小鳥のゆくえ -Whereabouts of the birds-
yuurika
名前のないぼくと顔のないきみ
第1話 こども戦争 -The Child Soldier-
“少年時代を終わらせる者が居る。子どもたちの息の根を止めると知りながら。” フダ・アル=フセイン
2000年10月27日付イギリス・ロンドン新聞 Al-Sharq Al-Awsatより。
ぼくはダイヤモンド採掘場で働いている。
毎日同じ時間に起こされては、隣町までトロッコで運ばれ、真っ暗なトンネルの中で、朝から晩まで土を掘っている。
採掘場は、パイプ鉱山と呼ばれ、星が衝突したような大きな窪みに、無数の穴があいている。
そのひとつへ、ぼくらは五匹のカナリアと運ばれていく。どうしてカナリアかと言うと、毒ガスを調べるためだ。穴の中には空気の逃げ場がない。
朝方、ぼくは水筒に水を入れて小さな小さなポーチに詰め込む。スコップを握りしめ、あとは短波式ラジオだけがぼくの持ち物だ。ラジオは、話しかけることもできる優れもので、ときどきぼくの声に反応してぼくらを笑わせてくれる。
ぼくと同じ班は五人。みんな子どもだ。
小さな足と、小さな体なのに、やけに筋肉のついた腕を持っている。
ぼくらは五人でトロッコに乗る。ひざを抱えて座り、頭まですっぽりと隠れてしまう。誰もしゃべらない。
そんな時、ラジオだけが一人でしゃべり続けている。
「ザーザー、みなさんお疲れさん、ここで一つお知らせだ、カッシーニのくうげきは、今が一番よく見えるヨ。ザーザー」
聞いたことのない単語だった。
「カッシーニってなに? 聞いたことがない」
ぼくはラジオに話しかける。
「ザーザー、天文学者の名前だヨ。サートゥルヌスの輪っかのすきまを見つけたの。興味ない? じゃあ、花の話をしようカ」
「何だそれ。花なんてどうでもいいよ。食べられないだろ」
「ザーザー、じゃあなんの話をすればいいんだヨ? 文句ばかりだネ」
「ちょっと黙ってて!」
ザーというノイズを発して、ラジオが静かになる。話しかけられるラジオなんて、世界中探してもぼくしか持っていないだろう。でも、誰もそのことに気をとめない。みんな忙しいからだ。
以前はよくラジオに合わせて楽しい歌を歌っていたけれど、今では自分のボロボロの手ばかり見ている。
目深にかぶった麦わら帽子がぼくらの顔を隠し、何日も洗っていない服から汗と血の匂いがする。ズボンは土ぼこりでいつでも灰色だ。
トロッコにはもちろんクッションなどはなく、よく揺れるから座っているだけでお尻が痛くなる。
アリの巣穴のような穴のひとつへ入り、ポツポツと灯された光にそってトロッコは走っていく。坂が多いからスピードが出るたびに頭をゴツンゴツンとぶつかった。
壁には、そこら中にけずられた跡が残り、パラパラと土ぼこりが降ってくる。ひんやりとして冷たく、空気はよどんで湿気っている。
穴の奥へたどり着いたぼくらは、スコップを持って決められた場所へつく。ぼくらの親分は、ぼくらよりも二倍も体の大きな大男だ。ぼくらは小さいので踏みつぶされそうになる。親分は外国語で大声を出す。でも、何を言っているのかよくわからない。ただ、時々けり飛ばしてくるので注意が必要だ。
ぼくらは黙って土を掘る。
「どうやら今日は残業になりそうだ」
耳元の声にビックリすると、隣の仲間がいつの間にかそばにいた。
「ザーザー、残業イッパイ、元気イッパイ、ガンバレガンバレガンバレよ」
ラジオが嬉しそうに応援をする。
「嫌だよ。昨日も残業じゃないか」
ぼくは、ため息を吐いて言い返す。
「仕方ないさ。ぼくらには“人権”がないんだから」
「ザーザー、ラジオも人権はないヨ」
ぼくはラジオを無視する。
「人権ったって、そんなに使い倒されたらいつか倒れてしまうよ」
「なーに、倒れたら次のやつがいるんだよ」
仲間はケラケラと軽く笑う。
「まったく、つらい話をしないでくれよ」
「どうして? だって、他でもないきみが、前任者が倒れたから代理として来たんじゃないか」
「まあ、そうだとしても、まるで道具にでもなったような気分で悲しくなるよ」
「まぎれもなく道具なんだけれどね」
「ザーザー、ラジオも道具だヨ」
仲間は悲しそうに笑って、ぼくから距離を置いた。
カンカンカンと土をけずる音が聞こえてくる。
ダイヤモンドのカケラは無数に見つかるが、どれも白っぽい色をしていて、きれいでもなんでもない。磨かなければただの石ころだ。
「こんなもののために、ぼくたちが何人死ねばいいのだろう!」
ぼくは、自分の口からこぼれる言葉を止められなかった。
「ザーザー、大丈夫、ラジオは生きているヨ!」
「もう黙ってくれ!」
ぼくは、思い切りラジオを叩いて、大きな声で叫ぶ。自分の声が反響して、幾重にも音が混ざっていた。
遠くから親分が大声を張り上げていた。
「お前ら、そろそろ時間だぞ」
やがて昼休憩になると、ママから預かったお弁当を食べる。サンドイッチなので食べやすい。ふっくらパンもママが焼いたもので、すこし固くてやけに甘い。小麦の味が強くて焦げ茶色をしている。
“ママ”というのは、ぼくの本当のママではない。共同食堂のおばちゃんのことだ。みんなから“ママ”と呼ばれている。
「いつまでこんなことをしなくてはならないのだろう」
ぼくは、ふいに不安を覚えて薄暗い天井を見る。五人で集まっているけれど、誰一人として口を開くものはいない。
昼の時間は、親分がトロッコで出口をふさいでいる。だから、ぼくたちは脱走することができない。
ふう、とため息を吐いて顔を上げると、いつの間にかみんな眠っていた。さっき、ぼくに話しかけてきた彼も、腕を枕にして眠っていた。
「おや、どうしてみんな急に眠ってしまったのだろう」
ぼくは、恐ろしくなって隣の彼を起こそうとした。
しかし、ピクリとも動かない。
カゴに入ったカナリアが騒いでいた。
「ザーザー、あっちに行くと良いものがあるヨ」
ラジオだけは起きていた。
「あっちってどっちだよ」
「ザーザー、出口の反対側サ」
「出口の反対側なんて行ったら、もう出られなくなってしまうよ」
「ザーザー、まあ、行ってみてからのお楽しみ。ここにいたって、ずっと穴を掘るだけだからネ」
「信用できないな」
ぼくはラジオの声を黙らせようとした。
その時、あまりにまぶしくて息を止める。
ついそちらを見てしまう。
「ザーザー、さあ、早く行かないと、扉が閉じてしまうヨ」
「わかったよ」
ぼくは歩き出して、暗い道を進む。眠りこけた仲間たちは、ちっとも目を覚まさない。
「いったいこの先に何があるっていうんだろう」
壁に手をつきながら光の方へ歩いていく。
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