異世界転生応援室 トラック係 釣合秤の業務報告書
日ノ日
序
プロローグ 一年後の異世界転生応援室
トラックの心地よいアイドリングに身を委ねていると徐々に眠気が溜まってくる。
それを吐き出すため、市役所職員
深く吸った息を吐き切ると、それを助手席で耳聡く聞き取った同僚の
「はー君。もしかして緊張してるの?」
金色の髪から覗く長く尖ったエルフ耳がピクピクと動いている。
「まさか。眠気覚ましだよ」
最初の頃ならばまだしも、もう何度目か忘れるほど同じことを繰り返しているのだから。
「それはそれで、お姉さんちょっと心配だな。これから人を殺そうっていうのにさ」
冗談めかした言葉だが、聞き捨てならない。
「おいおい。勘違いするなよ? 俺たちは人を殺すんじゃなくて、送って差し上げるんだ」
「実にお役所めいた建前ね」
「お前から教わったんだけどな。これ」
そうだった? と森羅は茶目っ気たっぷりに笑う。
いつの間にか眠気はすっかり飛んでいた。
『オーイ。イチャついてるところ悪いが、目標が家出たぞ』
ダッシュボードの上に置かれたスマホから、現在少し離れたところで目標を監視中の同僚、
「来たか。えーっと、何君だっけ?」
「ムカイトシハル、だよ?」
「そーそームカイ君。あれ幾つだっけ?」
「……大学一年生」
森羅が若干呆れつつ、三人乗りトラックの真ん中に置かれた水色のファイルを広げた。
「おっ、同い年か。大学生で異世界送りに選ばれるのはちょっと珍しいな」
誤魔化すようにファイルを覗いて言うと、再度ため息を吐かれた。
「そうでもないよ。最近は大学生どころか三十四十過ぎの中年が選ばれることもあるって、室長が言ってたでしょ?」
「そうだっけ?」
「……はー君って、最近滴ちゃんに似て仕事が適当になってきたからねぇ?」
滴ちゃんに似て。のところを強調する森羅の声に冷たい殺意が混じったが、その対象は自分ではないと分かっていたので気にしない。
むしろ、本人を除き誰もが認める適当職員である滴と似ていると言われたことに落ち込んでしまう。
『いやいや。全っ然、似てない! アタシはちゃんと名前覚えてたから! むしろあれだろ。秤は三上に似てきたよ。最初は細かいことでピーピー言ってたくせにさ』
対して、殺意が自分に向けられていることを敏感に感じ取った滴は早口に告げる。
ビタビタと何かを叩きつけるような音も聞こえたが、おそらくは興奮のあまり、自身のヒレを地面にでも叩きつけているのだろう。
「そりゃあのときは仕方ない。異世界も魔法も異種族もなんも覚えてない状態だったんだ。慎重にもなるだろ」
殺意の矛先を他人に擦り付けつつ、話も変える滴のやり方に感心して、話に乗ってやることにした。
「今でも記憶戻ってないくせに」
「そーだよ。いい加減シンラのこと思い出してやれよ……アタシもどんな関係なのか知らんけど」
(こいつ……)
こちらは気を使ってやったというのに。
怒鳴りつけてやりたい気持ちを必死に押さえ込む。
先ずは森羅が先だ。
「だったら俺たちがどんな関係だったか教えてくれよ。それを知らないと正直どうしようも無いというか」
怒りを宥める意味も込めて下手に出るが、これは本心でもある。
出会った当初から異様なほど秤に好意を向けてくる森羅だが、どうやら彼女と秤は過去に出会っているらしく、秤がそれを忘れていることに不満を抱いているのだが、それがいつでどんな関係だったかは一向に話してくれない。
曰く。
「ダメ。はー君に思い出してもらうことに意味があるんだから。そのためにも早くレベルアップしてもらわないと」
と言うことらしい。
「お前な──」
もう何度となく聞いた文言に、今日こそは詳しく聞いてやろうと、少し語気を強めた瞬間、スマホから滴とは異なる声が聞こえてきた。
『君たち。少しは緊張感を持ちなさい』
呆れた声は、秤たちが所属する部署の室長である
「あれ、朝日室長も来てたんですか?」
『あっちの仕事が片づいたから飛んできたんだ。ちなみに……』
『私もいる』
朝日に加え、最後の職員
「またそうやって、簡単に魔法を使う。見つかって大騒ぎになって困るのは室長でしょうに」
『大丈夫だよ。小子くんが隠蔽の護符使ってるから』
『姿、音、匂い、気配も完璧に消す』
『ちなみに隣にいる滴くんは効果範囲に入ってないから、ずっと騒いでるけど声も聞こえない……はいはい、入れてあげるよ』
『ひでーよシツチョー』
一気に騒がしくなったスマホの向こう側に再度、先ほどよりも大きくため息を聞かせてやる。
「相変わらずみなさん何でも有りで良いですね」
多分に練り込んだ嫌みを全面に押し出して言い放つ。
瞬間移動や、最新の監視カメラすら欺く完全な隠蔽を可能とする護符。
自分以外のメンバーは、現代の科学力でも再現不可能な超常の力を楽々と使いこなす。
実のところ、それが秤の適当な仕事ぶりに繋がった。
こちらが細々とした配慮をしたところで意味がないと気づかされたのだ。
とはいえ、そのことを本気で僻んでいるわけではない。
そんな段階は遠に過ぎている。
「さて! それじゃあ今日も、怠慢な上位存在の代わりにお仕事と行きますか」
「おー」
上位存在嫌いの森羅が楽しそうに言って手のひらをダッシュボードの上に置くと、一瞬でトラックが緑色の光に包まれた。
『そろそろ道路に出てくるぞ』
『上下黒の地味な格好だ。見間違うなよ?』
『神様の声もまだ聞こえない、今がチャンス』
「了解! 異世界転生応援室トラック係釣合秤。これより異世界送り業務を開始します」
全員に聞こえるように宣言して、アクセルを踏み込んだトラックが加速していく。
聞いた通りの上下とも黒づくめの服装にボサボサの黒髪、歩きスマホという出で立ちで道路に出てきた転生予定者ムカイトシハルが、こちらに気付いたときにはもう遅い。
トラックは回避不能な距離まで迫り、衝突と同時に緑色の光を吹き出した。
しかし、ぶつかったトラックには何の衝撃もなく、光が消える頃には対象の姿も消え失せていた。
「上位存在によろしくな」
その存在ごとこの世界から消え、異世界に旅立っていったムカイトシハルに手向けの言葉を贈るとトラックの速度を緩め、市役所職員らしく法定速度でその場を後にした。
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