伝説とお友達




 その日は珍しく、“怪物”も“魔女”も、近場では出ていない。“怪物”なんかは人口密度と発生頻度は比例しているため、こんな日は滅多に無い。

 そんな希少な日に、キラキラと太陽を跳ね返す金髪の少女が、特に当てもなくフラフラと散歩をしていた。

 余談ではあるが、“魔法少女”の休日とは全くの休みという訳ではない。“怪物”や“魔女”が出現の際に出動要請の優先順位が下がり、相当ヤバい状況ではない限りは結果的に休日になる程度のものである。


 それでも休暇には違いない。

 何か面白いモノは無いか、あっちへフラフラこっちへフラフラ、休憩がてら遊歩道のベンチに腰を掛けて道行く人を眺めていた。



「君、大丈夫かい? 具合でも悪いの?」



 すると、愛らしく庇護欲を誘う小柄な少女が駆け寄って来た。その少女は、ベンチに座る彼女が体調を崩したのではと心配しているようだ。



「あら、可愛らしいお嬢様ね。ごきげんよう。どこも悪いところはございませんわ、お散歩の休憩中ですの。心配していたただいてありがとうございます」


「そう? なら良かったよ。あまり見ない子だから、気になったんだ」


「わたくし、最近こちらに来たばかりでして。生活の準備や引っ越しのお片付けが忙しく、あまり外へは出られませんでしたのよ」


「なるほど。この辺、案内しよっか?」



 まるで警戒心など無いかの如く、爛漫な笑顔で覗き込んでくる少女。【色飾の魔女】ハックルベリー本人である。だからといって、そんなの今は関係無い。変身している訳でもないのだから、ただちょっとお節介な子供である。


 何処へ行きたいか、など全く考えていない。思い付きで散歩を始めた彼女は、行ってみたい場所を考える。



「何か面白い場所をご存知ですの?」


「んん~この辺には何もないかなぁ。ちっちゃい神社があるくらいだと思うよ。あぁでも、ここから電車かバスで少し行くと美術館とか博物館とか水族館とかあったはず。行く?」


「えぇ、行ってみたいと思います。ありがとうございました」



 少し考え、スッと立ち上がりお辞儀をし、その場を去ろうとする彼女。欠片も場所の心当たりが無いが、それっぽい所へ行けば何となく分かるだろうとフワッフワな考えだ。


 そしてそれに続く幼女。



「ボクも行くよ、暇だし」


「うぇ、?いけませんわ、ご家族が心配してしまいます」

 

「それなら大丈夫。ボクこう見えても君と同い年ぐらいだよ?」


「日本人が幼く見えるとは言いますが、限度がありますわ。嘘は良くなくてよ。親御さんが心配する前にお帰りなさい?」



 目線を合わせ、優しく諭す彼女は穏やかな笑みを浮かべてはねるの頭を撫でている。

 対するはねるだが、実に不服そうだ。こうなったら、数多くの迷子疑惑を掻い潜ってきた必殺の言い訳を使うしかないだろう。



「まだ帰れないんだよ。ボクは“魔法少女”だからね、一応今の時間はパトロールも兼ねてるのさ」



 そういうと財布を取り出し、表面に付けているバッジを見せた。丸と三角で描かれたシンボルが彫刻されたメタル調の物だ。これは[魔法院]シンボルであり、“魔法少女”として活動する子であれば必ず持っている物である。

 本当に“魔法少女”であるかを確認する方法など、あとは目の前で変身して見せる以外にないが、そこまで要求されることは無いだろう。世間的に“魔法少女”かどうかを判断しているのはこのバッジだ。


 思いっ切りホラを吹く。もしも、はねるが“魔女”であるとバレれば何処で手に入れたとさらなる厄介が降り注ぐこと間違いなしだが、今の所はバレた事は無い。その場限りの親交である、何度も合うのであればリスクは犯さない。

 まぁ今後、この子と会う事など無いだろうと高を括っている。


 お嬢様口調の少女は、これで一応の納得はしてみせた。少なくとも、連れ回して親御さんに心配をかける事は無いだろう。

  

 気を改めて、はねるの案内で水族館へ向かう事にしたらしい。



「自己紹介をしていませんでしたわね。わたくしは本間・ブラウン・とおるといいますわ。貴女のお名前はなんですの?」


「ボクは卯月 はねる。はねるで良いよ」


「私のことも、澄とお呼び下さいな」



 電車に乗るために駅へ向かうが、あっちのお店はなんだろう、こっちの看板が気になった、そっちで犬の鳴き声が聞こえたとフラフラのんびり歩く2人。まるで全てが珍しい子供の様に、真っ直ぐ目的地へ向かわない少女をはねるは優しい気持ちで見守っていた。


 

「切符を買ってみたいですわ」



 交通系ICカードを取り出して、改札を通り抜ける直前に方向転換する少女。はねるは既に通り抜けていた。  

 幸い人は少なく、通行の妨げにはならなかったようだ。良かった。



「ん〜そのカードは飾りなのかな?」


「切符を使ってみたいのだわ!」



 ボソッと呟くはねるに、聞こえてるぞばかりに主張する。

 駅までの道中で把握している。この子は思い付きで行動するタイプだ。面白エセお嬢様といったカテゴリである。腹が立たないのは身内の自由人で耐性が出来ているからだろう。それに裏表の無さそうな明るい性格が、はねるにとっては大きな癒やしであった。


 切符販売機の前に立ち、速攻で駅員に助けを求めた彼女は無事に切符を購入することに成功したらしい。

 大きくお礼を言い、手を振りながらはねるを追い掛ける。


 定刻通りに電車が来る。目印の位置でドアが開く。車内が静か。まるで日本に居なかったかのように感動していた澄に、ずっと気になっていた疑問をぶつけた。



「ねぇ澄ちゃんはどこから来たの?」


「ゴッサムシティですわ、バットマンのホームグラウンドですのよ」


「いやそれ架空の街じゃん」


「じゃあニューヨークですわ。その前はランボーさん家の近くでしたのよ」



 知ってる人は多いが意外と伝わらないアメコミネタに、世代が違う映画ネタで返されるが、はねるにはきちんと伝わっていた。あのポンコツのコレクションの中にあった事を覚えている。


 なるほどどおりで、と色々納得したはねる。帰国子女かとも思ったが、話しぶりからして初めて日本に来てから日が浅そうだ。



「そうですわ、はねる!ちょっと聞いてくださる!?わたくし、独学で日本語を覚えたんですのよ。褒めてくださいまし」


「えっ、すごいじゃん。ボクなんて英語サッパリだよ」


「お母様と一緒にアニメと漫画と小説とストリーマーの配信を楽しむ為に覚えましたわ、日本人のお父様をビビらせてやりましたのよ!」



 それはもう良い笑顔で褒めて褒めてとはねるを覗き込む。すごいすごいと素直に称賛するはねるに、どんどん気分が良くなる澄。

 はねるの中の冷静な部分が、何を教材にしたんだ?と首を傾げながら笑い転げていた。何も冷静じゃないけれど、独学で新しく言語を覚えるのは確かに凄い。


 面白エセお嬢様が、秀才なワンコであると記憶された瞬間である。

 はねるはこういうタイプの子が大好きだ。構い倒したくなるらしい。それになんだか、この口調が癖になってきた。



「着きましたわ~!なんか色々ありますわね」


「水族館が有名だけど、ちょっとした遊園地もあるよ。他には展望台とか海洋博物館とかもあるらしいね」


「博物館には興味ありませんわ。早く水族館に行きますわよ」



 博物館に興味を惹かれるはねるを引っ張って水族館に向かって行くと、入口の表示を発見したらしい。南北にそれぞれ別館とのことだ、オロオロとはねるに伺いをたてる。



「北館と南館?どちらへ向かえばよろしいのかしら?」


「入場券は共通だから近い北館に行こうか」


 

 その後は無事に入場券を購入し、館内に入った。そして入ってすぐ、お土産屋に直行する。何故なら1番近くにあったからだ。

 思ってた以上に種類も量もあり、割とクオリティも高く2人はそれだけでも盛り上がっていた。


 水族館にちなんだカプセルトイも一画を占めて充実しており、澄は非常に喜んでいた。迷いなくお金を投入しようとする澄を、はねるは荷物になるからと止めている。結局、帰りにもう一度立ち寄る約束をしたらしい。



「綺麗ですわね」


「うん、よく肥えてて美味しそうだね」


「なぜ!?」


「えっ、ほら丸々としてて大きいでしょ?時期的にも良い感じだし、きっと脂乗ってるよ」



 水族館で魚を見て、見事に意見の分かれる2人。水槽内のレイアウトや魚に反射する光を見て感動する澄と、食べられるかどうかが前提にあるはねるでは見ているポイントが違う。


 美味しそうに見えるということはそれだけ上手く飼育されているという事なので、その意味でもはねるは感心していた。

 それはそれとして、魚を見て美味しそうだと思うのは仕方ない。性である。


 そんなノリでぐるりと北館を見て回り、次へ向かおうとしたとき、館内アナウンスにてイルカショーが始まると知った。

 当然、澄は見に行きたいと言ってはねるを引っ張って行く。


 途中で軽食を買って、見ながら食べようと持っていく。すり鉢状になっている観覧席は自由席だ。今日が平日の昼過ぎだからか、そこまで人は多くない。

 当たり前のように後方の席へ向かおうとするはねると、真ん中の最前列に行く澄。



「濡れるよ?」


「ばっちこいですわ」



 貴重品と買った軽食を濡らさないようにね、と注意して、諦めて最前列に座る。

 ショー開始前に、前列は濡れる可能性があります。のアナウンスがあったし、始まってからも前の方は濡れるよと注意喚起があった。


 それはもう見事に濡れた。最前列に全力で盛り上がる少女がいた。とても賢いイルカは、エンターテインメントを理解していた。


 飛んで泳いで水飛沫を立てれば、わーきゃー楽しげに笑う少女に狙いを定めてさらに水を振りかける。

 最後のふれあいイベントではスタッフさんからの指名もあり、舞台に上がった時に事件は起ったのだ。



「きゃあ!」



 イルカと握手しようのコーナーで澄がプールに近付いた瞬間、待っていましたとばかりにイルカ達が集まり澄を水中へ引きずり込んだのだ。

 緊急事態にて関係者各位が慌てて動き出すが、それより早く事態は変わる。



「すっばらしいですわぁ!」



 イルカの鼻先に立って水面を滑る少女が高笑いと共に現れた。八艘飛びを彷彿とさせる軽い身のこなしで、両脇を並走するイルカにも飛び移る。

 再度潜水し、その後水中から勢いよく飛びた出した。

 美しい放物線を描いて頭上のボールを蹴飛ばすと、それに続いてイルカ達も飛び上がる。そしてゆっくりと、イルカの背に捕まって舞台に帰ってきた。


 タオルを持って駆け寄るスタッフが声を掛けるが、それに気付かないで澄ははねるに向かって走り出す。



「はねる!はねる!見まして!?わたくしとイルカのコラボレーションですわ!最っ高でしたわ!バチクソにアガりましたわぁ!!血ィ沸き肉踊りだしましたわぁ!」


「ちょっ、ビチョビチョ!濡れる濡れる、先拭いて」



 ここでようやくスタッフさん達のパニックに気付いたのか、タオルを受け取ってからすぐに澄も慌て出す。



「や、やややらかしましたわ…お父様に怒られる…」



 とりあえずSTAFF ONLYと書かれた控え室に通されて、軽く水気を切る。一緒にいたはねるも関係者としてついてきており、絶賛困っていた。



「わたくし、昔からやたら動物に懐かれるんですの」



 街を練り歩けば猫や鳥が集まり、山へ行けばリスが頭に乗っかり、動物園に行けばキリンに拉致られた過去の出来事を聞いてはねるは、思考停止している。



「うんうん。そんな日もあるよね」


「特に気分が高揚するとこうなる事が多いんですの。だから不用意に近付いてはいけないと言われて…完全に忘れてましたわ!」



 もう諦めたのかは知らないが、澄は吹っ切れた。



「シャワー浴びてきますわね」



 流石に浴槽は無いが、職場環境的にシャワーや洗濯等の設備は揃っている。 

 濡れた衣類を洗濯機にブチ込んでスタート!する手をはねるが止めた。一着ずつ洗濯タグを確認すると、備え付けてあったネットに入れ直し、1つは取り出した。



「色移りしそうだから分けるよ」


「よろしくですわ〜」



 既に体を流し始めている。衣類への感心がないみたいだ。タグを見たときにハイブランドの服だと知ったはねるは、エセお嬢様ではなく本当にお嬢様である可能性に慄いている。


 タオルはあるが、着替えが無い。

 

 周りに人は居ない。魔法で筆を1本作り、黄色の円を空中に描いて向こう側を覗く。

 澄の体格は淀と同じ位だ。淀の部屋に繋げてクローゼットを漁る。服を畳むのが面倒なため、基本的に衣類は全てハンガーに引っ掛けて管理している。千歳とはねるは伸びやすいTシャツ、ニット等は畳んでしまっているが、淀はそんな面倒な事はしない。円に腕を突っ込んで適当に取り出すと、そそくさと黄色の円を消す。

 あとは何事も無い顔をして、タオルと一緒に置いておいた。


 わざわざその場で待つ必要も無いので、一旦先程の控え室に戻ったはねるは、適当に時間を潰して待つ。


 

「なんなんですの、この服は!?」



 ダァーン!と部屋に突入したのは澄。白地に『 雑 草 』とデカデカとプリントされたTシャツを着てはねるに詰め寄る。



「あれ?ごめん」



 普通に無地のTシャツだと思い込でいた。背中側には何も書かれていないので、無地の物だと勘違いしていたらしい。流石に、こんな変な服は渡さない。


 ただ、詰め寄る澄はそうではない。



「面白いですわ。何処で売ってるんですの?」


「そっちか~」



 ネタを許容できるタイプのお嬢様だ、知ってた。けれど、何処で売ってるのかは知らない。簡単に検索してその結果を見せるに留める。詳しくは自分で調べてくれ。


 コンコンッ、と戸を叩く音がする。

 どうぞと声を掛ければ男女2人が入ってきた。スーツを着こなしたオジサンと、ステージでイルカ達の指揮を取っていた女性だ。



「この度は大変なご迷惑をおかけ――…」


「謝るのはわたくしの方ですわ!大切なイルカさん達を危険に晒してしまい、まことに申し訳ありませんでした。わたくしが落ち着いていればこうはならなかったハズですから、ハメを外しすぎましたわ」


「お客様も同様に危険な状況に陥っておりました。イルカ達に悪意が無かったが故に無事だっただけかも知れません。もしも、お客様を溺れさせる事が目的であれば大変な事になっていたでしょう。それに、お客様がプールに落とされたのは事実でございます。ひとえに、我々の指導不足が原因でありますので、今後はスタッフの増員、調教期間の延長、ショーでの安全管理の徹底をお約束いたします。重ねて、この度はは誠に申し訳ございませんでした」



 互いに頭を下げ続けるこの光景、はねるは見覚えがあった。あれだ、どちらも自分に非があると考えていて、どちらも割と真面目な人の時のやつだ。なまじ真面目だから、自分から頭を上げられない人のやつだ。


 この場で、この空気を変えられるのは1人だけだ。

 これが淀なら面白がって放置するかも知れないが、はねるはそうしない。



「ボクから良い?先ずは澄…えっと、この子の謝罪を受け取ってくれるかな?」


「は、はい」


「澄も、この人達の謝罪を受け入れてくれるよね」


「ですが、やらかしたのはわたくし…」


「受け取ってくれるよね」


「受け取りましたわ!」


「ん、じゃあこれでおしまいだね。服の乾燥が終わるまではここに居させてね」



 と、強引に話を終了させた。

 実際互いに出来る事は少なく、やるとしてもそれはどちらかだけで実行するものである。今回に限っては謝罪以上に出来る事は殆ど無いだろう。責任を問うのであれば、おそらくは水族館側なのだろうが、落ちた本人が良いと言っている。

 

 内々に終わらせてほしいのだ。大事になって困るのは、“魔法少女”だと身分を偽っているはねるなのだから。


 洗濯が終わり、乾燥機に放り込む。丁寧に物を扱いたいはねるを振り切って、全部まとめてスイッチオン。

 最新の家電とは凄いもので、ものの十分程度で乾燥が終了した。




「さて、続き行きますわよ!」


「それは良いけど、時間は大丈夫なの?」



 本人が行くと言うのであれば問題ないとは思うが、元々散歩と言って家を出てきているらしい。お昼はとうに過ぎてしまったし、連絡くらいはしておいた方が良いのではないだろうか。



