【短編】クールで無表情な幼馴染が毎日L○NEでだる絡みしてくるが、頭文字を縦読みしたら「すき」になってた

じゅうぜん

頭文字を縦読みしたら「すき」になってた

『すみません』

『今日やってた数学の問題について聞いてもいいですか』


 今日も七原からL〇NEが来た。

 いいぞ、と送る。


『ありがとうございます。自力で解決しました』

「なら聞くなよ!!」


 またこんなんかい……。別にいいんだけどさ。

 ぽちぽち同じツッコミを打って返信する。


 七原雪奈ななはらゆきなは、いわゆる腐れ縁の幼馴染だ。


 家が隣で、家族ぐるみで付き合いがあり、幼稚園から高校まで今のところずーっと一緒のところに通っている。

 

『はあ、今日も春也はるやくんは女の子に対して当たりが強いですね』

『お前が変なこと言うからだろ』


 あいつとも長い付き合いだ。


 七原ママからは『あらあら将来は夫婦かしらね~!』とか言われていたが、特に関係が変わることはなく高校二年まで来た。俺の方はだんだん可愛く美人になっていく七原にどぎまぎすることもあるんだが、向こうはどう思っているかわからない。


 なにせ七原は表情が変わらないのだ。大きく驚いた時とか喜んだ時は流石にわかるが、細かい喜怒哀楽はわからない。

 そのせいでクラスメイトなんかには素っ気ないという印象を持たれることが多かった。話し方も基本は敬語だし。


 でも中身はL〇NEで俺にだる絡みしてくるようなやつだ。悪戯好きだし、子供っぽいところもある。


 今もたぶん、画面の向こうで呆れた仕草をしていることだろう。


『だから彼女ができないんですよ』


 余計なお世話だと返したら、デフォルメされたうさぎのキャラが渋い顔で溜息を吐いているスタンプが送られてきた。


 こいつ……。


 こんな、幼馴染との他愛ないやり取り。

 この中に爆弾が隠されていると気づくのは翌日の事だった。



 ◇◇◇◇◇



『すみません』

『今日って日本史の宿題が出てた気がするんですが、春也くんのおつむは覚えてますか?』


 翌日も夜になってのんびりしていたら、七原からメッセージが届いた。

 頭のことおつむって言うなや。

 頭でも変だし。


『プリント貰ったろ。それやれってさ』

『プリント? どのプリントですか?』


 本当にわからなそうだ。プリントを出して、アプリのカメラ機能から写真を送った。


『↑これ』

『え、画質ゴミすぎ。手ブレやばすぎ。風邪ひいた時に見る夢ですか?』


 ぼろくそだった。せっかく送ったのに……。仕方ないだろ! カメラとか全然使わねーんだよ! 使わねーから手ブレで空間ひずんじゃったりするんだよ……。確認せず送った俺も悪いけどさ……。


『面倒なので、玄関まで来てもらえますか?』


 そう言われて、俺は苦笑してからプリントを持って立ち上がった。

 リビングに妹がいたので「七原長女に会ってくるよ」と伝える。

 いってらー、という軽い声を受けつつ、外に出た。夜の冷たい空気が頬に触れる。


 七原家へ歩いていると、向こうから女の子が出てきた。

 道路脇で向かい合って、立ち止まる。


「どうした、家で待っててよかったのに」

「いえ、そういうわけにも……いきませんから」


 ふわふわもこもこしたパジャマに身を包んだ、見目麗しい美少女。

 色素の薄い髪。細く整ったスタイル。あどけなさと大人っぽさが共存する顔立ちは、綺麗すぎるから逆に冷たくてとっつきにくい印象を与える。……中身は俺を煽ってくるようなやつだけど。


 面倒なので、って俺を呼んでおいて、申し訳なくなって自分から家の外に出てきている。

 こういうやつなのだ。それを知ってるから、ちょっと生意気でもしょうがないなって気分になる。


「プリントはこれ」

「うーん、見たような気もしますが、ちょっとわかりません」

「コピーするか?」

「はい。すみませんが、お言葉に甘えます」


 七原がコピーしている間、俺は玄関の前で待っていた。

 昔からこういうことは何度かある。お互い、同じ学校に通っているんだし、助け合いだ。相互補助である。


 少しして、七原が戻ってきた。


「すみません、お待たせしました」

「いいよ。五分も経ってないし」


 プリントを返してもらおうと手を伸ばしたら、七原が動かずにじぃーっと俺を見てきた。


「春也くん、今日もこんな感じで人助けしてましたよね」

「……まあ、後輩の手伝いはしたな」


 たまたま絡みのある女子の後輩が重そうな荷物を運んでたから一緒に運んだだけだが。

 七原が無表情なせいで、何を考えてるか全くわからない。


「それ、『はー、良い事したなー。気持ちいいー。あの子ぜってー俺の事好きになるわー』って思ったらだめですからね」

「思わねーよ」


 そんなおめでたい頭はしてない。


「別にみんな、俺にそんな興味ないだろ」

「そこまで言ってないです……そういうこと言うのは、自虐的で印象よくないですよ」


 わずかに視線を逸らして、七原は俺にプリントを差し出した。

 受けとって、ひらひら振る。


「そっか、気を付けるわ」

「はい、全身に刻んでください」

「刻みすぎだろ」


 胸だけにさせてくれ。


「じゃあ、また明日な」

「はい。プリントありがとうございました」


 別れて、家に帰る。


 自分の部屋でスマホを見たら、デフォルメされたうさぎが『ありがとうございます』と頭を下げているスタンプが送られていた。


 七原はこういうところもきちんとしていた。外見はとっつきにくそうに見られることも多いが、実際はとても丁寧に接してくるし、中身もすごく繊細なやつなのだ。


 付き合いの長い俺へのメッセージだって、「すみません」から始まることが多い。


 そう。

 ただのメッセージでも丁寧なんだよな。そんなかしこまらなくてもいいのに。


 そう思って、椅子に体を預けながら今日のやり取りの履歴をさかのぼってみる。


『すみません』

『今日って日本史の宿題が出てた気がするんですが、春也くんのおつむは覚えてますか?』


 ……おつむって煽られてる気がしないでもないが、一応、丁寧だ。


 そういえば昨日も「すみません」からだった。昨日の履歴は……。あった。


『すみません』

『今日やってた数学の問題について聞いてもいいですか』


 なんか、「すみません」「今日~」が続くな。なぜかこの流れだけ二回に分けて送ってるし。


 その前も見てみた。


『すみません』

『教科書五十七ページについてなんですけど』


 似てるな。確かに、体感でもそういう文章が多い気はする。


 その前。


『涼しいですね』

『今日から気温が低いらしいですよ』


 ここは「すみません」じゃないな。でもまた「今日~」だ


「す……今日……か」


 ……あれ?


 ふと、引っ掛かって、今日の履歴まで戻った。


『すみません』

今日きょうって日本史の宿題が出てた気がするんですが、春也くんのおつむは覚えてますか?』


 待てよ。

 頭文字……あれ……?

 ゆっくりスクロールして日付をさかのぼる。


 昨日。


『すみません』

今日きょうやってた数学の問題について聞いてもいいですか?』


 一昨日。


『すみません』

教科書きょうかしょ五十七ページについてなんですけど』


 三日前。


すずしいですね』

今日きょうから気温が低いらしいですよ』


 ……え。


 七原からのL〇NE、もしかして、頭文字。


 全部、「す」と「き」?


「……まじ?」


 目をこすってから、また見てみた。


 全部、「す」と「き」だった。


「……まじ?」


 ――ま、待て、俺。落ち着け。まだ早い。偶然かもしれん。


(一回コーヒーでも飲んで落ち着くんだ)


 俺は大きく息を吐いて、激しい動悸のする胸を押さえながら部屋を出た。

 リビングのソファでだるそうにテレビを見ていた妹が声をかけてくる。


「ん、にーちゃん、何しにきたのー?」

「こ、こここコーヒーののの飲むむむ」

「え、な、何? 急に何?」


 びっくりされたがそれに触れる余裕はなかった。今それどころじゃないのだ。怪訝そうな視線を受けながら、粉コーヒーをコップに入れようとしてどばっと溢した。


「え……ほんとに何……?」

「大丈夫、大丈夫、大丈夫」

「やば……」


 妹にドン引きされているが、なんとかコーヒーを作ってリビングを出た。

 自室に戻って、ごくりとコーヒーを飲みこむ。味がしない。


 ま、まだわからないぞ。

 前のメッセージはどうなんだ。


 震える指で以前の履歴を読む。

 一か月分くらい見た。


 「す」と「き」から始めているのは最近のようだ。

 前も少しあるが、そんなに露骨じゃない。だがここ一週間くらいだけ、毎日連続で「す」と「き」だった。


 ぐぐぐ、偶然か?


 まだ確信が持てない。

 七原がこんなややこしい事を始めてるのか、それとも偶然なのか。


 またコーヒーを飲む。味はわからない。


 たった二文字がこんなに俺を惑わせてくるなんて……。


「…………」


 無味のコーヒーを飲み干し、深く長く大きく息を吐き出した。


 よし。


 様子見しよう。


 そうしよう。


 いやだってまだ一週間くらいだし癖かもしれないし偶然かもしれないし……。


 悶々と誰かに向けて言い訳をしていて、気づいたら遅い時間になっていた。

 そろそろ寝ないと……。


 あ。


「プリントやってねぇ……」



 ◇◇◇◇◇



 翌日の夜。

 めちゃくちゃ身構えてスマホを見ていた。アプリは開いていない。既読すぐついたら気まずいし。


 あ、来た。


『すみません』

『気づいたことがあるんですけど』


 ……はい。


『今日の「おさゆめ」めちゃくちゃ神回じゃないですか?』


 あっ、わかる~~~!!


 旬な話題に食いついてしまった。

 直前に見ていたアニメ「幼馴染に夢を見れないって本当ですか?」。略称「おさゆめ」。主人公が推していたアイドルが実は地味なはずの幼馴染だった事が発覚。幼馴染は主人公に意識されるために、主人公の好みに合わせたアイドルとなったのだ。主人公は幼馴染のことを意識していなかったが、好きなアイドルが彼女であることを明かされ、急激に意識を向けてしまう――。


『メイちゃんも主人公に堕ちちゃいましたね。可愛すぎてニマニマが止まりません』

『わかる~~~~!』


 七原も割とアニメを見ている同志なのだ。しかも俺と趣味の似ているラブコメや恋愛系のものをよく見る。

 俺たちは全力でオタクになった。

 興奮してメッセージを打ち込んでいく。


 そうして気づいた時にはだいぶ時間が経っていた。


『あ、気づいたらこんな時間ですね』


 という七原のメッセージをきっかけに、俺たちはお互いスタンプを送り合ってやり取りを止めた。


(ふう……満足した)


 興奮を共有できる友達というのはいいものだ。

 満足感と共にベッドに体を横たえたところで、今日のメッセージも「す」と「き」から始まっていたことを思い出して一人でうめき声をあげた。



 ◇◇◇◇◇



 翌日。


 今日は先手を取ることにした。

 基本は七原から先に『すみません』とメッセージが送られてくるのだ。俺から先に連絡すればその手も使えないだろう。


『今、何してる?』


 さあどうだ。これならいつもの手は使えまい!


 既読が付いた。


 どう来るんだ、七原……!


 と、しばらく待っていたが、そこから返信が無い。

 ……あれ? 普段はあいつすぐ返信してくるのに。


『あの』


 だいぶ経ってから、えらく神妙な面持ちの返信が来た。


『?』

『おくるひとまちがえてませんか』


 そう言われて改めて見返したら、俺の送った文章が彼女とかそういう間柄の云々に送る甘々メッセージみたいに見えることに気づいああああああ。


『ちがう!』

『この前の後輩の女の子ですか』

『違うって!』

『乳繰り合ってたんですか』

『違うから! ってか乳繰り合うってなんだよ!』

『乳繰り合う=男女がこっそりと会い、肌を合わせることを表した言葉』

『違うってええええ!』


 この後しばらくずっと誤解を解くことに費やした。


『……じゃあ、本当に特に意味もなく送ってきたんですか?』

『そうです』

『なるほど』


 しばしの間を、ベッドの上で正座しながら待機。


『では許しましょう』

『ありがとうございます!!』


 七原様の寛大なお言葉にスマホに向かって土下座した。

 あれ……なんで俺が許しを請う流れになってるんだ。まあ誤解は解けたからいいか……。


 土下座しながら考えていたら、またスマホの上にぴこんぴこんとメッセージが届いていた。


『でも私も早とちりでした』

『すみません』

『気を付けますね』


 読んで『いや、俺も誤解させるようなの送って悪かった』と返信し、デフォルメされたうさぎが土下座するスタンプが返ってきてやり取りは終了した。


 ぐだーっと脱力してベッドに伸びる。えらく疲れた。

 でも今日はさすがに例の二文字で始まらなかったな……。


 残念なような企みが成功して嬉しいような複雑な思いを抱えつつ、今日のやり取りを上から眺めていたら最後の二つが「す」と「き」であったことに気づいてベッドの上でのたうち回った。



 ◇◇◇◇◇



 また翌日。


 今日は昼間、休み時間に牽制けんせいを入れることにした。


「なあ、七原」

「なんでしょう。春也くん」

「いつもLI〇E送ってくる時、別に『すみません』とか言わなくてもいいんだぞ」

「なぜですか?」

「…………」

「…………」


 沈黙。


 離れた所で女子がこちらを見て何か喋っている。「ねー、あの二人なんで見つめ合ったまま固まってるの?」「しっ、あれは駆け引きよ。相手の出方を窺ってるの」解説やめろ。


「いや、そんなにかしこまらなくてもなって」

「いえ、別にそういうつもりではなく、単に話しかけるのをスムーズにしているだけです」

「――なるほど」

「――はい」


 七原の表情は揺るがない。俺も引かずにその目をまっすぐに見据える。


 「あれは何?」「二人とも瞬きの回数が増えてるでしょ。平静に見えて内心どきどきしてるの。今の短い会話にも深い意味が」いやだから解説やめて。


 そこでチャイムが鳴って会話は終わった。七原がすっと目を離したので、俺も机に向き直る。


 おそらく俺の目論見は達成したはずだ。今ので七原は『すみません』からのコンボが使いにくくなったことだろう。


 「あれは?」「うーん、難しいけど、六井君の方はほっとしているみたいね……たぶん六井君が優勢で終わったんだわ」


 解説すんなって。



 ◇◇◇◇◇


 

 その夜。


 若干の緊張と共に連絡を待った。たぶん、今日も来るはずだ。でも『すみません』からではないと思う。けど、どうだろう。もしかしたら普通にスルーして『すみません』かもしれない。七原がどう思ったかわからないんだよな。解説の委員長は俺の優勢とか言ってたけど……。


 どきどきしていたら、ぴこんぴこんと通知が届いた。

 ばっと勢いよく画面を見る。

 

『スイカって野菜らしいですよ』

『気づいてました?』


 ……え。


『まあ一応』

『それは良かったです』


 デフォルメされたうさぎがサムズアップしているスタンプが送られてきた。


 ……やり取りが終わった。


「雑ぅ!!!」


 ちょっと雑じゃない!?

 七原ぁ! もうちょっとごまかせよ! もっと、こう……なんかあるだろぉ!


「にーちゃん何一人でくねくねしてんの?」


 むずむずしてベッドで奇声を上げながら身もだえしていたら妹が部屋に入ってきた。

 ドアの隙間から見られていたらしい。


「毒虫ごっこだよ」

「へー。で何があったの?」

「…………」


 俺の適当な発言を物ともしない。妹よ、もうちょっと会話の掛け合いとかあってもよくない?


「……いや、七原のL〇NEがな」


 しかし俺も七原のメッセージの事を誰かに相談したかった。妹なら七原の事を昔から知っているし、相談相手としてちょうどいいかもしれない。

 妹は俺から話を聞き終わると、うんうんと何度か頷いた。


「まー、たしかに雪奈さんはちょっとそういう可愛いところあるよね」

「これ……本当に意図してやってると思うか……?」


 一番気になることを尋ねる。


「えー? にーちゃんさぁ」


 妹は呆れたような顔でそれはそれは長い溜息を吐いた。


「そーいうのは本人に聞くべきじゃないの?」


 そう残し、自分の部屋へと去っていった。


 ぽつんと取り残された俺の頭には、しばらくその言葉がぐるぐる回っていた。


 七原の顔が浮かぶ。


 じっと俺を見つめていた顔。端正な顔立ち。その無表情。綺麗な瞳。その先。


 何を考えているのか?


 それを知りたければ――


「……まぁ、そうだよな」



 ◇◇◇◇◇



 翌日。


『すみません』

『昨日の授業についてなんですけど』


 ぴこんぴこんと音がして、いつものようなメッセージが届いた。

 紛らわしくて、わからなくて、俺を悶々とさせるメッセージ。


 俺はそれに、文脈とはを送った。

 本当に昨日の授業の事が聞きたいだけのメッセ―ジだったら、俺が恥ずかしい思いをすればいい。


 そしてアプリから別の人を探して、通話を掛ける。出てくれるか心配だったが、すぐにつながった。


『あら? 春也君?』

『すみません、急に』

『ううん、いいのよ。でもどうしたの?』


 七原ママは少し困惑した様子だった。普段は電話なんてかけないからな。今日くらいだ。こういう大事な日とか。


『今からそっちの家にお邪魔するんで、中に入れてもらってもいいですか』

『あら、雪奈に用事?』

『はい、ちょっと……言いたいことがあって』

『……あらあら~?』


 緊張を含んだ声音で、何か察するものがあったのかもしれない。


『うふふ、任せて~! ドアの前で待ってるからね!』

『あ……はい、お願いします』


 すごい勢いよく言われた。切る時に『お赤飯……』とか聞こえたけど大丈夫だろうか。それはちょっとどうだろうな?

 玄関へ向かう。

 リビングで妹がまたテレビを見ていたので、「七原長女に会ってくるよ」と伝える。


「いってらっしゃーい。あー、にーちゃん」

「ん?」

「がんばー」


 こっちを見ずにかけられた軽い応援に思わず笑った。なんだこいつ、めっちゃかっこいいな。

 はいよ、と頷く。


 ドアを開け、外へ出た。夜の空気は冷たい。だから火照った体にはちょうどいい。足がふわふわしていた。俺のものじゃないみたいだ。

 気づいたら七原家の前にいた。あれこんな近かったっけ? あー……俺が緊張してるのか。


 七原に『今から部屋に行くから』と送る。


「いらっしゃ~い、春也くん。あの子はお部屋にいるわよ」


 七原ママがにこにこ笑顔でドアを開けてくれた。


 お礼を言って、家に入る。勝手知った廊下だ。

 小さい頃はお互い気軽に家を行き来して、毎日のように遊んだ。あいつは昔から表情が変わらないから、学校でもあまり友達ができなかった。だから俺とよく一緒にいたのだ。

 階段を昇る。昇ってすぐ目の前にあいつの部屋がある。子供の頃からずっと同じ。


 ノックしながら声をかける。


「おーい。入るぞ」

「は、はぇ……!? ちょっと待っ――」


 ドアを開ける。


 ベッドの上に七原がいて、ぺたりと座ってスマホを胸に抱えていた。

 顔が真っ赤だ。いつもの澄ました無表情が崩れて、口元があわあわ震えていた。

 こんなに表情が崩れているのは久しぶりに見た。いや、ここまでは初めてかもしれない。


「は……はりゅやくん……!?」

「返信届いた?」

「は、ひぁ……あの……その……」

「……悪いな。急にあんなこと送って」

「へ、へ……?」


 七原がいるベッドの前まで近寄って、座る。


「本当は、もうちょっと段階とか踏むべきだと思うんだ」

「だ、だんかい……?」

「でもお前があんな紛らわしい文章送ってくるから」

「へ……っ!?」


 七原が目を見開く。『気づいてたんですか……!?』って顔をしていた。だが別にそれを追求するつもりはない。今思っていることだけ聞ければいい。


「『俺、六井春也は七原雪奈のことが好きだ』」


 そんなメッセージを送った。

 ごまかしもできないくらいシンプルにした。

 ずっと曖昧なままにしていたらもどかしいんだ。それじゃ苦しい。七原の気持ちが知りたい。でも"知りたい"だけじゃだめだと思った。教えてもらうなら、相応の事をさらさないと。


「ふ、ふぁ……!」

「つまり俺はお前のことが好きなんだが」

「ふわぁ…………っ!」

「お前はどうだ?」

「へっ? わ、わわ、わたっ!?」


 七原がわたわたしている。無表情はどうしたんだ、ってくらい慌てていて笑ってしまう。でも俺に笑われたことにも気づいていない。目がぐるぐるだった。いっぱいいっぱいになっていることがよくわかった。


「わたっ、わた……わたしは……」

「私は?」

「えと……その……!」


 じっと見ていたら、七原が少し落ち着いてきた。まだ頬は紅潮していて、瞳が潤んでいるが、目はぐるぐるしていない。こくっと七原が唾をのみ込む。


「あ、あの」

「なに?」

「……あ、明日とかでは、だめですか?」

「だめ」

「ふええええ!?」


 また七原の目がぐるぐるしてきた。俺だってどきどきしているしそんなに余裕はない。震える手を必死で抑えている。七原の想いが気になるから聞きたい。聞かなきゃ帰れない。俺は伝えたから教えてほしい。そんな我が儘でここにいる。


「え……と……」


 だからじっと待つ。


「そ、その……」


 七原の答え。


「あの……ぅ!」


 その返事を。


「す――すき……です、わたしも……」


 ぷしゅーっと音がしそうなくらいに顔を真っ赤にして、か細い声が絞り出された。


 ――よかった。


 それを聞いた瞬間、どっと力が抜けた。周囲に音が戻ってくる。心臓の鼓動が離れていく。急に息苦しくなって大きく息を吸った。息を止めていたのかもしれない。緊張しすぎか、俺は。


 七原は枕を取って、ぎゅうっと抱きしめて縮こまった。顔を枕で隠している。俺も隠したいくらいだ。顔がめちゃくちゃに熱い。


「あ、あの……」

「……な、なんだ?」

「今日のところは……一人にさせてもらっても……いいでしょうか」

「……あ、そ、そうだな」


 枕に口を押し付けて、くぐもった声で七原に言われた。たしかに、俺も落ち着きたい気はした。なんだか現実味が無くてほわほわしている。夢なのか、違うのか、どうなのか。


 ぷるぷるする足をなんとか動かして部屋の外に出た。

 一階に降りたら、七原ママが胸の前に両手で小さく拳を握って、優しい笑顔を浮かべていた。


「春也君、これからもよろしくね」

「……はい」


 頭を下げて、外に出る。


 ぽわぽわしながら家にたどり着いて、ようやく現実に帰ってきた気がした。

 玄関で廊下に倒れ伏す。


「はぁぁぁよかったぁぁぁ……っ」


 妹がぺたぺたとリビングから出迎えてくれる。


「にーちゃんおかえりー」

「あぁ……ただいま」

「いけた?」

「いけたよ」


 妹はにやっと笑う。


「おめでと」

「はは……さんきゅー」


 へろへろになりながら俺も笑い返した。



 ◇◇◇◇◇



 その翌日、ちゃんと「付き合ってください」みたいな話をして、俺と七原は付き合い始めた。


 いろんな人から「やっとか」みたいな顔をされた。そんな風に見られてたんだなって苦笑いをした記憶がある。



 ◇◇◇◇◇



 ――膝の上に乗せた娘に向けて、そういう昔話をしていた。


 昔ってほどじゃないけど。


「という感じで、俺たちは付き合い始めたんだ」

「ねーぱぱー?」

「ん?」


 娘が心底不思議そうな顔を俺に向けた。


「なんでままはすきってちゃんといわなかったの?」

「っつう……ぅ」


 ママは無邪気な声でダメージを食らっていた。

 娘の髪を撫でながら、それには気づかないふりをする。


「そうだね、なんでだろうな」

「ままなんでー?」

「い……今ならちゃんと言えますから!」

「本当に?」

「は、はい、えと……」


 平気とか言って……顔は赤くなっているし、目線もうろうろしている。

 仕方ない。そういうものだ。たぶん。他の言葉と比べて、すごく重たい意味を持っている気がするし。そりゃ、人にはよるだろうが。

 ママがぼそぼそと声を零す。


「あなたが……好き、です」

「俺も好きだよ」

「……なっ、なんでそんなにさらっと……!」

「あー! ずるーい! わたしもー!」


 仲間外れにされた娘が怒ってしまった。


「もちろん桜のことも好きだよ」

「わ、私も好きですよ」

「わたしもままとぱぱがすきー!」


 すぐに機嫌は直ってくれた。家族でにこにこしている。こういうのでいいんじゃないか。

 好きを伝えて、好きが返ってくる。

 とても幸せでハッピーだった。


 そんな日常を続けようと思う。



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【短編】クールで無表情な幼馴染が毎日L○NEでだる絡みしてくるが、頭文字を縦読みしたら「すき」になってた じゅうぜん @zyuuzenn11

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