小説カレンダー ~日めくりの物語~
西表山猫
1月1日 あめがふってきた
「おそらから、あめがふってきたらいいのになあ」
五歳になったばかりの妹がそう言った。飴玉をなめながら話しているあたり、おそらく降ってきてほしいと思っているのは雨ではなく飴のことだと察しがついた。
「どうしてそう思うの?」
私が訊ねると妹は満面の笑みを浮かべながら答える。
「たのしいから!」
「確かに飴玉が空から降ってきたりしたらみんな大騒ぎだろうね」
この時、私は妹の考えに少々共感をしながらも、たいして気にも留めることはなかった。
それから数か月が過ぎた頃、妹が病気にかかった。それも何万人に一人しか発症しない病で、治療法も未だ確立されていない難病だという。長く生きられてあと数年らしい。一時は入院していたが、現在では自宅療養となり妹は暇そうに毎日を過ごしていた。
少しでも残りの時間を楽しく過ごしてほしいと思った私は、何か自分にできることはないかと考えた。すると以前の妹の発言を思い出し、こう考えた。
そうだ。飴を降らせよう、と。
飴が降っている光景を目の当たりにしたら妹はさぞかし喜ぶことだ。そう考えた私はすぐさま兄と相談して自分の計画を伝えた。まず飴を大量に購入する。そして買った飴をベランダから落とす。そうすれば一階で療養している妹が、飴の降っている様子を見ることができるというものだ。
「おもしろそうじゃないか。よし、今日やろう」
「え、今日?」
何も今日計画を実行しようとはさすがの私も考えてはいなかった。兄はせっかちで、やるとなったらすぐ行動に移してしまう性格だ。私がつべこべ言っている間に兄は買い物へ行く準備が整っていた。
「行くぞ。お前も来るよな」
「うん、行く」
スーパーマーケットへ到着すると、お菓子売り場へと足を運んだ。どの味が妹の好みだろうか、とのんきに考えながら陳列されている飴を眺めていたところ、兄は次々と飴をカゴに入れているではないか。
「そんなに買うの?」
「だって飴を降らせるんだろ? せっかくやるなら軽く庭を埋め尽くすくらいじゃないとな」
見てみればカゴがいっぱいになるくらい大量の飴が入れられていた。さらに二つ目のカゴを持ってくるように言われ、戻ってくるとどっさりと飴の入った袋をこれでもかというくらいに詰め込んだ。
レジで並んでいる時に兄は自分が全部払うよと言ってきかなかった。合計金額が表示されると、兄はすぐさま紙幣を出し、トレーへと置く。私はしれっと端数の数円分をその上に置いた。
家に帰ると計画について二人で練った。まず兄が飴を降らせる準備し、整ったらリコーダーを吹いて合図をする。そして一階にいる私が窓へと妹の注意を引き付けるように行動する。いくら飴を大量に買ったといっても一分持てばいいところだろう。その瞬間に外を見ることができなければ計画は失敗となってしまう。飴は元入っていた袋から出しておき、傾けるだけでスムーズに投下できるように段ボール箱へと移した。これで準備万端。
妹と雑談をしながらその時を待っていると、リコーダーの音が聞こえた。計画通りに窓へと注意を向けさせる。
「見て見て、庭の木に珍しい鳥がとまってる」
「どこお?」
妹が窓の方へと視線を向けたところでタイミングよく飴が降ってきた。
「え」
私はその光景にすっかり目を奪われてしまった。
色とりどりの飴が空から降り――
庭の芝生へと当たって飴玉がほんの少しだけはねる。
この世の自然現象では絶対にありえない光景だ。この目に焼き付けるように見入ってしまった。
「おねえちゃん、みてみて。あめがふってるよ!」
大きな声ではしゃぐのを聞いてからようやく私は視線を妹へと移した。
幸せそうな表情を見て私も自然と笑みがこぼれる。
私はひしひしと思う。
本当に妹が言っていた通りだと。
空から飴が降ってきたら「たのしい」。それは間違いのないことだ。
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