ジムに入会したら国を救う破目になった
まえだたけと
第一章 運を動かす
二千年以上の時間を遡って初めて、俺が今ここにいる理由が明らかになる。そう、話せば長くなる。でもそれを単純化し、時には歪曲し、或いは完全なる嘘を吐いてまで簡略化することは出来ない……。
親から、どこでもいいからとりあえず大学は出ておいた方がいいと言われ、貧乏なのに奨学金を最大限に活用して地方Fランク大学に入学。大学生活は特に何もなかった。無難に単位を取って、間もなく卒業。
ただひとつ、俺は大きな問題を抱えていた。就職先が決まらないのだ。わざと留年してこれ以上借り入れを増やすわけにはいかない。そういえばコンビニのバイトは遅刻が相次いでクビになったな。どうしたものか。
無趣味でこれといった取り柄もなく、友人もほとんどいない。人生早くも詰んだかと思っていたが、「運動をすると運が動き出す」なんていう何ともくだらない謳い文句にまんまとつられた俺は、何故か今ジムの前にいる。
ナショナルフィットネス……二十四時間ジム。月会費六千円が今なら三か月無料……。そんな無茶苦茶な商売があるのだろうか。でも運を動かすには、もうここしかない。それほど俺は詰みかかっている。
受付の女性が声を掛けてきた。
「こんにちは!ご見学……ですか?」
「え、ああ、まぁ、ちょっと入会をしようかな……なんて」
「それはそれは、ありがとうございます。えぇっと学生さん、ですかね?」
「あ、はい大学生、です」
「いいですね!若い方のご利用をお待ちしていたんですよ、ささ、こちらへ」
一通り施設を案内された。思っていたよりも綺麗な内装。白を基調とした空間で黒基調のマシンが並ぶ。汗臭い感じもないし思っていたよりもマッチョは少ない。一人だけめっちゃマッチョがいるが……あれは何か別格という感じ。なに、そんなことはどうでもいい。この受付の女性……結構いや……めちゃくちゃ綺麗!黒髪ロングの綺麗なお姉さん!揺れるポニーテールからいい匂い!スタイルもいい!年齢は……実は三十歳ぐらい?いや、二十九歳と見た!って、そんなことはどうでもいい。俺はこの人を眺める事が出来るならと、その場で入会を決め、書類にサインをした。
「
別所さん……こんな綺麗な女性に目を見て話されたことのない俺だ。いいところだな、ジムと言うのは。こんなところに無料で三か月も通えるなんて、もしかしてとんでもなくツイてる。運が動き出すとはこのことか。
この後もうすぐにでもトレーニングしたい気分だが、残念ながら今日は着替えがない。明日出直すとするか。なんだかやる気が漲ってきた。
「新規入会者?へぇ、若い男性ね。別所さん、彼の見込みは?」
「未知数、ですね。ちょっと細すぎる気がします。しかも大学生で就活中なんだとか言ってましたよ」
「この時期の就活中にジム?そんなことしている場合なのかしら?変わった子もいるもんよね」
「でも支配人、そう考えると……」
「ええ、足りなかったピース、揃うかもね。別所さん、ちゃんとマネージャーの
「かしこまりました」
翌日、俺は心躍る気分でナショナルフィットネスへやってきた。
「こんにちは!細見さん!ですよね?初めまして。マシンの使い方とか分からなかったらお気軽にお声がけくださいね」
マネージャーの膳場という男が声を掛けてきた。別所さんではないのが至極残念である。このマネージャーはザ・スポーツマンって感じ。スポーツタイプのメガネがより一層それを際立たせる。二十代後半いや、三十歳ぐらいといったところ。運動しているから若く見えるタイプか。しかしなんだ、やたらと俺を見てくるな。異常なほど視線を感じる。さっきもちょっと距離が近かったし、なんか、変な感じ。まぁ新規入会の俺が珍しいんだろう。気にせず鍛えるか。動画サイトで一通り筋トレのイロハは頭に入れてきた。チェストプレス、ラットプルダウン、レッグプレス、確か十回三セットだったな。
「細見さん、それ、シートの高さを変えないと使いにくいかもです」
「え、あ、どうも」
「よかったら私膳場が一通りマシンをご案内しましょうか?最初にちゃんとした使い方を覚えた方がよいですよ」
「それ、追加料金かかるやつ!」
「いやいや、全てサービスですからご安心を。マシンエクササイズは何はともあれシートの位置を調整してください。例えばこのチェストプレスならグリップの高さと胸の高さが揃うように、シートを動かします。次にグリップ幅は肘が九十度になる程度にセット、それから座り方も注意が必要ですね。しっかりお尻をシートの奥に充てて下さい。そして動かし方のイメージが大切です。大胸筋をメインに鍛えますから、大胸筋の起始と停止……あ、ここ、触った方が分かりやすいですね。最初は覚えることが多いですが、やっているうちに慣れますからね」
動画サイトより分かりやすい……これがプロか。しかしややボディタッチが多いのが気になる……。
「それから、最初のうちは無理に重たくしないこと。無理は禁物ですから気を付けて下さいね。細見さん、筋トレ初めてでしょうから、より慎重になってくださいね。まぁ、もうちょっと詳しく話したいこともあるんですが……それは後日、みっちりと……」
「え?後日?みっちり?」
「あなたとはいずれそういうお付き合い……あ、これは失礼、気が早かったですね。忘れて下さい」
忘れろと言われても!!……やはりこの膳場という男……スポーツメガネから覗く視線が気になっていたが……俺に気がある!!大胆にも職務中に誘惑してくるとは、なんと風紀が乱れたジムなのだ。くそ、俺に彼女がいたらすぐにでも断るんだが……いや、だからといってこいつではないだろう。集中できんが、仕方ない、とりあえず筋トレするか。
「膳場くん、どうでしたか?」
「これは司令、そうですね、教育次第、といったところです」
「司令って……ここでは支配人とお呼び。見込みはあるということね?」
「彼が司令の仰る、足りなかったピースと成り得るかは……不明ですが」
「だから支配人。まぁそれはそうね。でももう時間がないわ。膳場くん、決断を」
「現場判断……ということですね」
「責任は私にあるわ。見込みがないようなら早く他を当たって」
「……彼に、かけてみましょう」
「教育、頼んだわよ、膳場くん」
「はっ」
トレーニング初日から一晩明けると、俺は激しい筋肉痛に襲われていた。何をしても痛い。しかしここでジムをサボったら俺の運もここまでだろう。三日坊主どころではない、まだ一回しか使ってないじゃないか。いかんいかん、ここは無理してでも行くしかない。
「あ、細見さん!二日連続のご利用ですか」
受付の別所さん、昨日は会えなかったが今日も綺麗だ。黒い髪がキラキラと揺らめく。無邪気な笑顔。俺は今日この人を見る為に来ていると言っても過言ではない。何せこの筋肉痛でまともに運動できそうもないのに来ているのだ。男のモチベーションとはどうも単純明快だ。
「そうそう、マネージャーが今日の細見さんは激しい筋肉痛に襲われてるだろうから、ランニングマシンで軽く歩くぐらいがいいんじゃないかって言ってましたよ。それで使い方教えるから声かけてって」
「え、なんで俺が来ることを……」
「あーいやー、えーっと……勘?かな?でも、彼は必ず来る、って。期待されてますよ」
「期待?何で?なにに?」
「あー、ほらー、そのー、若いから?なんて、あはは」
不可解だが別所さんの笑顔は破壊力抜群。あはは、なんて笑顔を見せられたら何も言えねぇ。童貞全開。しかしやあの膳場という男、やはり俺に気がある!断ろう、それも勇気だ。童貞をヤツに捧げるわけにはいかない!
「断らないわ、あなたはきっと受け入れる」
「いやだから何でそうなるの!?っていうか心の声駄々洩れ!」
「いいからいいから、さ、行ってらっしゃい!(お、ちょっと男の子の顔になってきた)」
「マネージャー、細見さんが来られました」
「ああ、今日口説かなければ丸一日ロスすることになる。慎重かつ大胆に行かねばな」
「聞こえてますけど!」
「あ、これはこれは細見さん、御機嫌よう。さぁ今日はランニングマシンでしたね。ささ、参りましょう」
「いや、大体分かるでしょ、あんなもん」
「あんなもん?有酸素運動の強度設定には心拍数の管理が必要不可欠!さぁあなたの最大心拍数から安静時心拍数を差し引いた予備心拍数を算出し、カルボーネンの式に当てはめてみましょう!そうですね運動強度は六十五%!さぁ、分かりますか!?」
「……全然、なに、カルボ…?」
「最大心拍数は二百二十から年齢を引いた数。細見さんの場合は二十二歳だから百九十八になりますね。次に問題なのは安静時心拍数。これは朝起きた時に測らないといけないのですが……えっと今朝の細見さんのデータは五十五か。昨日の疲労が残っているかな……」
「なんで俺の今朝のデータがあなたの手元に!」
「あぁ、スマホのデータから抜き取りました」
「怖い、怖すぎる」
「ね、あなたは何も知らないんですよ。昨日のマシンエクササイズといい、有酸素運動といい、スマホも……。あなたにはみっちり教育をする必要があります。ナショナル教育プログラムをね。それがこの国を……」
「え?国?なんの話?」
「続きは歩きながらとしましょう。一番右端のランニングマシン予約済みですからそちらへ」
俺は訳が分からないまま、膳場マネージャーの話を聞くことになった。
「細見さん、これから極めて重要な話をします」
「さっきのカルボなんちゃらの話?」
「それは、まぁまた後日。それよりも我が国の話です」
「国?さっきも言ってたけど、国がどうしたって言うんです?」
「今我が国は危機的な状況にあります」
「え?」
「信じてもらえないかも知れませんが、危機は事実です。多方面から攻め込まれています。八方ふさがり、といっても過言ではない」
「まさか、だって平和じゃないですか」
「表向きはね。ですが、領土、領空、領海、どれももう危うい。一触即発とまではいっていませんが、じわじわと包囲網が敷かれています。綿密に計算された洗脳工作も順調に進んでいます。それから通信分野も相当なダメージを受けているので個人情報は筒抜け。だからあなたのバイタルデータなんて簡単に抜き取れます。まぁそんな状態ですから、このままでは我が国は主権国家ではなくなるでしょう。政府には既にスパイが大量に入り込んでいますので、大きなことは出来なくなっています。敵にとって都合の悪い動きを見せたら、消されます」
「なんでそんなこと、みんな知らないでしょう」
「そう、メディアが抑え込まれていますからね。まともな情報は流れていません。しかし我が国を守りたいと願う同志が多くいることも事実。ただ動きが取りにくくなっているのです。そこで同志と秘密結社を作り、その本部が民間企業の体を成している“あるところ”に作られたのです」
「それって、まさか……」
「そう、それがナショナルフィットネス。ここです。ここは国防の最前線にして最後の砦。我が国にはナショナルフィットネスが五つあるのですが、ここが最重要拠点の“
「嘘だ……」
「信じられないでしょうな。利用者の皆様もこのことは誰も知りません。たった一人、細見さんあなたを除いてね。なんといっても表向きはただの二十四時間ジムですから。しかし、スタッフは全て同志です」
「え、あの別所さんも?」
「彼女は事務方のトップです。私はそうですね、将軍みたいなものです。スタッフルームには他にも……」
「ちょっと待って!何でそんな話を、俺に?」
「あなたも闘うのです」
『嫌です、断ります。断る勇気、大事』
「就活、上手く行ってないんだってね。奨学金もフルで返済しなきゃならんと聞いてます」
「なぜそれを!」
「個人情報は駄々洩れですから。どうでしょう?生活費も必要な物資も全て面倒を見ます。奨学金は一括で返済して差し上げましょう。あなたは一気に勝ち組です」
「やります。よろしくお願いします」
「えらい軽いんだな」
「でも、闘うったって、俺そんなことできないですよ」
「ナショナル教育プログラムだ」
「ナショナル……教育……プログラム……」
「敵とは最新の人型戦闘機に乗って闘うことになる。それを扱えるようになるにはナショナル教育プログラムが必須」
「人型戦闘機……そんな、どこかで聞いたことある戦闘アニメの……」
「パクリとでも言いたいか?いいじゃないか、みんな好きだろう、ああいうの」
「まぁ映画も見に行きましたけど」
「だろう?ああいうのに、君も乗れるんだよ、ワクワクするだろう?」
「えらい軽いんですね」
「冗談はさておき、我々が扱う人型戦闘機は我々の身体の動きや体液の流れ、呼吸などと連動する。身体のことが分かっていないと到底扱えない。そして心理面も大きな影響を及ぼすのだ」
「なんか聞いたことあるようなシステムですね」
「また戦闘はチーム戦だ。チームで助け合いながら、それぞれの強みを生かし、弱みをカバーしあいながら戦うのだ」
「これまた聞いたことある感じ」
「ということで、非常に幅広い知識とスキル、そして経験が求められる。その為のナショナル教育プログラムだ」
「ま、何となく分かった様な……でもそんな大役を、何故俺に?」
「君は、我々が探していた、足りなかったピース、かも知れないからだ」
「足りなかったピース?」
「いずれ分かる。ということで今日から君はお客様ではなく我々の同志となる。私は君の上官となるので、よろしくな」
こうして俺は良くも分からず就職が決まり、奨学金を含めた金の問題も全て解決されることとなった。実家にも莫大な協力金が振り込まれた。親孝行もこれで完了。
ただ俺自身の運が動き出すどころか国の命運を担う仕事だなんて、どうやら大変なことに巻き込まれたらしい。
でも、あの綺麗な別所さんと同じチームになれるなら、いいか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます