#4 本音
#4 本音
深結はそのままブランコから落っこちて地面に膝をついた
「全部...吐き出しても良い?」
深結は紗奈の手をそっとほどいた。紗奈は小さく頷いた
「ありがとう」
深結はお礼を言って精一杯微笑んでから、歯を食いしばって声を出した
「私のせいで親は別居して、私のせいでお母さんは傷ついて、私のせいで紗奈を悲しませた。もう...生きたくない」
叫び終える頃には両手を地面について地面は涙で小さな水溜まりができていた。
「今は..これだけで良いや」
「そっか、良く頑張ったね」
紗奈は深結の頭を優しく撫でた
「ありがとう、落ち着く」
自然と顔が綻んだ。
「今日はさ、学校サボって遊びに行っちゃおうよ」
紗奈の提案にポカンとした顔をする深結
「そうだねっ!」
深結はニコッと笑って立ち上がった。
目的地も決めずに電車に乗った
「なんか良いね、こういうの」
「わかる。悪い子だね、私達」
そう言って見つめ合った二人は周りの人達の迷惑にならないように声を抑えて笑った。
「今日は思いっきり悪い事しちゃお」
紗奈はいたずらに言う
「学校サボっちゃったし、もう後戻りはできないね」
深結も乗り気だ。
気の向いた所でてきとうに降りて辺りをお散歩することにした。
「綺麗...」
普段とは違う景色に声が溢れた。特別な何かがあるわけではない、至って普通の街並みだ。
深結の心には異常な程に綺麗に映った。
二人はあてもなく歩いた。急な坂や小さな細道、住宅街の中に何気なく佇む公園。全てが綺麗だった。
「げっ、お母さんから電話きてる。絶対怒られるよー!」
紗奈はなんやかんや真面目で学校をサボるなんてことは絶対にしない子だ。それはお母さんだって怒るに違いない。
紗奈は着信音を無視してスマホをポケットにしまった。
「良いの?」
「うん。だって今日は悪い子だもん」
「そうだったね」
こうしている時は心の底から楽しい、ずっとこうしていられたら良いのに。そう思うことはたくさんあった。でも、嫌と言っても迫ってくる現実があった。
「またなんか考えてるでしょ」
「ちょっとだけね」
そう言って少し視線を逸らした。
一通り歩き回ったら駅に戻ってまた電車に乗ってはてきとうに降りてお散歩してを繰り返した。
空が夕焼け色に染まった頃。
「そろそろ帰ろっか」
「本当はまだ遊びたいけど、しょうがないね、帰ろっか」
深結の手は震えた。こんな夏の日に。怖い。
現実が迫ってくる。その感覚が今にも心臓を止めてしまうような気がした。
「大丈夫!?」
紗奈はそれに気がついて深結の手を握ってくれた。
バレちゃった。まただ。
「私は大丈夫だから」
そう言って少し強引に紗奈の手を振り解いた。
「私は大丈夫私は大丈夫...私は大丈夫だから」
紗奈の声が聞こえないように両耳を塞いだ
一歩後ろに下がるとバランスを崩して転んでしまった
「痛いっ」
耳を塞いでいた手が反射的に受け身を取ろうと動いたが、上手くいかず右手首を捻ってしまった。
俯いた顔を上げれば紗奈がこちらを見ていった
「大丈夫?どこらへんが痛い?」
「大丈夫...ちょっと右手首を捻ったくらい」
その後の二人には気まずい空気が流れていた。
「今日は楽しかった?」
自宅の最寄駅について見慣れた帰路についた頃、紗奈がふと口にした
「楽しかったよ」
「なら良かった」
その一言でさっきまでの気まずい空気が晴れたと思った
「今まで..生きることに精一杯で、好きなものとかなかったけど..こういうのは好きだなって...」
「じゃあこれからも、たまにこうして悪い子になっちゃお」
紗奈は気を遣って深結の方を見ずに言った。
「うん!」
嬉しかった。生きるのが楽しいって思えるようになったのも全部紗奈のおかげだ。
「そういえばさ、前から訊きたかったんだけど、深結って好きな子とかいないの?」
「好っ..好き..!?」
高校生。好きな人がいたっておかしくないし、恋人だっている人もいる。
「恋愛とか..あんまり...って感じなんだよね。人と話すの得意じゃないし。逆に紗奈はいないの?好きな子」
「私もあんまり。友達として好きな子はいても恋愛ってなるとね」
雑談をしているうちに紗奈の家の前についた。
「じゃあばいばい。また明日」
深結が小さく手を振ると、少し寂しそうな表情をした後すぐに笑って手を振りかえしてくれた
「うん。また明日」
その言葉を聞き終わった時には玄関のドアは完全に閉まりきって深結はひとりぼっちになっていた。
「ありがとね」
小さく呟いてから歩き出した。
深結は遠回りをしながら自宅方向に進んだ。途中コンビニに寄っておにぎりを一つ買って偶然見つけた公園のベンチに座って食べることにした。
こんな公園あったんだ。10年以上住んでいても意外と知らないところもあるんだと思いながらおにぎりを口にすると
「深結?」
声が聞こえてきた方向に目を向けると、どこか見覚えのある男の子がこっちに向かってきていた。
「やっぱり深結だ。今日学校来なかったから心配してたんだよ」
同じクラスの深結の後ろの席の成瀬颯太君だった。
「なっ...成瀬君..こそどうしたの?もう暗いのに」
「それはこっちのセリフ、女の子がこんな時間に一人でいたら危ないだろ」
そう言うと成瀬君は深結の隣に座った。
「で、なにしてたの?」
「べつに..ちょっと家に帰りたくないだけ」
「親と喧嘩でもしたのか?」
本音を言っても何も変わらずに話してくれることが嬉しかった
「そういう感じじゃないんだけど、なんとなく家に居場所がない感じがして」
「まあでも、ちょっとわかるかも。その気持ち」
返ってきた言葉に深結は安心した。
それは否定でも肯定でもない。共感の言葉だったからだ。
「じゃあこれやるよ」
成瀬君がポケットから取り出したのは冷たい飲み物だった
「いいの?」
「良いよ。それ飲んで落ち着いたら早く家に帰れよ、もう夜遅いし」
「うん。ありがとう」
深結は今まで感じたことのない気持ちになった。でも不思議と嫌な気はしなくてむしろ心地良かった。
「私そろそろ帰るね」
深結が立ち上がると
「じゃあな、また明日」
「うん」
素っ気なくも聞こえる返事をしてその場を去った。
「ただいま...」
学校をサボったこと間違いなくお母さんにも連絡がきたはずだ。その後ろめたさからかその声はいつもに増して小さかった。
「おかえり!ごはんできてるよ!」
今日はやけにお母さんが話しかけてくる。
「うん、着替えてくるからちょっと待ってて」
そう言って足早に自分の部屋に向かった。
部屋着に着替えてから朝も見た全身鏡に向かってニコッと微笑んでからリビングに向かった。
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