばまだ決めてなかったね、お昼時は混むからそれよりも早めに行くか、遅めに行くか。どっちが良い?」


「せっかくだし朝からが良いな」


「じゃあ9時オープンだからそれに合わせて行こっか」


「わかった!」




「おまたせ〜、ごめんね待たせちゃって」


外で待たせてしまっていた紗奈に軽く謝っていつも通り二人並んで歩き出した。


「どうするの?」


「どうするって?」


紗奈の質問に質問で返すと


「デートに決まってるでしょ!」


かなり気合いが入っている様子だった


「デートって大袈裟だよ、ただ一緒にお勉強するだけ」


少し微笑んで言うと


「もー!鈍感なんだから!それをデートって言うの!!成瀬君だってそう思ってるよ!絶対!!」


顔が一気に熱くなった。成瀬君は私とお勉強しに行くことをデートって思ってくれてる...


急に恥ずかしくなって両手で顔を覆った


「何はともあれ深結が幸せなら私は満足だよ」


空気が少し冷えた気がした


「じゃーあ、いっぱい私の笑顔見せてあげる」


深結は紗奈の一歩前に出て振り向くと思いっきり笑った。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る