彼岸花の守護者

白銀 アリア

プロローグ

 今は昔、日本では平安時代と呼ばれる頃。   

優美な文化が生まれ始め、人々は幸せに暮らしていた。


 ある日、とある場所で四つの家の当主が集まっていた。


 秀でたまつりごとの才を代々受け継ぐ鷹司たかつかさ家。

 柔軟な発想で国の窮地を幾度となく救っており、皇家の信頼が厚い九條家。 

 国に一番最初にできた神社の神官を務める一族、かなどめ家。

 そして、歌や踊りに勉学など優れた教養を持ち、また、謎多き女系の一族、凰宮おうみや家。


 この四家が国をまわしていると言っても過言ではない。それくらい力を持っている。

 そんな四家の要である当主たちが一つの場に集まっていた。


「皆様お久しぶりです。この度は集まっていただき、ありがとうございます」


 この集まりを主催したかなどめ家の当主が挨拶をする。


「あぁ、久しいなかなどめ殿。して、何故私たちを集めたのだ?」


 そう答えるのは九條の当主。九條家の当主は京家の当主とそれなりに仲がいいらしく、かしこまらずに返事をした。


「実は最近不穏な空気を感じるのです。良くないものがこの国を襲う気がしてならないのです」


 京家は神官を務める一族。そんな京家には不思議な力があると言われている。

 それは少し先の未来が分かるというものだ。未来で起こることを気配のように感じるという。


「なるほど。ですが、そのような抽象的な事を言われても……。私たちにどうしろと?」


 辛辣しんらつに答えたのは鷹司の当主。

 こんな風に少々手厳しいのが鷹司家代々当主の特徴。


「そ、そうですよね……。お、凰宮様はどう思われますか?」

「……分かりません。ただ、京様がそう仰るなら悪いことはきっと起こるでしょう。何が起きるかは分かりませんが、せめてもの心構えくらいはしておいた方がいいのではないでしょうか」

「ほう、さすが凰宮殿は冷静ですなぁ」


 感心して声を漏らす九條家当主。


「いえ、とんでもございま―――」


 その時、この密談が行われている屋敷の門の方から大きな音が響いた。

 まるで、大木と大木がぶつかりあったような轟音ごうおん


「「!?」」


「何事だ!!これがそなたの言った“良くないこと”なのか!?京!」

「落ち着いてください!今すぐ確認してきます!」


 突然の状況に鷹司家当主も京家当主も動揺を隠せない。

 だが、そんな中ただ一人、冷静な者がいた。


「落ち着くのは貴方でしょう?ここは私のやしきです。私が使用人に確認させてきます」


 凰宮家の者の特徴はこの冷静さ。何時如何いついかなる時も、物事を冷静に見極め判断する力があった。

 この聡明さ故、誰もが彼女らを認めるのだ。


「……どうやら、不満を持った百姓や商人たちが屋敷に押し寄せてきたようです」


 しばらくして戻ってきた凰宮の当主が、困惑しつつある声でそう告げた。


「なぜ!!??今の朝廷は悪政を敷いているわけではないし、最近の世は落ち着いていたではないか!!」

「ええ、そうです。第一、なぜ私の屋敷を襲ったのでしょうか。そこが疑問です」

「ですが、ただひとつあるとすれば……」


 京家当主がおもむろに口を開いた。


「―――私が女だから、ですね」

「…………」

「確かに、女でありながらこれほどの権力を握っているのは今の世では珍しいこと。人々が不満に思うのも分かります。ですが、私は今まで世のため人のために尽くしてきました。だから―――」

「だから……?」

「私が直接話しに行きます。」


 その言葉に、みな驚きを隠せず、口々に意見する。


「凰宮殿が直接行く必要はございません!!御身おんみを大事にしてください!!」

「そうだ。貴方はこの国に必要な人物だ!ここでいなくなられては困る」

「危険です!凰宮様!!」


 怒りや戸惑い、焦り等が彼らの言葉には表れていた。


「ええ、分かっています。これがいかに軽率な行動であるか。でも、それでも自分の口で伝えたいのです。私の国に尽くしてきたこの想いを。それに、何だか上手くいきそうな予感がします」


 そう言うと、歯は出さないものの、今まで見たことの無いくらい口角を上げて優雅に笑った。


「失礼いたします!いまさっき、門が突破されてしまいました!!!」


 そこへ突然、この状況に追い打ちをかけるように、使用人が部屋へ入ってくる。


「「!?」」

「分かりました。それで、今の状況は?」

「はい。人々は庭に集まり、当主様を出すように要求しています」

「そう……」


 屋敷を襲撃してこないことに少し安堵したが、門が破壊されたという事実が脳を困惑させた。


「どうしましょう。門が破壊されるなんて」

「やはり危険です!」

「……行きます。いえ、きっと行くべきなのでしょうね」


 他の当主たちはお互いに目を合わせ、何かを決めたように頷きあって、


「私達も行きます。貴方の言うように、なんだか大丈夫な気がして来ました」

「本当ですか?」


 凰宮家当主は目を丸くして驚いた。


「ええ」

「……そうですか。ありがとうございます。では、参りましょう。民たちのもとへ!」



 庭には予想より多くの人々が集まっていた。ざっと二百人くらい。

 人数の多さにどの家の当主も足がすくむ。

 だが、


「皆様こんにちは。本日はどのようなご要件でいらっしゃったのですか」


 彼女は穏やかな表情で民たちに話しかけた。


「何が“どのようなご要件でいらっしゃったの ”だ!その理由はお前が一番分かってるだろ!のんびり暮らしてんじゃねぇ!」

「「そうだそうだ!!」」

「私は本当に、なにを皆さんがご不満に思っているのか分からないのです。わたくしは今まで、あなた達民のために働いてまいりました。わたくしは皆さんと話し合いたく思っています」

「なんだと!?自覚がないのか!ふざけやがって!!!」


 次の瞬間、


「凰宮殿!危ない!!」


 いきなり槍が飛んできた。と、思いきや、それは空中で停止していた。

 なぜか、四人の当主たち以外、動きが止まっていた。


「これは……なんですか?」

「分かりません。凰宮殿、お怪我はありませんか?」

「ありませんよ、九條様」

「それにしてもなんなんだ、これは」

「もう、何が何だか……。でもきっとこれから何かが起きます。そして、それは悪いことでは無いような予感がするのです……」


 京家当主も何が起こっているのかさっぱり分からない。

 ただ、何かの“予感”だけをひしひしと感じていた。


 それはきっと、

 “始まり”の“予感”。


「なんだあれは……!!」


 目線の先には信じ難い光景が浮かんでいた。

 一人の女性が、宙に浮かびながらこちらへと近づいて来ているのだ。

 まるで女神のような神々しさを纏っている。いや、本当に女神なのかもしれない。


 誰もがその美しさに目を奪われる。さっきまでの慌てようはどこへやら。

 女神のような彼女が、空中に静止している槍の上、つまり、目の前に降り立ってもなお、皆はただ呆然と彼女を見上げていた。


「ははは!そう見つめられると、悪い気はせんのう。元気か?人間!」


 この声でやっと、四人は我に返った。


「あなたは一体……??」


 一番に声を漏らしたのは凰宮家当主だった。

 その質問に、他の三人は答えを求めるかのように、目の前の美しい女性を見つめた。


「ははは!!いい質問だ!答えてやろう。我は―――」




 この後、世界で初の“守護者ガーディアン”たちが誕生することとなる。


 守護者とは、その昔に神より与えられた“神力”という力を使い、“ 災いメルム”から人々を救う存在。


 守護者は今日も世界で暗躍する。



 狂った歯車には気付かずに。

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