第27回 努力しないで作家になる方法
この作品はドラマ化や映画化・漫画化はされていません。でも、私たち小説を書く人達の誰もが多くの学びを得る事の出来る小説です。どんな小説に影響を受けて来たかとか、様々な漫画や映画も取り上げています。
タイトルからするとハウツー本に見えますが違います。推理作家の鯨統一郎の書いた小説です。
そして、「努力しないで」というタイトルは、読み進めていくうちに「これってタイトルに偽りあり」なんじゃないかと思うようになりました。
これと似た感想を持ったのが「人のセックスを笑うな」です。でもこれは誤解でした。終盤でこんなにあったタイトルはないと思いなおしたのです。
今回も似た経験をしました。最後まで読んで、ピッタリのタイトルだと思いました。
どういう事かと言いますと、作者の鯨統一郎であると思わせる主人公、伊留香総一郎は並外れた努力家で、これでもかという程の血のにじむような努力を重ねていくのです。であるにもかかわらず、17年もの間新人賞に落ち続けます。
それで、「タイトルに偽りあり」と思ったのです。
それなのになぜ、ピッタリあったタイトルなのでしょうか。
それは、総一郎が小説を書く事が好きすぎて、自分自身では「努力」だとは思わなかったであろう事がだんだん分かってきたからです。
彼にとっては、普通の人が努力とか、苦労だと思う事が楽しくて仕方がなかったのです。
それと泣かせるのが奥さん。何度も総一郎にあきらめるように言うものの、最終的には彼を応援します。何とヘソクリをはたいてワープロを買うお金に当てたり。
あと編集者との出会いも素晴らしい。総一郎の小説が面白いから、絶対に埋もれさせたくない、その一心で自分の首を賭けてまで偉い人達を説得しました。そのおかげで出版にこぎつけたのです。
人は必要な時に必要な人に引き寄せられると言います。私はこういう迷信を本気で信じています。
小説を書く上で特に参考になった事をいくつか引用します。
——僕はこの”書き終える”ということが大事だと思っている。どんな偉大なアイデアも、書き終わらなければ宝の持ち腐れとなる。だからどんなに執筆が難航しても、いったん書き始めたものは、最後まで書ききることにしている。
たしかに書き進めるのは、まして書き終えるのは相当のエネルギーがいる作業だ。傑作を書くつもりが、途中で駄作だということがなんとなく想像できてしまうこともある。でもそれは書き終えてみないと判らないのだ。書き終えて、それでも駄作だと感じたら、書き直せばいいだけの話だ。——(努力しないで作家になる方法 文庫版 P.55)
私も途中で挫折した事は何度もあります。私の場合は途中で駄作と感じるというよりも、当初は10万字くらいになると考えていたテーマや設定が、半分の5万字にも満たないボリュームだったという失敗ですね。
それでコラムの方で「長編小説の仕上げ方」を書こうと思ったのです。
アイデアノートの工夫も脱帽ものです。
——(そうだ、ノートをつけ直そう)
今まで、思いついたアイデアを、思いついた順番にただノートに書きつけていただけだった。だけど良く考えてみると、その内容はバラバラだ。ストーリーに関するアイデアもあるし、単におもしろい登場人物の名前を思いついたようなときもある。さらに今回のように、小説作法に類するような思いつきをメモしたときもある。それらがただ順番に羅列されているだけなのだ。
(分類しよう)
ストーリーのアイデア、それも長編用、短編用。登場人物の名前。小説作法……。それらが分類されていれば、必要なとき、探し出すのに便利なはずだ。
(そのためには、ファイルノートが必要だ)
ファイルノートなら、分類されたアイデアを、継ぎたしてゆくときに便利だ。——(努力しないで作家になる方法 文庫版 P.154)
総一郎のデビューのきっかけとなる話は鳥肌が立ちます。
——それで、同じような歴史の謎を扱った話はいくつか書いているんですか?
——いえ。
デジャブが起きた。一年前、戸川さんに訊かれて”いいえ”と答えて、デビューを逃した記憶……。
——そうですか。
電話の向こうの女性は残念そうな声を出した。
―—書きます。
—―え?
—―書いていないんですけど、これから書きます!
叫んでいた。このチャンスを逃してはいけない。脳が一瞬のうちに命令を下して、気がついたら口から言葉が出ていた。
電話の向こうで、女性が少し笑ったような気がした。
—―じゃあ、書けたら見せてください。
—―はい。—―(努力しないで作家になる方法 文庫版 P.154)
この決断が、後に総一郎を作家デビューへと導く事になります。
チャンスの神様には「前髪」しかないと言います。通り過ぎてからではつかむことは出来ないのです。
そして、彼のデビュー作は長編ではなく、短編をいくつか集めた作品でした。
こういうデビューの方法もあるのです。「たかが短編」と馬鹿にしていたら本当にバチが当たりますね。
ラストシーンは号泣ものです。
—―この先、どうなるのかまったく判らない。小舟を転覆させるような強い風が吹きつけるかもしれない。でも大丈夫。僕には自信がある。何があっても諦めない。今まで、十七年も諦めずにがんばれたのだから。
僕は涙に濡れた目でもう一度、平積みされている自分のデビュー作を見つめた。
小さなその本が、未来への扉のように見えた。—―(努力しないで作家になる方法 文庫版 P.318)
とまあ、こんな感じである意味実写化、漫画化された作品以上に学びがあります。ぜひお読みいただきたい一冊です。
◇◇◇◇◇◇
読んでいただきありがとうございました。
もし、なる程と感じる所がありましたら、ぜひ★評価や♡評価とフォローをお願いします。
よろしければ、私の代表作「妻の代わりに僕が赤ちゃん産みますっっ!! ~妊娠中の妻と旦那の体が入れ替わってしまったら? 例え命を落としても、この人の子を産みたい」もお読みいただけると嬉しいです。
https://kakuyomu.jp/works/16816927860596649713
次の第28回は「娼年」の秘密に迫ります。お楽しみに。
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