伝説達と小休止




 “魔法少女”達が多数動員された魔女狩り。

 その成果が目に見えて出始めた。“魔女”による被害の報道頻度が明らかに下ったのだ。

 初めこそ“怪物”と戦うのが仕事だろうと、反発する者も多かったが、“魔女”が減ることによって同時に“怪物”を相手に出来る“魔法少女”の数が増えたのだから今更文句は言えないだろう。

 魔女狩りについては中々の好成績を納め、やや強引ではあったが決行は正解だったと思われる。


 だが、問題が無かった訳ではない。

 それは[魔女会]と呼ばれる“魔女”の組織への対策である。そこに所属しているであろう“魔女”は全国各地で“魔法少女”と接触しており、その多くは“怪物”と戦っている姿の目撃例だ。それも“魔法少女”の到着が遅れてしまった時に多く、“魔女”はそれまで1人で“怪物”の相手をしていたという。到着時、まだ戦っているか既に終わっているかは分からないが、間違いなくその“魔女”によって被害は抑えられている。

 “魔法少女”達の間では、[魔女会]のメンバーなら別に追わなくてもいいんじゃないか、などと囁かれている。まあ実際は、誰がメンバーなのか分からないので、追うしかない訳だが。

 それに、明確に[魔女会]のメンバーだと言える者は【あの魔女】3人に加えて1人だけ。それ以外は恐らくそうだろう。としか言えないのだ。


 そして、加えた1人の“魔女”にも問題がある。【泡沫の魔女】と呼ばれ、危険度で言えば日本最高の“魔女”だ。捕らえられない厄介さ加減で言えば【あの魔女】共の方が上なのだが、過去の活動実績を見れば圧倒的に危険性の差が生まれている。


 さて、それはさておき。

 “魔女”の数が減り、未だ残っているであろう“魔女”も警戒して動きを鈍らせている。

 それに、今までとは違うメンバーを交えての“怪物”との戦闘にも慣れてきた。


 新しい環境に皆が慣れ始め、戸惑っていた人々も落ち着きを取り戻した頃、危惧していた厄介な情報が[魔法省]に届いてしまった。

 これは時間の問題でしかなかったのは分かっていたし、その為の準備も進めてきていた。だがまぁ、起こってみればやはり面倒には変わりない。

 


「はぁ…“怪物”の強化に合わせて各地の“魔法少女”の体制を変えたり、装備等の物資や各種支援は行っている。それを惜しむつもりも無い」


「そうだねぇ」


「だが『強くなった“怪物”をどうにかしてくれ』は違うだろう、私にどうしろと言うんだ!…淀の言う通り、欠片の開放は失敗だったのか…?」



 夕飯を終え、気が緩んだのか愚痴を溢している“魔法少女代表”刑部 はいる。その向かい側で温かいお茶を啜っている淀は眠たげな表情をしている。


 

「ん〜そうだねぇ、失敗じゃないかなぁ」


「やはり、君の方が正しかったのか?」


「さぁねぇ、自分で考えな」


「さては他人事だと思っているな、この皺寄せは君達に向かうぞ」


「知ってるさ。ふぁ~…おやすみ」


「ああ、おやすみ」




 











「てことで、諸君。“魔法少女”達の中で不満が溜まっている。環境の変化に慣れ始めたとはすなわち、過去との対比に気付くいい機会だからだ。ヤバいかも知れない。助けてくれ」


「具体的には?」



 朝っぱらからリビングに集められ、まあまあ深刻な話を聞かされると覚った淀と はねるは、佇まいを直して傾聴モードに入る。これでも中身はいい大人、この手の切り替えは早いものだ。

 千歳はさっき、予定があるとかで出かけていった。



「“魔法少女”の一部が離反する可能性がある」


 

 それを聞いた2人は顔を見合わせ、やれやれと言った感じで淀が答える。



「体制の変化に耐えられないってならそのうち治まるだろうよ。悪意で離反するんじゃないんなら大丈夫だって」


「そうも言ってられなくてね。[魔法院]の在り方というか、方針というか、そもそもの公正が疑われているのだよ。まぁ正直な所、今までの不満感が爆発する寸前だ。特に正義感の強い子の一部がこの有様で、ほとほと手を焼いている。実際、探られても良いように幾重の保険を掛けているとは言え、トップである私が真っ黒な訳だしな」


「自業自得じゃん」



 額を手で覆い、どうしたもんかと嘆く姿はどこか白々しい。多分本気で困っている訳ではないのだろうが、困っているのは本当なのだろう。



「それ、ボク達が関わったらダメでしょ」



 “魔法少女”の問題は[魔法院]で解決してくれ。“魔女”を頼った所で悪化する未来しか考えられない。

 相談くらいなら乗るが、答えを出すことは出来ないし、こんな事に答えなど無いだろう。

 

 これを聴いた はいるは、真剣な表情で3人を数秒見つめ、これみよがしに大きな溜め息を吐いた。



「本当に、そう思うか?」


「何が言いたいのさ」


「ある程度の計画は淀から知らされているし、別に反対もしなかった。私から提案したこともある。だがその上で、君達、随分と好き勝手に振る舞ってくれたじゃないか。自分達が口走った内容を覚えているか?」


「んな訳あるかい」



 はいるは、もう一度大きな溜め息を溢した。そして用意していたタブレット端末を取り戻し、上がってきた報告を一部読み上げていく。



「『[魔女会]も暇じゃない』『“魔法少女”の尻拭い』『現実から目を逸らしている』…これらは一部でしかないし、それぞれ別の場所からの報告に記載されていた発言の要約だ。一つ一つは“魔女”の戯言として聞き流せるが、これらを纏めて見た者はどう思うだろうな?情報共有と信用のパフォーマンスとして、このような報告は関係者であれば誰でも閲覧可能としているし、集計を任せている者達は全てに目を通している筈だ。熱心な“魔法少女”の事だ、きっと普段から目を通しているのだろう」



 表示している資料から顔を上げ、3人を見渡す。この話の終着点を悟ったのだろう。揃って同じような苦い表情をしている。



「言いたい事は理解したな。君達は[魔法院]を内側から壊したいのか?」


「ごめん」


「ごめんなさい。でもそれ、刑部さん側でも防げたよね?」



 若干1名反省の色が薄いが、思い描く心当たりとこれから起こりそうな面倒事を想像してしまったのか眉を顰めている。



「確かに私にも落ち度はある。こんなの、もっと早くに気付けていた問題だ。それにこの程度の事で、小言を言うつもりも無かったよ。本来なら軽く注意するだけで終わっていたんだがね。まあ私だけなら当初の予定通り首を切って終わりにするが、他にも槍玉に上がっている者が居るのだよ」


「あぁー、コダマちゃんかな?」


「[魔法院]の立ち上げに関わった者、その初期から所属している者達全般だ。今の標的は私と彼女が筆頭だがね」


 

 それは確かに怪しかった。

 意味ありげな台詞を残してあちらこちらに出没する【あの魔女】達は、明らかに[魔法省]側の情報を持っていて、更に何かを隠している事が予測できる。

 そもそも、前から疑われてはいたのだ。


 “魔女”を名乗りながらも特別何もしていない。それどころか、予想されている活動内容は怪物討伐に魔女退治。[魔女会]とか言う組織を立ち上げた割には目立った動きが無い。むしろ[魔法省]に有利に働いている。怪しい。


 さらに、『最強』の“魔法少女”のブートキャンプにて講師側として、呼ばれれば来る程度には話が通じて理性的なものの、そもそも参加する意図が読めない。これも怪しい。


 さらにさらに深掘りしていけば、【読全の魔女】も初期から存在しており、[魔法院]設立前には味方として、一時的だが行動を共にしていた時期があったと言うではないか。そこに居たのは最古参組、この前のピンク色の大きな芋虫の“怪物”と戦ったメンバーとあと数人である。交流があったのは間違いない。すごく怪しい。

 

 

「ちょうどいいじゃん。2人の関係を話しちゃえば?色々準備してあるんでしょ?」


「まあねぇ。はいるちゃんとは従姉妹って事になってるし、各種書類も揃ってるけど、ねぇ…」


「想定していた公表タイミングは、私が[魔法院]を去る時なのだよ。まだ後任が育ち切っていないから、些か不安が残る」


「なるほどね。じゃあ、どうしたいの?」



 どうしたいか。そんなの、なんとかしたいに決まっている。この問題を後腐れ無く解決したい。その方法が浮かばないからこうして相談しているのだ。


 同じ者が組織の上に立ち続ける事が悪いとは言わないが、この刑部 はいると言う今の代表はこれまでに多くの無茶を押し通してきた。ある意味ではワンマン経営とも呼べるだろうし、1人に権限が集中した独裁的な運営とも言えるだろう。

 この様な形態のままでは、今後[魔法院]が立ち行かなくなるのは想像に難くない。いくら“魔法少女”の為、国の平和の為だと言ったところで軋みは広がって行くばかりである。


 

「…そろそろ、潮時だと思うか?」


「まだたろうよ。今引いたとして、魔女狩りが激しくなって、その後が続かない。“魔女”を敵として認識するのはいいけど、“怪物”への対策が遅れちゃうねぇ」


「淀さんと同意見かな。残るか引くかにしても、はいるさんの意志を正しく残さないと意味ないし、タダで追い出されるのは駄目だね、円満に追い出されないと」


「やはりそうなるか…分かった。考えるとしよう」



 大した進展は無かったが、今回の問題の対応方向は決まった。正面から、かどうかはまだ判断していないが、取り敢えず迎え撃つ事にして策を練る。

 

 刑部は、伊達に組織のトップをやっていない。

 対応すると決めたのなら、理想の着地点へ向かえる様に全力で考える。そして、打てる手は全て打つ。正しくあろうとする“魔法少女”達だが、それを否定するかの如く手段は選ばないのがコイツの強みだ。金も立場も人も自分自身でさえも、使えるものは何でも使う。

 

 刑部が考えた策に、淀と はねるが修正を加えて作戦会議が進んで行く。


 


 アッチで3人が頭を捻っている頃。


 千歳は、ホームグラウンドである東海地方の人口密集地の1つ、愛知県名古屋市を散策していた。訳あって、“魔法少女”と会わなければいけなくなったのだ。約束の時間までは後少し、社会人だった者として時間前行動が染み付いている。


 時折、声を掛けてくる男性と出くわすがその時は優しく微笑み、下腹部に手を当てて『ここにもう1人』と言えば大抵は解散してくれる。淀曰く、股間に脳味噌が付いている輩には、何処とは言わないがゴリッ!とすれば良いらしいが、千歳はそこまで気にしていない様だ。

 防御力に特化しているとは言えども、千歳の身体能力は一般人を遥かに上回っている。しつこいなら撒いて逃げても良いし、実力行使でも良い。精神的な余裕が大きい。


 時間も迫ってきたことで、近付き難い雰囲気を纏って待ち合わせ場所で待機している。



「すみません。お待たせしました」


「いえ、早く着きすぎただけです。まだ時間前ですよ、谺さん」



 千歳は、『最強』の“魔法少女”コダマと会う約束をしていたらしい。“魔女”が“魔法少女”とだなんて論外ではあるが、谺は【あの魔女】達の役割を知っている。所謂コッチ側の人間だ、それに最近は平気で“魔女”を呼び付ける変わり者としてまことしやかに噂されている。全くもってその通りではある。訓練中に突然【あの魔女】3人が現れたと思えば、『最強』に呼ばれたとのたまう。本人もそれを認めてしまったのが原因だろう。

 その本人が異常さに気付いていないのも問題だ。仮に気付いていたとしたら尚更問題である。使えるモノを使って何が悪い?といったスタンスなのも原因だろう。



「来てくれて助かりました、本当にありがとうございます。いい加減に誤魔化すのが大変になってきまして…」


「ふふっ、何時でも呼んでくれて構わないんですよ?私も[魔法院]の中は気になっていましたし。何より、お泊り会なんて何年ぶりでしょうか?いえ、人生初ですね。これは楽しみです」


「そう言ってもらえると助かります。まさか、この前の買い物が見られていたとは思いませんでした」



 実は、千歳はちょくちょく谺と出掛けている。身内からはやれ詰めが甘いだのやれポンコツだのと言われているが、1から10までそんなヘッポコでは無い。谺からすれば、親しみやすいお姉さんに見えているらしいのだ。それでいて穏やかで優しく、物事への関心が高く知識も豊富。憧れていると言っても過言ではない。近くにあのチャランポランが居るのだから、なおのこと千歳が清廉たる人物に見える。

 勿論、千歳が“魔女”として居るのなら“魔法少女”として立ち塞がるが、プライベートなら仲良くしても許されるだろう。色々裏側を知らない事にすればいい。


 

「あれから千歳さんを紹介しろ、早く紹介しろと煩くて…」



 千歳とのお出掛けを仲間に目撃されただけなら別に問題ないのだ。問題は、それが度々目撃され、あの美人は誰だ、谺に自分達以外の友達が居たのか、比較的仲の良い友人と呼べる子達から質問攻めにあってしまった事である。素直に“魔女”だとも言えないし、かと言って友達だと言っても良いのか…


 谺は、貴方と私は友達ですか?の問に、はいかYESを貰わなければ友達だと言えないタイプの子だ。相手は既に友達だと思っていても、本人は断言出来ないのだ。本人的には友達は少ない方だと思っている。最近は人当たりが悪い訳でもなく『最強』を驕っている訳でもない。後輩には割と懐かれている。ただ、極一部の子達からはとても避けられている。


 現状、グイグイくるタイプの少ない友人に押され、噂の美人さんを紹介する流れとなったのだ。


 

「早速ですが[魔法院]に行きましょう。友人らが飛び出してきそうなので」


「そうそう、私の設定は覚えてますか?」


「設定…ですか?いえ、聞いたことありませんね」


「あれ、言ってませんでしたか」



 人間モドキである【あの魔女】3人は、念の為にそれぞれ出生から今に至るまでの生活の日々の設定を細かく作られている。そしてそれに合わせた証拠の捏造も済ませてある、後は適時それらを開示していくという寸法だ。

 谺は、なんにも聞いてない。忘れたとかではなく、本当に聞かされていない。


 淀も千歳もはねるも、基本的に聞かなければ教えてくれないし、人間モドキだとは聞かされてはいたが、そんな設定は存在すら知らなかった。


 もはや身内認定を出しても良いくらいには谺もコチラ側である、既に話したものだと思っていた。



「谺さん。私の事をどうやって紹介するつもりだったんですか?」


「友人だと言うつもりでした。…駄目ですか?」


「いいえ、それは問題ありません。何処で会って何をしている人かとかは、多分聞かれると思うんですよねぇ」


 

 徐ろに取り出したのは綴られたA4の紙の束、表にはデカデカと“読んだら破いて捨てること!”と印刷されている。その下に申し訳程度に表題として質問予想と返答フローチャート、と書かれていた。



「それは?」


「私の人物設定に合わせて作ってもらった質問対策です。見ます?」


「見たいです」



 2人は揃って覗き込む。



______________


 始めに、全員の人物設定は頭に入っているものとする。特に自分と はいるの設定には注意しておくこと。


【質問予想と返答フローチャート】


     :

     :

    (略)

     :

     :


・何をしている人か?

 趣味を仕事風に話せばそれで良い。適当にフリーランスのなんでも屋だとでも言っておけ。一応、プログラマーや翻訳家でも答えられる様な実績もあるのだから、気負わずに答えてくれて構わない。全国をフラフラしている理由として、写真家を用意しておく。


→写真家と答えた。

 千歳が撮り、加工した写真データを共通フォルダに入れておいたのでそれを見せても良い。また、千歳の写真が採用されている写真集の詳細も入れておいたので、説得力の補強に使うといい。


 ・写真家って何してるの?

     :

     :

    (略)

     :

     :


 

 大抵のミスは後でどうにでも出来るので、“魔女”関連だけ注意すること。



【困ったらどうするか】


 最終的には個人的な部分への質問になることが予想される為、特別重要な部分のみ抜粋してここに記しておく。返答には気を付けるように。


・何歳?

・地元は?

・何処で谺と知り合ったの?


 等、いくらでも出てくるだろうが、最強の返答方法を1つ教えておく。困ったらこう答えるといい。


『“魔法少女代表”刑部 はいるの幼馴染だ』


 年齢も地元も、谺との知り合い方も全て はいる繋がりだと言えばアイツが何とかしてくれる。話は通してあるので、返答に困ったら呼び出すと良い。



 以上。


 読み終わったな?

 何かする前に、この紙束を破いて捨てろ! 


______________




 計6枚の質疑応答対策例が記された攻略メモだった。

 これを作ったのが本人ではない事に疑問もあるが、要所は押さえてあるしちょっとしたポイントも書かれている。直前に確認する物としてはとても有用である。



「ちょっと捨てて来ますね」



 千歳はまず、紙束を捨てに行った。これを作った淀の最大の懸念は、うっかり[魔法院]でこれを披露してしまうことだ。出発前から口を酸っぱくして話す内容には気をつけろと言われていたし、これで多分大丈夫だろう。



「千歳さんって、写真家なんですか?」


「写真はただの趣味ですよ。たまに写真の募集があったりするんですけど、その時手元にあれば応募するくらいですかね。他にも色々してますが、依頼があれば何でもしますね」



 実はコイツ、意外にも働いている。はねるは見た目から無理だが、千歳と淀の2人で所謂何でも屋をやっている。その収入が本人達のお小遣いに変わっているのだ。

 一応、[魔法少女対策課]に所属する国家公務員でもあるが、その給与は多くない。その代わり、各地の[魔女会]の拠点や物資の支援を多く貰っている。


 初耳である。谺は最近しょっちゅう遊びに行っているが、その尽くで暇そうな姿を見ている。働く時も、“魔女”として動いている時ばかりだ。


 それもそうだろう。

 谺が来ると分かっていればその日は休みにしているし、そもそも働いていると言っても、月に数回あるかどうかの低頻度だ。それも、収集癖故に欲しい物が多い千歳ばかり。それにこの何でも屋はこれといった宣伝はしていないので、本当に知る人ぞ知る何でも屋である。主にそれなりの立場のある人間から、それなりに重要な依頼だ。

 が、しかし何故か田舎のお婆ちゃんや農家のおっちゃん達のお手伝いも多い。報酬は常識の範囲内の金額に加えて、大量の野菜や果物が追加されている。たまに鹿や猪等のお肉も貰えたりするので皆喜んで参加している。

 

 前者の依頼の大半は“魔女”たと知っての仕事で、かなり神経質にならざるを得ない。

 後者の仕事は、淀と はねるの2人が出かけた時に知り合ったお婆ちゃんの畑の野菜が収穫間近で、なんやかんやそれを手伝って、なんやかんやあってその近所のおっちゃん達とも知り合って、何故か仕事として呼ばれる事になったらしい。わからん。



「は、働いてたんですね。知りませんでした」


「そんなに依頼を受けてないですからね。生活費なら足りてますから、何か欲しい物がある時くらいでしょうか」


「人生の勝ち組みたいな生活してますね」


「んふふ、確かにそうですね」



 そんなどうでもいい話をしながら電車を乗り継ぎ、テクテク歩いていて向かっているのは、谺の下宿先であり“魔法少女”の巣窟[魔法院]。その豊橋支部である。


 その正門前にて、千歳は少し尻込んでいた。



「何してるんです?入りますよ」


「何と言いますか、こう…罪悪感がですね…」


「何を今更…?ほら、行きますよ」



 あうあう言いながら谺引っ張られて入場手続きを進められ、まごまごしている内に“魔法少女”達の寮まで到着してしまった。

 築年数の若いこの建物は、洗練された現代建築デザインで統一されている[魔法院]。外観は勿論、内観も素晴らしい。機能性を持たせつつスタイリッシュにまとめられたデザイン様式には目を見張るものがある。


 特に千歳は、こういった無駄の少ないスマートなデザインを好む節があるようで、あちこちを見渡しては感心の声を上げていた。


 まぁ、そこに住む人にとって珍しいのは最初だけで、谺にとっては慣れ親しんだ見慣れた光景でしかない。そもそもデザインにまではあまり興味がない。

 千歳の行動を、しようがないモノと割り切って、ゆっくり待っている。



「ここです。皆待ってますよ」


「くっ…罪悪感が…」


「まだ言ってるんですか?早く入りますよ」



 扉の前に来るまでは良かったが、その前で再び尻込みする千歳は適当な理由を付けて無駄だと分かりきっている時間稼ぎをしていた。

 


「そうじゃなくて、こう…若い女の子達の中に私が入る事への違和感と言いますか…勘違いした歳増の増長なんじゃないかと思いまして」


「はぁ…?行きますよ、ほら!」



 が、所詮は時間稼ぎであり、無駄な足掻きだ。


 腕を引っ張られた程度ではびくともしない体幹と踏ん張りだが、勢い良く背中を押されてしまえば流石に動いてしまう。

 体勢を崩した隙に扉を開け放ち、そのまま部屋の中へ引きずり込んだ谺は、やり切った様な清々しい気持ちになっていた。


 顔を上げた千歳の前には、どことなく見覚えのありそうな女の子が3人、こちらを見つめていた。



「おっ、噂の美人さんだ!」


「いらっしゃい。待ってたよ」


「えっ!?ホントに居た!」



 千歳は、あまり人の多い場所が好きではない。人と多く関わろうともしていない。しかし、それが別に人間嫌いというわけでも、人見知りするわけでもない。好まないだけで、初対面の人間の相手が苦手なわけではなかったりする。

 


「初めまして。本日は招待していただきありがとうございます。谺さんの数少ない友人で、最近よく会っている千賀 千歳せんが ちとせと言います。噂の美人さんとは、きっと私の事でしょう」


「なにしれっと私の事を馬鹿にしてるんですか?あと自分で美人って認めるんですね…いえ、別に間違ってはいませんけど」



 さっきまで尻込みしていたとは思えないほど堂々とした態度で自己紹介を済ませて、何事もないかのように話の輪に混ざり込む。

 あまりにも自然な溶け込み具合に、谺はショックを受けていた。確かに、コミュニケーション能力が高い方だとは知っていた。でもそれは、淀がセットの場合だけだと思っていたのだ。だってアイツは他人に遠慮とかしないし、千歳もそのノリに乗っかるタイプだし、でも2人で会うときは普通だし。


 想定していた問題も、想定していなかった問題も起こらず、終始平和にお泊まり会が進んだ事を後に聞いた淀と はねると はいるは拍子抜けだとがっかりしていた。

 どうせなら何かポカやらかして、はいるが召喚されたり淀が呼び出されたり、谺に怒られたりすれば面白いのに。

 そうなるものだと思っていたのに。




 

 






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る