1月13日 指輪
部屋の片隅に指輪が落ちていることに気がついた。拾い上げて見てみると綺麗なダイヤモンドがあしらわれている。これほど高価なものを自分で買うはずもないので正直驚いた。
さらに不思議なことが起こったのはその翌朝のことだ。今度は高級ブランドのカバンがソファーの上に転がっていたのだった。手に取って見てみると使い込んだ感じが全くないことからおそらく新品と思われる。普段、安物の衣服しか購入しない私にとってブランドもののカバンはあまりに不釣り合いな気がした。
そしてさらにその翌日のこと。今度はリビングの床に何やら服が置いてあることに気がついた。拾い上げて見てみると、それはワンピースだった。しかもモデルが着ているようなおしゃれな薄ピンク色の、相当に値段のはりそうなものだった。試し着用して昨日のブランドもののカバンと合わせてみる。近くにあった鏡で姿を見ると、普段の庶民的な雰囲気は一切なくなり、自分がまるでセレブのように見えた。
それからというもの、朝起きると素敵なものが自然と湧き続けた。ある時はおしゃれなコートが、またある時は高級食器やお高めの化粧品、最新の家電、高級食材を使った料理までも現れた。
ある日のことだ。家の外を出たところで突如話しかけられる。
「すみません。私、テレビ局のものでして少しの時間、インタビューにご協力いただいてもかまいませんか?」
「インタビューですか? ええ、構いませんよ」
一般庶民の私なんかを取材しても何も意味はなさないとは思ったが、別にこれから特に何か重要な予定があるわけでもない。気分転換に散歩に行こう思って外に出ただけだった。
「このゴミ屋敷についてあなたはどうお考えですか?」
インタビュアーの視線の先は私の住む家に向けられていた。
「私の家をゴミ屋敷呼ばわりするなんて!」
私はインタビュアーの引き留める声を無視して家の中へと戻った。ゴミ屋敷とは酷すぎる。他の家よりも物は少し多い程度で、私の大切なものを家に置いているだけだ。なぜ他人にとやかく言われなくてはならないのだろう。苛立ちのあまり両手をぎゅっと握りしめた。
左手を見た際にきらりと光るものがあることにふと気がついた。手を開いてよく見てみるとそれはダイヤモンドの指輪だった。数日前に見つけた指輪と似ている。
「確かこの辺に……」
部屋の隅の方を探してみる。すると案の定、依然見つけた指輪を見つけることができた。左手薬指にはめていたものを外して比べてみる。ダイヤモンドの大きさもリングの形状も全く同じだった。
「あっ」
私はこれまで忘れていた重要なことを思い出した。これは結婚指輪だ。もちろん私と夫との。
夫は不慮の事故でなくなった。思い出すと悲しみがあふれてくるから、彼のことを忘れようとしていたのだった。だから夫が残した生命保険のお金を使って高価な買い物をして忘れようとした。夫との思い出の品を見なくてすむように新たなものを買うことで覆い隠した。それゆえに私の部屋はものであふれかっている。
涙があふれて視界を遮る。皮肉にも指輪を直視しなくてすんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます