第85回 ミーツ・ザ・ワールド その2

 続きです。


 由嘉里はアサヒと仲良く(?)なり、一緒に推しの焼肉擬人化漫画の舞台に行きます。そして、その際にライが死にたがっている原因と思われる、元彼の鵠沼藤治くげぬまとうじに会いに行こうとします。


 ところが、藤治は精神を患っており、会う事は出来ませんでした。


――「ライさんに、藤治さんの現在の様子について話すべきでしょうか?」

「やめた方がいいと思うぜ。ライ的にも、藤治的にも、話して欲しくないだろ」

「まあ、ですよね」

 ゆかりんと呼ばれ振り返ると、アサヒはスマホから私に視線を移し「ゆかりんにできることはもっと他にあるんじゃない?」と首をかしげるようにして言った。

「何ですか私にできることって。そんなぼんやりした言葉で慰められませんよ」

「一緒に美味しいもの食べたり、たまに一緒に『寂寥』に飲みに行ったりさ。ゆかりんと一緒に生活してるの、ライは楽しいと思うよ。じゃなかったら一緒に住まないよ」

「楽しいのは私です。救われているのも、報われているのも、全部私です。独り相撲です」

「必死になっている人は皆、自分が独り相撲取ってる気になっちゃうもんだよ。でもさ、土俵の上で皆で踊ったっていいじゃん。パラパラ、ヒップホップ、トランス、もっといえばファンクとかジャズとか、皆が別のジャンルの音楽で踊ったっていいし、土俵じゃなくて客席で踊っててもいいし、会場の外でも、世界のどこで踊っててもいいじゃん。ブラジルでライが踊ってる時、その胸にゆかりんのことが少しでも刻まれていれば、それはもう一緒に踊ってるも同然だよ」

 訳分かんないです。そう呟くと、アサヒは私の肩を抱き、私はアサヒの胸で泣いた。初めて人の腕の中で泣いた。温かくて、すごく他人の匂いがした。そうかだから人は人と愛し合いたいのか、と納得するところと、あまりに過剰な肉体的コミュニケーションに引くところと、両方あった。そんな戸惑いの中でののぞみは新横浜に滑り込み、私はライに泣いていたことを悟られないため無理やり泣きやんだ。――(ミーツ・ザ・ワールド P.171、P.172)


 『寂寥せきりょう』と読みます。由嘉里達のたまり場的飲み屋の名前です。アサヒとはかなりいい感じになってますね。


――「どうしたのあんた、大丈夫よアサヒは死なないから。絶対大丈夫よアサヒはライと違ってガンガン生きる奴だから、死んでも死なないわよ」

(中略)

「今日、いや、昨日かもしれないけど、ライさんが消えたんです。部屋の退去に立ち会ってくれ、あるものは全部処分してくれって書き置きとお金残して、ごめんもありがとうもさよならもなくあの家から消えたんです。それで、その四時間後にアサヒさんから刺されたってLINEがきたんです」――(ミーツ・ザ・ワールド P.180)


 由嘉里が大阪から戻ると、ライは行方不明になっていたのです。更にアサヒは太客の彼氏に刺されてしまいました。


――この人は、私を理解することは永遠にできないけれど、私に寄り添いたいのだ。父もそうだった。私のやりたいことを、理解できないままある程度の距離を取りながら応援してくれた。そのままでいいと、少ない言葉と優しい眼差まなざしで伝えてくれた。それがまだ同胞を見つける前の幼き日の私にとってどれだけ救いだっただろう。

(中略)

「いつでも戻っておいで。私はいつだって由嘉里と一緒にいたいって願ってる。ずっと会いたかった」

 ライへの気持ちを代弁したかのような母の言葉に驚き、私はまた泣いた。ライに会いたかった。懺悔ざんげしたかった。愛を伝えたかった。何も共有できなくても共感できなくても一緒にいたい、その色々そぎ落としたただ一つの自分の望みを伝えたかった。――(ミーツ・ザ・ワールド P.205~P.207)


 由嘉里は母親と上手くいっていませんでした。決して毒親ではなく愛情たっぷりの母親ですが、由嘉里にはそれが負担でした。由嘉里はそれを自分とライとの関係に見い出すのでした。


――「出ていった時からもうずっと既読つかないんですよ」

「そっか」

「だからインスタとTwitterに載せます。ここからの景色を、毎朝由嘉里って名前で載せ続けるんです」

「それセキュリティ的にヤバくない?」

「私に執着する人間がこの世に存在するわけないじゃないですか」

(中略)

「拡散してライに届けたいんだろ? 遠慮すんなって」

「いやいや、拡散しなくていいんです。いつかライさんが私の名前で検索してみようかなって思った時に、もしヒットして目に入ったらいいなあっていう、ここからの景色を懐かしく眺めてくれたらいいなあっていう、そういうそこにあるだけの灯台のような慎ましいアカウントなんです」

(中略)

「ライがこのアカウント見つけたら、ちょっと、クスってくらい笑うんじゃねえかな」

「笑ってくれたらいいな」

 鼻で笑うような、口を歪ませたライの笑みが脳裏に蘇って閉口する。そうじゃなくてもいい、もうどこにもいなくて、ライがすでにこの世から消えてても、この私の手からデータが発信されること自体が祈りで、その祈りはライのためでも私のためでもなく何者のためでもない、この世に存在する全ての分かり合えないもの同士の関係への祈りなんだ、と頭の中で続ける。毎朝、私の起床と共に発信されていく画像は、分かり合えない人を愛してしまった全ての人、分かり合えない人に愛されてしまった全ての人、そして彼らの関係性に抱く愛しさの具現化だ。――(ミーツ・ザ・ワールド P.233~P.235)


 結局ライがどうなったかは謎のままですが、どうやら由嘉里は自分らしく生きていく事が出来るようになったみたいで、ひとまずハッピーエンドと言えるのではないでしょうか。


◇◇◇◇◇◇



 読んでいただきありがとうございました。


 もし、なる程と感じる所がありましたら、ぜひ★評価や♡評価とフォローをお願いします。


 よろしければ、私の代表作「妻の代わりに僕が赤ちゃん産みますっっ!! ~妊娠中の妻と旦那の体が入れ替わってしまったら?  例え命を落としても、この人の子を産みたい」もお読みいただけると嬉しいです。

https://kakuyomu.jp/works/16816927860596649713



 次の第86回は「あなたの愛人の名前は」の秘密に迫ります。お楽しみに。

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