春と光の墜月譚

神園明(みそのめい)

序章

1. ハルトとレン(1)

 昼下がりの、春らしい陽気の中。生い茂った木々により深い緑色に彩られた森の奥。風に揺られて落ちた葉が散乱する開けた平地。


 そこにそびえる一際背高い大木の根本、柔らかな若草の上で、少年は一人寝転んでいた。



「……んぅ」


「……い。ほら、起きろって。いつまで寝てんだハルト」



 温かい草のベッドで夢見心地に浸っていた亜麻色髪の少年・ハルトの名を呼ぶのは、幼馴染であり親友の少年・レンだ。



「……んぁ……あれ、レン。もう終わったの?」


「まぁな。ハルト、お前また夜更かししたのか?」



 欠伸を噛み殺しつつ起き上がるハルトに向けて、レンは薄紫の髪から覗く紅顔をしかめた。


 少々吊り上がった目元とシャープな顔立ちは少しきつそうにも見えるが、付き合いが長いだけあって彼が怒っているわけでは無いのがハルトにはわかった。どちらかと言えば、これは呆れている顔だ。



「うん。先週読み始めた本が、今良いとこなんだ」


「そんな事だろうと思った、今朝も刻限ギリギリだったしな。……ま、俺はお前がちゃんと仕事をしてさえいれば、何も文句は言わないけどさ。それで、ソアレの実は?」


「ちゃんと採って来たよ、ほら」



 まだぼうっとする頭をなんとか働かせ、ハルトは傍に置いておいた茶色のカゴを抱えて、隣に座るレンにその中身を自信ありげに見せつけた。


 森の植物を編み込んで作られたカゴ。なみなみと入っているのは、ハルトが昼寝をする前に収穫した『ソアレの実』だ。


 橙色の波打つような表皮と、爽やかな風味を残した甘さが特徴的で、栄養価が非常に高い果実である。


 二人が住む村では「長生きの秘訣」とも言われていて、実際住民は壮健な高齢者が殆どだ。だから聞くだけなら眉唾な効果も、あながち間違っていなさそうだとハルトは思っている。



「おぉ、美味そうなのが採れてるじゃん」



 レンはハルトの成果物を見て、小さく感嘆した。


 ハルトは今日の仕事として、この実の採取を村長に任されていた。目の前でカゴの中の実を物色しているレンの方はそれとは別に森のキノコ類の採取を命じられていて、ハルトと手分けして集め、目標に達し次第この場所で落ち合う手筈であった。


 先に仕事を済ませたハルトは、レンを待っている間にウトウトして、いつの間にか眠ってしまったらしい。



「でしょ。この前、向こうの木に大きいのが成ってたの覚えててさ」


「あぁ言ってたな。……ん、美味い」


「それで……っておい、また勝手に食べたな!ダメじゃないか!」



 うんうんと首を振ってハルトの話を聞き流しつつ、何食わぬ顔で手に持った大きな実を齧る幼馴染に向かって、ハルトは咄嗟に声を張り上げながらその実を取り上げた。心地よく身体に残っていた眠気も、同時に飛んでいく。



「なんだよ、どうせ村に帰って分けたら、一つくらいは俺の腹に入るだろ?」



 当然の権利を害された、とでも言わんばかりの不満げな顔をハルトへ向けながら、レンは文句を垂れる。



「それはそうかもしれないけど、決まりでダメって言われてるんだから、ちゃんと守らなきゃ。いつも言ってるだろ?」


「わかったわかった、悪かったよ」



 対して、齧り痕のついたリンゴを困った顔で見つめるハルトが言う。


 ハルトは基本的に決まり事に従順だ。それをよく知っていたレンは、言われるがまま素直に諦めの姿勢を取った。



「あーあ、バレないように食えば良かった。それ大当たり・・・・のやつだったのに」



 しかし。心底残念そうにレンが言うと、



「えっ、本当に?」



 目を輝かせたハルトが素早く反応した。しめた、と内心ガッツポーズをするレンはそれを面に出さないまま、



「そりゃあもう、甘いのなんの。気になるんなら食ってみろよ」



 と、果実の味に興味が向いたハルトをすかさず唆す。彼の好奇心の強さを知っているレンが使う、常套手段であった。



「……んん! ほんとだ、甘いっ!」



 ハルトが手に持つ果実を口にしたのをしっかり見届けてから、にんまり笑ってレンは言う。



「はい、これで共犯な」


「あっ!……ひ、卑怯だぞ!!」



 乗せられたことにハルトは遅れて気付く。何度も同じ手に引っかかった事に羞恥を覚えたハルトは甘い果実を口に含んだまま、顔を赤く染めた。



「はははっ……さぁ、そろそろやろうぜ」


「話逸らさないでよ! まったく……今日こそ負かしてやるからな!」



 そんな幼馴染を横目にして笑いながら、立ち上がったレンは広場の中央へ向かっていった。ハルトも置いていかれまいと、慌ててそれを追いかけた。

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