NASAと魔法少女
@fukamiren
NASAと魔法少女
「地上管制、緊急事態だっ! 落下地点が大きくずれた。アリゾナ区の砂漠地帯に落ちる」
クリスが無線に向かって大声で叫んだ。落下していく帰還船は国際宇宙ステーションからやってきたアメリカの帰還船だった。軌道上から落下していくときの帰還船、帰還船と言っても、昔使っていたシャトルではない、ドイツから物資を運んできた「アーマナイト」に付属していた帰還船で自由落下以外に飛行能力はない。帰還船がステーションから離れる瞬間にステーションの間をすり抜けて突入してきたデブリに激突した、デブリは帰還船の後方に激突し、船は回転したまま地球に落ちていく、ステーションの中からコマンダーが脱出せよ、と叫んでいたがその時にはすでに大気圏に突入していた。
「地上まであと七分四十秒、パラシュート射出ができない、地面に激突するっ!」
クリスが目の前のモニターを凝視しながらマイクを持ってそう叫んでいたその時、彼の背面が明るく光りコンソールの前に彼の影がくっきり浮かんだ。
「きゃあああああ!」
聞き慣れない叫び声が帰還船の中に響いた。彼の背後からだった。しかし彼は目の前のモニターから目をはなすことができないでいた。
「ぎゃああぁぁぁああぁぁ、なにこれぇぇえ」
「クリスっ! う、後ろに……」
アイドロフが後ろを振り返り、仰け反るようにクリスに言った。
「少女が……ア、アジア人に見える少女が……」
クリスが振り返ると、そこには青い制服のような姿の髪の長い少女がその髪を宙に振り乱しながら帰還船の天井に張り付いていた。
「き、君は誰だ?」
「わ、わたし、か、海恋小夏ぅぅぅぅ!」
コナツ・カイレンと名乗った少女は天井に張り付いたまま恐怖の表情を浮かべていた。
「わ、悪いが、この帰還船はあと六分足らずで地上に激突する、君は……いや我々は全員死ぬ。アンドロフ、地上は……」
「や、やはりアリゾナの砂漠地帯の真ん中です、民家や建物はありません」
クリスは目の前の小さなモニターを見ながら少しだけ安心したようにうなずいた。
「死ぬのは宇宙飛行士だけだ、しかし君は……」
少女は天井に張り付いたままだ。顔がゆがんで涙がこぼれ落ちている。
「アンドロフ、緊急用のパラシュートは……」
「コマンダー、コンソールの下です。しかしあのパラシュートは」
「訓練用のパラシュートだ、まともに開くかどうかわからない、しかしこの少女を……」
「ま、待ってぎゅあぁぁぁぁぁあああ!」
クリスは上を漂う少女の方角にパラシュートを投げる。
「早くリュックを背負いなさい」
「リュ、リュックってこれパラシューうあぁぁぁぁ?」
「そうだ、今から天井を開ける、君はそこから外に出るんだ!」
「そ、外って空中じゃなぁぁぁあああぁぁあい!」
「だからパラシュートを渡してるんだ。いいかい、君はそのパラシュートで地上に降りる、多少怪我をするかもしれないが、ここで我々と死ぬよりもずいぶんましな結末だ、さあ外に出て」
アンドロフがコンソールの赤いボタンを押した。帰還船の天井が吹き飛ぶ、強烈な風が巻き怒り、帰還船の中はめちゃくちゃになる。
「さあ、はやく」
「だぁあぁぁあめぇぇぇえ!」
その瞬間、帰還船の落下速度が少し落ちた。天井からの空気が速度を変えているのかもしれなかったが、クリス達にはわからなかった。しかしクリスとアンドロフの間に、少女がたっていた。少女は顔に鼻水を垂らして涙を流していたが、しっかり帰還船の床に脚をたてていた。
「は、早く外に……」
「だ、だいじょうぶ、だいじょうぶだから」
少女はコンソールの青いボタンに指を置く、しかし落下速度が彼女の手を上に持ち上げる。
「私の手を押さえててっ!」
クリスが、アンドロフが二人で彼女の手首を持ち、コンソールに押しつける。彼女の指が青いボタンにふれる。
「墜落まで後何秒っ?」
「あ、後七十秒だ」
少女の指は青いボタンから動かない。
「カウントダウンしてっ!!」
「五十九、五十八、五十七……」
アンドロフの震える声が響く。
「四十五、四十四、四十三……」
落下の速度はさらに増す。クリスは少女の指を凝視していた。
(この少女は何をする気だ、その青いボタンは落下時の速度を弱める推進器の発射装置のボタンだ、しかしそれもパラシュートが付いていないとどのみち帰還船はぺちゃんこだ、しかし……)
クリスは少女の指を押しのけ、自分の指を青いボタンの上に置いた。
「私が押す、君はタイミングを言ってくれ」
少女の涙目がクリスを見つめて頷いた。
「三十五、三十四、三十三、三十二、三十一、三十……」
「点火っ! 点火よ」
クリスが青いボタンを押した、その瞬間一瞬だが帰還船の速度が弱まり、彼女を帰還船の床に押しつけた。
「うぎゅわぁああぁぁ!!」
彼女の雄叫びが響いた瞬間、白い光が帰還船の中に輝きだした。
「な、なんだ?」
次の瞬間、帰還船をつつむ白い光ごと、地面にたたきつけられた。大きくバウンドする帰還船の中で、少女は再び天井にたたきつけられ、そのとたんに大量のゲロを振りまいた。
「げぐげぇぇぇにゃあぁぁぁあ!」
叫ぶ少女の声、クリスとアンドロフはシートに固定されていて頭だけがぐるぐると回っていた。回転する帰還船。
ゴインと激しい音と振動が響き、その瞬間、帰還船は完全に停止した。天井から少女のはいたゲロがぽたぽたと落ちてきていた。
「ア、アンドロフ、現状の体勢は?」
「き、帰還船正常です。ここは地上、アリゾナの真ん中です」
船外モニターには土煙とアリゾナの真っ赤な大地が写っていた。
「き、帰還成功ってことか?」
「そ、そうです、帰還成功です」
クリスはシートの上から、横たわるゲロまみれの少女を見つめた。この少女はどこからやってきたのだ? 突然墜落中の帰還船の内部に進入し、泣き叫びながらも逆噴射のボタンを押そうとした。しかしあの逆噴射で帰還船が無事だったなんてことはあり得ない。その後のあの白い光はなんだったんだ。まるで女神のヴェールの様なあの輝き、あれにつつまれたとき私が感じたのはまさに女神に抱かれているような感覚だった。
あの白い光がこの帰還船を地面との激突から守ったのか?
クリスはシートの安全ベルトをはずし、震える両腿に力を入れて立ち上がり、横たわる少女を抱き抱えた、少女は涙と鼻水を垂らしたまま気を失っていた。アンドロフが一足先に帰還船の外に出た、そしてクリスのかかえる少女を受け取り、帰還船の影に寝かせた。
「我々は何故死ななかったんですか? 大気圏を突入して、パラシュートも無しで普通なら地面に激突して粉々になってなきゃおかしいのに……」
「わからん、私にもわからんが……たぶんこの少女が我々の命を救ってくれたんだろう」
「この少女が?」
「そうとしか考えられん」
クリスは横たわる少女を見た。まだあどけない面影の残る少女の顔はまるで赤ん坊の様に見えた。クリスは船外活動用の除菌タオルのパックを開け少女の顔をふいてやった。自分の娘より若く見える少女は、かすかに瞼を動かした。
「おい、だいじょうぶかい?」
少女はクリスの顔をみるなり、また叫び出す。
「だ、大丈夫だよ、ここは地球だ」
少女は叫ぶ、英語じゃなかった。
「君、英語は?」
少女は少し考えて、首を振った。
地平線の向こうから軍のヘリの爆音が響いてきた。
*
「君はどうやって帰還船に潜り込んだんだ?」
海恋小夏はアリゾナの空軍基地の中で日本語を話せる通訳と米軍大佐に尋問を受けていた。帰還船の中では英語が話せていたのに、地上に降りたとたん全く英語は理解できないでいた。
「わ、わたしは気が付いたらあの中にいたの……」
「高度三万メートル上空でどうやって帰還船に入り込んだんだ?」
「だ、だから、わたしも知らないうちにあそこにいたの……いつもだから……知らないうちなのは……」
小夏の瞳からは、尋問が始まってからずっと涙が流れていた、大佐も目の前の涙を流して答える少女にこれ以上尋問を続けるのは難しいと思っていた。
「この映像を見ろ、帰還船が墜落していくときの映像だ」
ノイズのひどいその映像には三角錐の帰還船が写っていた、墜落直前、帰還船は逆噴射の推進装置を使い、少しだけ落下速度を落とし回転する。その瞬間に画面は真っ白になる。
「落下の直前、画面が白く光り何も見えなくなったのは何故だ? それより少し前に帰還船の天井画はずれて何かが一瞬外に出ようとしている影が確認できる、あれはなんだ?」
「だ、だからあれはたぶん私の背中で、彼らが私を外に出そうとしたの……」
「はずれた天井部からは強烈な引き込みの風が吹いていたはずだ、何故君は外にはじき出されなかった?」
「だ、だから、その時私はあの帰還船のシートにしがみついていたから」
「君はいくつだ?」
「……十三歳」
「私は昔ベトナムで戦ったことがある、私の乗っていた爆撃機は高度千メートルで、地上からの砲撃を受け、扉が吹き飛んだ、ものすごい強風だった、座って地図を見ていたベイリーが一瞬の間にドアの外に投げ出された」
小夏は大佐の顔をうつむいた瞳で見た。
「私は操縦士だった。私の座っていた座席のボルトが弾け飛び、私は操縦席ごと扉の方へ投げ出された、助かったのは一瞬先に同じように投げ出された爆撃機の後部射撃室の扉が、運良く開いた扉を埋めるようにそこに張り付いたからだ。運が良かっただけだ、君の握力はどのくらいある?」
そう言って大佐は自分の右手を差し出した。小夏は大佐の手を握った。
「もっと強く、その時シートを掴んだ力で」
小夏は力を込めて大佐の右手を握る、しかし大佐は少し笑ってこう答えた。
「そんな力じゃ帰還船の外に一瞬で放り出されて一巻の終わりだ」
「わ、わたしパラシュートを背負っていたから……」
「ああ、あの訓練用のパラシュートか、あれはちゃんとしたパラシュートだった、高度千五百メートのからの落下にしては少し小さいパラシュートだった、しかし、あれで外に出ていたら君はぶじに地上に着いていた」
「でもこの少女があれで脱出していたら、宇宙飛行士は助からなかった」
通訳の女性の兵士がそう大佐に言った。
「そうだ、君は何故脱出しなかった? まるで帰還船が無事に着地できるのを知っていたように……知っていたのか?」
「わ、わたしは何も知りません……ほうんとうですぅぅぅぅ」
小夏は机に顔を伏せ泣き出した。大佐はその姿を見てため息を付いた。通訳の兵士は少し笑っていた。
尋問室の電話が鳴った。通訳の兵士が電話をとる
「大佐、少女の身元引受人と名乗る少女が面会を求めているようです」
「身元引受人?」
「ええ、ミナコ・ハシモトと名乗る少女が……あなた知っている? ミナコ・ハシモトって女の子」
小夏が机から顔を上げ、安心した笑顔で答えた
「ミナコちゃん……きてくれたんだ……あのあいたいです……」
「君の友達か?」
小夏は大きく頷いた。
「少女のことは外部に漏れているのか?」
「いえ、この少女のことはいっさいの機密でまだ外部には発表されていません」
「ではそのミナコ・ハシモトはどうやってここを知ったんだ!」
大佐は少女を睨んだ。
「やはり貴様は敵国のスパイ……」
大佐の振り上げた腕が少女に当たる寸前にときがとまったように動かなくなった。
「おい、小夏お前何やってんだよ!」
「ミ、ミナコちゃ~~んうぇぇえええええ!」
ショートの髪の毛を金髪に染めているミナコが、小夏を抱きしめた。
「何やったんだ?」
「き、帰還船を救ったってうぇぇぇえぇぇ」
「帰還船? どこからの?」
「うぇぇえぇぇぇわかんないうえぇぇぇ」
「まったく、お前は……さてみなさんご苦労さんでした、今からみなさんの記憶を消しま~す」
大佐は動かない頭の中の眼だけをミナコに向けた。
「き、きお……く」
「そうでぇぇす、あなたの記憶は帰還船が落ちてくる前の状態になりますぅぅ、あ、そこの通訳さんの記憶も同じく」
「ミ、ミナコちゃん……記憶は別に消さなくても……」
「バカ、小夏、俺たち後方魔法部隊の活躍の場をなくす気か」
「後方って……」
「仕方ねえじゃん、お前が危機に陥った場所にしか移動できないのと同じで、俺たちはお前達最前線の魔法少女の起こした事実を消すことしか出来ねえんだからあっ、もうちょっと待ってね皆さん、俺たち後方支援の魔法少女がすぐに記憶を消してあげるから」
「バ、バカな……ここは米軍の、ライトパターソン、く、空軍基地だ……貴様等みたいなガキどもになにが……」
「はいはい、おじさん黙っててね、いいか小夏コイツらの記憶を消してお前がやった魔法の証拠を消さないと……」
