イヨとトゥア
修練場の外は
職工が研磨した白く丸い砂利に、木製の塀。
陽は高いのに、風は冷たく冬が近いのか日の強さは少しづつ弱まっていく。
離れたところでは
先の仔犬の一件で
ムノベはなによりも争いを嫌う。
自分の主張をしているところをみたことすらない。
『そうだね』としか語れないのに一体どんな主張ができるのか?。
大男のムノベに手や腕を使わせずあんなに小さな石ころを動かすように修練させるなんて。
ムノベなら誰も動かせない人の背丈ほどもある大岩を動かし、畑を耕させたら一日で人の二倍や三倍は働くだろう。
ましてや戦士として
あくまでもムノベが望むのならば、という話しだが。
イヨの目の前で仔犬の首をひねり殺した修練場の指導士はイヨが弾き飛ばした砂利でふくらはぎの肉と筋をえぐりとられた。
イヨの育った邑は貧しくあらっぽいところだったので、あれよりひどい怪我など頻繁に見ていたのでたいした怪我ではないと思っていたが、盲目の
イヨはこれで大きな罰を受けるか、この修練場から追い出されるかどちらかだと覚悟していたが、なんの沙汰も罰もなかった。
ただ、前より頻繁に見張っているかのごとく
スルアは相変わらずの無表情で細い目。
何を考えているのかさっぱりわからない。
細い目はなにを見ているのかもわからない。
スルアも喋らない。
イヨも喋らない。
トゥアは目が不自由なせいで人の心を読むのが得意だったが、実質本位のイヨは人の心を読むのは不得手だった。
というより、そもそもイヨはこの<
「みんな
いきなり背中で声がしてイヨは驚いて振り向いた。
トゥアである。
細い小さな杖を小さく小刻みに左右に振りながら、白い玉砂利をつき、ゆっくり歩いてやってきていた。
両目は薄い青色の綺麗な布で隠されている。
トゥアはいつも綺麗な色の布で両目を覆っていた。
日によってきれいな布の色がいつも変わっていた。
目が不自由なのにどうして色を区別できるのかイヨには全くわからなかった。
トゥアはこの<御子>の中では一番年重で背もスラリと高く、見栄えがして美人だった。頭もよく、修練場のみならず、邪馬台国の中心部、内城のすべてをよく知っていた。
しかし、衣から見えるスラリと伸びた美しい
これはトゥアが本当に目が見えないことを示す。
トゥアの手も小さな傷だらけだ。これもトゥアの手がトゥアの目の代わりをしていることを誰にでも教えてくれる。
トゥアのこの傷だらけの脛と手を見るたびにイヨは胸が締め付けられるような気がした。
姫巫女様による冬の神託が告げられる宣旨会は数日後に開かれる。
修練場のまわりでバタバタしているのは事実だが、まだ<御力>の弱い<御子>たちにとってはほぼ関係がない。
「気づかなかった」
イヨは知っていたが返事代わりに言った。
「それは嘘」
トゥアは微笑みながら言った。
イヨは同意するように
トゥアはいろんな美しい布が巻かれた杖を横に置くと、きれいに正座してちょこんと座った。
座った姿も美しい。
お姉さんだしイヨはトゥアにはかなわない。
「
とトゥア。
イヨは目の不自由なトゥアにわかるように首を振りながらわざと声に出して言った。
「ちがうよ」
「それも嘘」
この修練場から逃げ出したいイヨと違い、同じ<御子>の聾唖のコムトが修練場を追い出されることになっていた。
理由は簡単。
<御力>が弱すぎるから。
<御力>の上達がまったくないから。
昨晩、<御子>全員でコムトの肩を抱き合い小さなお別れ会を開いた。
コムトは泣くことすら出来ず、恐怖と不安に引きつったものすごい顔して全員と別れをした。
轟音の『そうだね』を連発して大泣きしていたのはムノベである。
今朝になるとコムトは<御子>たちが寝起きする宿舎から居なくなっていた。
トゥアの言っていたことは当たっていた。
イヨはコムトのことを逆に考えないようにしていた。
聾唖の小さな男の子が修練場を追い出されて一体どうやって生きていけるのだろう?。邑に帰って無事暮らせるのだろうか?。居場所はあるのか?。
「コムトはさる豪族の家に貰われるそうよ」
トゥアが言った。
新事実だったが、実質現実主義のイヨはそれも怪しいとすぐに思った。
邪馬台国が君臨する倭国はどこもかしこも奴隷制の国である。平民でも奴隷を所有すること自体実はかなり裕福なことを示す。
イヨの邑は皆が貧しく奴隷を持っている家など一件もなかった。
また、奴隷といってもピンからキリまで居た。首輪を付けさせられているもの、逃げられないように足かせをつけさせられているもの。ガリガリに痩せて着るものもなくボロボロになっているもの。
しかし、その逆もたくさんいた。貴族の中には美しい異性の奴隷を
おそらくこの大都会の邪馬台国にはイヨの実家より裕福な奴隷もたくさんいるはずだ。
簡単に言えば、身元の保証がなく貧しいものがすべて奴隷なのである。
イヨが見てきた限りでも、奴隷ではないがほぼ奴隷のように扱われている人々もたくさん知っていた。
これは邪馬台国のような大きな国や街の話しではなかった。
イヨの育った邑でも妻や子供に暴力をふるい奴隷のように扱い自身貴族や豪族のように振る舞い全然働かない家主の家などたくさんあった。
イヨとトゥアのあいだで無言が続く。
目の不自由なトゥアによっては辛い時間だろう。
「あも、この修練場から出たい」
イヨが言った。
「それも嘘」
トゥアがすぐに言った。
「ねぇイヨ、なれが宣旨会でやろうとしていること」
「えっ」
トゥアの声が周囲を気にして急に小さくなった。
イヨは言葉を失った。
イヨは<鬼道>すら信じていなかったが、トゥアの<御力>にはじめて怯えた。
今まで邑で年上の男の子に囲まれたときとか父親とか物理的な力を恐れたことはあっても、考えていることをすべて知られるということがどれくらい怖いことなのか、始めて知った。
トゥアはわざとなのか、見えないから身につけた会話の技術なのかはわからないが嘘と言い、否定してもう一回イヨに考えさせ<御力>で読み取っているのだ。
今ここで、目の不自由なトゥアの胸を両手で突き飛ばして走って逃げることは容易だ。
しかし、それでは認めたことになる。
「本当によく考えて」
イヨは急いで考えないようにした。考えれば考えるほどトゥアに探られてしまうからだ。
トゥアは頭の後ろに両手をやり結わえてあった薄い青色の綺麗な布を解いた。
トゥアの両目を覆っていた布がパラリと落ちた。
トゥアは瞼を閉じていたが、ゆっくりとその瞼を開いた。
イヨは怖かった。
トゥアの白濁した醜い目がイヨを正面から見据えていた。
「仔犬の件は知っているわ、だけど、イヨが宣旨会でやろうとしていることは本当に良いことなのかしら?」
トゥアの白濁した目の前でイヨはしっかりとした声でいった。
「すくなくとも、<
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます