最善の選択

ヤマモトダイチ

第1話 最善の人生

「お父さん、、、今までありがとう、、。」


 娘の震えた声が鼓膜を通してまた震える。

どうやら俺はもうすぐ死ぬらしい。


 この日が来るのは数日前からなんとなく分かっていた。だから思ったより哀しみや辛さはなく、むしろここまでよく頑張ったという達成感の方が強い。


 我ながらいい人生だった。家族に看取られ、慣れ親しんだ自宅で最期を迎える。少々贅沢な最期ではないか?と思うが、きっと神様からの最後のプレゼントだろう。有り難く受け取らせていただきます。


 「洸太さんと出逢えて、私は幸せでしたよ。」


 あぁ、俺もだよ。君と出逢えってから本当に幸せだった。老々介護はしんどかったろうに。最期までそばにいてくれて本当にありがとう。


 家族に思いを馳せていたら脳裏にふわぁと何かが浮かんだ。


 あぁ、これが走馬灯というやつか。



 「パパぁー!!おかえりぃー!!!」

 

 「おかえりー。ご飯できてるからみんなで食べよう。」


 俺と妻と娘の3人での生活は常に笑いで溢れていた。

 

 妻とは高校が同じでアタックしては振られアタックしては振られの繰り返しだった。それでも諦めずにアタックし続けた俺、グッジョブ!

 

 思いやりがあって元気いっぱいの娘にも出逢えてこれ以上の幸福は果たしてあるのだろうかと感じるくらい幸せな毎日だった。


 「今日ね、学校でね!授業受けている時にね、すっっごい大きな虹が出たんだよ!!すっっごい綺麗だったんだよ!!」


 家族と過ごす時間ほど喜びを得る時はなかった。この時が死んでからも続いてほしいなと何度も何度も思った。



 「今月の営業成績トップは伊達くん!これで3ヶ月連続のトップ成績です!おめでとう!」


 職場でもそれなりに頼りにされてきた。新人の頃は上司に怒鳴られたり取引先から罵声を浴びることも多かったがそれを乗り越えて日々努力してきた。そのおかげあってたくさんの好成績を収めることができたのは俺の誇りだ。


 「伊達さん!さすがっすね!今度俺にも営業のテクニック教えてください!」


 「伊達くん、今夜時間あるかい?ちょっと呑みにいかないか??今日はパァー!とやろうや!」


 仕事でも家庭でも文句のひとつも思い浮かばないほど本当に恵まれていた。こうして自分の人生を振り返ると本当に俺は幸せだったんだと感じる。ありがたい。



 娘も結婚して、家を出て行き俺は定年退職。夫婦水入らずの日々。老後のスローライフは思ったよりも快適で心地のいいものだった。


 俺が病気で倒れて、寝たきりになってしまっても妻は嫌な顔ひとつもせず俺の介護をしてくれた。週に何回かヘルパーさんも来てくれたがそれでも妻の負担は大きかっただろう。


 飾りと化した俺の口ではろくに人と会話をすることもできず本当に一緒にいていいんだろうか、妻は本当に今幸せを感じてるのだろうかと悩んだ時もあった。


 娘も同じように感じたのか、妻に対して何度か俺の介護施設の入室をすすめていた。


「私はこの人と一緒にいたいから。」


 そう言って俺が施設に入ることはなかった。


 俺にはもったいなさすぎるくらい慈愛に溢れてる妻。こんな人と人生を共に歩めたのは俺の人生最大の成功だ。



 ドタドタドタドタ


 慌ただしい足音が聞こえてきた。どうやらかかりつけ医が来てくれたようだ。


 でも、時間は待ってくれない。どうやら旅立ちの時間がやってきたようだ。全身の感覚がなくなっていき、身体がどんどん冷たくなっていく。


 順風満帆な人生を過ごせてよかったよ。順風満帆すぎておいおい、できすぎてないか。と思う時も多々あったけど、それくらい人や環境に恵まれたんだ。


 職場の上司や同僚、後輩には感謝しかない。みんながいたから仕事も楽しくできたんだ。本当にありがとう。


 2人の夫、お父さんになれて嬉しかったよ。ありがとう。もし生まれ変わってもまた会えたらいいな。なんて。


 「洸太さん、ありがとう、、、。」

 「お父さん、大好きだよ、、、。」


 それを聞いて俺は次の世へと歩みを始めた。






♢♢♢♢♢♢♢


「これはあなたが最善の選択をした場合の人生です。」


 後ろの方から聞き慣れない声が聞こえてきた。

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