第73回 アキハバラ@DEEP その1

「アキハバラ@DEEP」は、石田衣良の小説です。アカネマコト著で漫画化、俳優の風間俊介の主演でテレビドラマ化、元俳優の成宮寛貴ひろきの主演で映画化されています。


 風間俊介と言えば、多くの主演や重要な脇役を務める人気俳優です。今期の「ノンレムの窓『私達の恋』」でも主演しています。


 成宮寛貴。好きな俳優でしたが、残念ながら引退してしまいました。3代目相棒役が今でも鮮明に記憶に残っています。


 6人のアキバオタクの若者達が開発した、AI人工知能による検索エンジン「クルーク」。これを狙うデジキャピことデジタルキャピタルという大資本から奪われ、6人が力を合わせてクルークを奪還するというストーリー。


—―「ユイさん、起きてるかな」

 ページはうなずいた。そのホームページは人生相談専門サイトで、ひとりで運営しているはずなのに、ほぼ二十四時間開いていた。メールでのやりとりよりも、リアルタイムのチャットで対応してくれるほうが圧倒的に多かった。カウント数を競うつもりはないらしく、どこにもリンクを張らずに、口コミだけでごく少数の真剣な相談者を集めている。三人が出会うきっかけも、そのホームページだった。—―(アキハバラ@DEEP 文庫版 P.26)


 ユイは、カウンセリングサイト「ユイのライフガード」の管理人です。6人の主要人物達が知り合うきっかけとなり、心のささえとなった重要人物です。


 主役のページは、吃音きつおんのため人付き合いが苦手だが、百科事典並の知識を持っています。


 ボックスは潔癖症かつ女性恐怖症で、グラフィックを担当しています。


 タイコは原因不明の発作を起こす持病を持ち、サウンド担当です。


 アキラは6人の会社である「アキハバラDEEP」のサイトのネットアイドルで、メイド喫茶「あかねちん」の従業員です。


 イズムは世界的に有名なハッカーで、クルークの原点である自動応答システムを作りました。


 ダルマは元引きこもりで、対外交渉担当です。


—―パソコンの周囲には六人が集まっていた。イズムは残念そうにいう。

「このチャットの相手はユイさんじゃありません。ぼくがつくったプログラムです」

 叫ぶようにボックスがいった。

「どういうことだ」

「ユイさん本人が相手をできないときのために、バックアップ用のAIもどきをぼくたちは作ったんです。想定問答集のうんと複雑なやつで、そいつをランさせていろいろな相談を対応させる予定でした。ユイさんは何千というこたえを書いていました。だけど、こいつはただのプログラムだから、冗談やまったく意味のない質問には上手に相手ができません。ジョークで笑ったり、ジョークにジョークを返すなんてできないんです」—―(アキハバラ@DEEP 文庫版 P.71)


 この日、6人ははじめてユイと顔合わせをするはずでした。ところがユイはこの日に命を落としてしまいます。


—―「このプログラムは最後のメッセージを送信すると、自動的に終了するようになっていました。ユイさんはぼくたちのつくったAIがハードディスクのなかに永遠に閉じこめられるのはかわいそうだといっていました。それで、すべてが終わったらネットの中に解き放してやるようになっていたんです。AIは、いやユイさんはいってしまいました」

 除夜の鐘はまだ続いていた。窓の外では誰かが爆竹を鳴らしている。酔っ払った声がハッピーニューイヤーと叫んでいた。新年はこうして始まった。わたしの最初の仲間がネットの海に泳ぎだした記念すべき瞬間とともに。—―(アキハバラ@DEEP 文庫版 P.99、P.100)


 ユイの告別式に行った6人は、ユイの親からひどい対応を受けます。どんなに悲しかった事でしょうか。


—―「あたしがリングに立つなんて、予想外だった?」

 ページは顔を赤くしていた。

「う、う、うん。そ、それにこの店。ぜ、ぜ、ぜんぜん普段のアキラと、つ、つ、つながらない、ない、い、い」

「そうかもね。でも女はみんなオフィスとは別な顔をもってるもんだよ。あたしは控え室にいってウォームアップするから、今夜はゆっくり楽しんでいって。取っておきの席を予約しておいたからさ」

 アキラはコートを羽織ると、素早いステップで混雑が始まった店内に消えていった。タイコはうしろ姿まで撮り終えると、ビデオカメラをとめた。

「アイドルサイト、ほんとにいけるかも」

 アキラが近くにいたせいで硬くしていた身体をほぐしながら、ボックスがうなずいた。

「ああ、そうだな。あいつはきれいなだけじゃなく、自分のなかに発電機みたいなエネルギー源をもってる。人を集める力があるかもな」—―(アキハバラ@DEEP 文庫版 P.106、P.107)


 アキラはただのメイド喫茶の従業員ではありませんでした。ボクシングをやっており、とても強い武闘派少女だったのです。


—―[結論はこうだ。ただひとつの正しい文章の形なんて、この世界には存在しない。世界の状況は刻々と変化している。固定された文章ではいくら正しく美しくても、世界が変わったときに新しい世界について語ることができない。言葉はもともと世界を再現するためのシュミレーターだった。だから、世界が変わったら言葉が変わるのは自然なことなんだ]

(中略)

[しかし、ただひとつの正しい文章は存在しなくても、いい文章とそうでない文章を見分ける方法があるはずだと僕は考えた。参考になったのは大脳生理学と心理学のテキストだ。要するに言葉を固定されたものと考えることが間違いだったんだ。目のまえに印刷された活字が厳然と存在するから、みんなが勘違いするのは仕方ないけれど]

(中略)

[言葉を紙に固定されたものではなく、もう一段まえの状態から考えなおすんだ。言葉の謎を解く鍵は、言葉が生まれる場所にあった。そこでは言葉という存在は、人間の意識がただの表音記号で固定されたものへと還元される。意識というのはほんの数秒から数十秒しか続かない心の動きなんだ。集中力なんて簡単にいうけど、高度な集中力はほんの一瞬しか続かない。そこでぼくは、いい文章とはその人の心の動きをなるべくいきいきと再現した文章なのではないか、と単純に考えるようになった。ぼくたちの意識には実にさまざまな働きがある]

(中略)

[ぼくたちの意識は、なにか主題を選び、立ちどまり、連想する。のろのろと動くかと思えば、稲妻のように正反対に跳躍し、遥か先方を予想する。同じところをぐるぐるまわり、深く潜ったり、その場に縛られて円を描くだけだったりする。ためらいやだらしなさ、それにあるとき突然やってくる発見や至福のとき。立派でも正しくなくても、美しくなくてもいい。心のおもてを流れる電磁パルスのような生のきらめきを表現すること。心の弾みをいきいきと紙のうえに映すこと。ぼくにとって素晴らしい文章を計る基準は、そこにおかれることになった]

(中略)

「ページさんのアイデアはとてもシンプルでエレガントです。インデックス型のサーチエンジンのプログラムに、人の心の動きを学習させればいい。そうすればただサイトから関連情報をリストアップするだけでなく、プログラムはより深い問いや思いがけない発見さえ見つけだしてくるかもしれない。操作だって直感的におこなえるし、複数のAIを組みあわせることで、サーチエンジンに人格に似たものさえ与えることができる可能性もある。まだわかりませんが、今この部屋で起きていることは、インターネットの歴史を変えてしまうような重要な発見かもしれないんですよ」

(中略)

[ユイさんをモデルにしたAIはすごい出来だった。ほとんどぼくたちと自在におしゃべりできたしね。あれなら古典的なチューリングテストなんて簡単にパスするだろう。あのAIに性格づけをして、ネットの海に放せばきっとすごいサーチエンジンができる。今イズムくんの話を聞いていて、急にひらめいたんだ]—―(アキハバラ@DEEP 文庫版 P.164、P.167)


 かぎかっこは、吃音のページが文字入力で会話している事を示しています。前半のヤマ場です。検索エンジン「クルーク」を開発した時のミーティングです。


◇◇◇◇◇◇



 読んでいただきありがとうございました。



 次の第74回も引き続き「アキハバラ@DEEP」の秘密に迫ります。お楽しみに。

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