「うん……わかってるよ……記憶と証拠を消さないと私たちが消されちゃうってことは……」
「お前達……ここから逃げきれるとでも……思って……」
大佐は拳を握りしめたまま、怒りに震えていた。同じように固まっていた通訳の女性兵士が何とか机の下の緊急通報ボタンを押した。その瞬間部屋の中が赤く光り強烈なサイレン音が響いてきた。
「あちゃ~~っ! ヤバイですよヤバイですよ」
ミナコちゃんが、半笑いのままふざけてそう言った。
「ミ、ミナコちゃん、はやく行こう……」
ミナコは小夏を抱えたまま、部屋の扉を大きく開けた。部屋の向こうから米兵が走ってくる、皆手に銃を持っている。
「はい、魔法少女のおかえりですぅ、皆さん道あけて」
米兵が手に持った銃をミナコに向けて撃つ。ミナコの心臓十センチ手前で弾丸が止まり床に落ちる。
「ぐうわああああ! いいねえこの感じ! なあ小夏!」
「ミ、ミナコちゃん、わたし、こわいぃぃ」
右手方向に現れた兵士団が二人に止まるよう大声で叫んでいる。しかしミナコは平然と後ろに小夏を従え歩いていく。小夏はミナコの陰に隠れるようにして歩く。兵士の一人が抱えた散弾銃が二人に火を噴き、目の前が一瞬白く光り、ぱちぱちと火を噴いた。
「やべぇ! やべぇですよ! 散弾銃だ」
「ミナコちゃんもう……あたし……」
ミナコは小夏の言葉を無視して言った。
「やべぇやべぇ、殺されちまう」
ミナコの目の前が再び光り、ゴトリと大きな音を立てて、大きな筒が落ちた、その筒からでる煙が二人を一瞬でつつむ。
「ぐぇぇぇぇ、くるしいぐうぇぃぇぇぇえええ!め、眼がぁあああ」
一瞬前に目をつむったミナコが、苦しむ小夏の襟を掴んで歩き出す。
「ミ、ミナ……ぐうぇぇぇぇええええ!」
小夏の断末魔の声が響く。
「小夏、だから言っただろ、催涙弾にだけは気をつけていろって」
煙から逃げたミナコが叫ぶ、再び二人の周りが白く光り、銃弾が床に落ちる。
「弾は止められても空気はとめられないって、なんちゅう中途半端な魔法だよ、これ」
「ぐうぇぇぇぇぇええええええ!」
ミナコは目の前の扉を開ける、外のまぶしい光が二人をつつむ。
「さあ、そろそろ記憶消去の時間だよ、みんないいかいぃぃぃ!」
ミナコがそう叫んだ瞬間に、左前方から車いすの男が全速力でかけてきた。
「コナツ、だいじょうぶかっ!」
男は入院患者の着る様な白い服を着ていたが、誰だかすぐにわかった。
「ク、クリスさん……ぐうぇぇぇぇぇぇえええ」
クリスは車いすから立ち上がり、もがくコナツを車いすに座らせた。
「何をしたんだ? 君たちは、兵士たちがみんな君たちをねらっている」
「いや、わたしたちもわっかんないんですけどぉ」
ミナコが答える。
「君は?」
「あ、あたしはミナコ、こいつの友達」
「君たちは……その、魔法少女なのかい?」
「さぁ、どうだろうねぇ」
ミナコがニヤリと笑う。
「君たちが魔法少女であろうと無かろうとどっちでもいい、さあ、あそこの出口から今すぐここを出るんだ」
「クリスさんぐぇぇぇぇええぇえぇ」
「コナツ、君には感謝する、私たち二人の命を救ってくれて」
コナツが涙を流した顔をクリスに向ける。
「きみの泣き顔はおなじみだな、ありがとう、コナツ」
クリスはその病院の服の裾でコナツの顔を拭いた。
「さあ、奴らが来る、ここは空軍の基地だ、早く逃げないと」
「あんたは?」ミナコが聞いた。
「私はNASAの宇宙飛行士だ、兵隊じゃない」
そしてクリスはもう一度コナツを見た。
「コナツ、本当にありがとう」
「ぐぇえぇえクリスさんぐぇぇぇえええ」
「いくぜぇ、小夏!」
ミナコが勢いよく小夏の車いすを押し、門の外に出る、そのとたんに空軍基地が白く輝やいた。
「コナツ、ありがとう……」
その光の中でクリスはそうつぶやいた。
※
「ぐぇぇええええ、ミナコちゃん……ぐぇぇわたし、鼻たれてない?」
「垂れてるよ、きったねぇなぁ」
おしまい
NASAと魔法少女 @fukamiren
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます