雪が降った日
月乃
雪が降った日
「お嬢様、今朝は雪が降りましたよ」
ベッドから出てこないお嬢様に、朝の様子をお伝えすることから私の1日は始まります。今朝は、最近ではとても珍しいことに雪が降っておりました。しかも明け方から始まったそれは一向に止む気配がなく、どんどんと積もっています。本日はお屋敷周りの雪かきに精を出さねばならなくなりそうです。
お嬢様へのご報告を終えた後は、キッチンで朝食を拵えます。こんなに寒い朝にはきっと温かいミルクティーが良いでしょう。お嬢様は、ミルクティーにはアッサムが一番よ、と口癖のように仰る方でございました。しかし瓶にはあとスプーン一杯分の茶葉しか残っておりません。もう、今朝で使い切ってしまうようでした。
「お嬢様、ミルクティーをお持ちいたしました」
お嬢様は朝にとても弱い方でした。今朝の寒さもあるでしょうか、まだベッドの中にいらっしゃいます。私は、傍のテーブルにそっとミルクティーを置くと、部屋を後にしました。
雪かき用のスコップを持ち、お屋敷の正面扉を開けた瞬間、勢いよく雪が吹き込んできました。思わず扉を閉めます。もう古くなってしまったこの建物が、こんな猛吹雪を耐えられるでしょうか。私は倉庫からガムテープを探し出すと、お嬢様の部屋へと急ぎます。
お嬢様はまだご無事のようでした。いつもなら綺麗な庭園の景色を映し出す額縁となっているはずの窓は、ガタガタと音を立てて、今にも割れてしまいそうでした。私は急いでガムテープを貼り付けます。
私がこのお屋敷に来てから、何回季節が回ったのか、もう定かではありません。私MR-003のメモリーは、ある程度古くなった記憶を削除することによって、軽量化されるように設計されていました。忘れてはならないとされたことだけを記憶に残したまま、過去は消えていきます。それは朝のご報告の時間、朝食のレシピ、──お嬢様を”守る”こと。
ガムテープ程度では数百年の老朽化には抗うことが出来ないようで、隙間から冷たい風と真っ白な雪が吹き込んできます。お嬢様を守らなくては。その一心で、私はベッドの上に覆いかぶさって、少しでもお嬢様に雪が掛からないように努めることにしました。
お嬢様が最後にベッドから起き上がったのはいつなのでしょうか。今の私にはもうわかりません。
「お嬢様、私は……」
私は、果たして、お嬢様をお守りすることが出来ていたのでしょうか。
雪は降り止むことはありませんでした。
雪が降った日 月乃 @tsuki__
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