「問題ありませんわ。どうせ帰ったって誰も居りませんもの。でも18時頃に約束がありますのでそれまでに戻れば大丈夫ですわ」


「なら良いけど」



 はねるは千歳に、帰りが遅くなるとメッセージを送る。澄は大丈夫でも、はねるは大丈夫じゃなかったが、まぁあの人たちも良い大人である。適当に何とかするだろう。


 改めて着替え、スタッフさんにも声を掛けてから続きを見に向かう。

 閉館時間まで後2時間程、それだけあれば残りを一通りは回れるだろうと思ったが、駄目だったようだ。


 お土産屋さんはまだ暫く開いているみたい。全部は見られなかったが、楽しく周る事は出来て何よりだ。

 それぞれ手土産を買って帰りの駅に向かう。


 来た道と同じだ。特に迷うことはなかったが、澄の降りる駅が違う。

 所謂都心部と呼ばれる人通りの多い地域の駅で降りると、よく目立つシンボルを探して時計を覗いた。




「やっちまいましたわ」


「遅刻だね」



 帰宅ラッシュに重なってしまった結果、乗りたい電車を数回諦めて見送った。元々ギリギリの時間を攻めていた事もあり、むしろ十分やそこらの遅刻で済ませた所を褒めてほしいくらいだ。


 ただ、遅刻は遅刻である。


 澄の声はよく響く。特徴的な喋りも相まって注目を浴びやすい。自分で見つけるよりも先に、待ち合わせの相手に見つかったみたいである。




「トールさん。お久し振りですね」


「美怜、お待たせしましたわ!」



 澄をお嬢様カテゴライズするのなら、相手の彼女はお姉様だろうか。同い年らしいが、どう見ても落ち着きが違う。


 さて駆け出して会いに行く澄を眺めていたはねるはと言えば、冷や汗を流して逃げ出そうかと画策していた。

 


「ぉぉう、マジか…」



 美怜と呼ばれた少女の事を知っている。親しくは無い顔見知り程度、大抵は間に谺か淀を挟んでいるからだ。

 彼女は、正真正銘の“魔法少女”である。対象の速度を奪って冷気に変換する魔法を使い、全国でも上位の活躍を誇っている。普段は別の場所で活動しており、この辺りに居るのはまあまあ珍しい。“魔法少女”ナガレとは彼女の事である。


 少し前にうっかり変身前の姿を晒してしまい、しかも谺に正体をバラされている。ウカウカと姿を見せれば面倒事間違いなし。しかし、はねるの中の大人が足を縫い止めている。

 澄を連れ回し、あまつさえ待ち合わせに遅れさせたのは誰だ?きっちりと謝罪はすべきであろう。

 自分の事を忘れている事に祈りを捧げ、前へ踏み出した。

 

「ごめんよ、彼女を連れ回したのはボクなんだ」


「っ!貴女は」



 残念。秒でバレた。

 警戒態勢に入る美怜だったが、そこで澄が割り込んで意気揚々に話し出した。

  


「紹介しますわ。この子ははねる、日本に来て最初のお友達ですのよ!さっきまで一緒に水族館に行ってましたの、小さいのにとてもしっかりしていますのよ。で、こちらが美怜。わたくしの従姉妹いとこですわ。あっ、もしかしたら美怜ともお知り合いかもしれませんわね。わたくし達と同じ“魔法少女”ですものね!」


「あはは…えっと、久し振り?」


「え、えぇお久しぶりです?」



 言ってほしくないところまできちんと言ってくれる紹介に、もうどうにでもなれと思い始めた。

 美怜もはねるが“魔女”だとは既に気付いている。ただ澄が友達だと言って紹介した以上、目の前で騒ぐのも憚られる。多少ぎこちなく顔を合わせて言葉を交わす。



「やっぱりお知り合いでしたのね。よろしければ3人で行きませんこと?」


「んん゛、辞めておくよ。誘ってくれてありがとね」


「トールさんと…はねるさんは何処でお知り合いに?」


 

 そりゃ仲の良い従姉妹が“魔女”と並んで居たら気になるだろう。何故かあちらの“魔女”も動揺している様相、悪い付き合いではなさそうなのは伝わる。

 これまた話したがりな澄がペラペラと語りだす。別に口止めなどされていないが、羽のように軽い口である。 



「わたくしが休んでいたら、体調不良かと心配して声を掛けて下さったんですわ。そこでビビッときまして、親友になりましたわ!」


「いや、割と他人行儀だったと思うけど?だいたい親友って、今日初めて会ったばかりだよ」


「時間など関係ありませんわ。わたくしははねるを親友だと決めました!だから、はねるはわたくしと親友なんですわ!!」


「へぇ…」



 はねるは、普通に照れた。

 はねるは、いや、ほぼ全ての“魔女”は共通して友達が少ない。それか居ない。はねる含めた【あの魔女】達3人も例外では無い。ほぼ関係者だが、谺だけが辛うじて友人と呼んでも差し支えない人物である。

 知り合いならそこそこ居るが、友人だと呼べる程気を置けない間柄では無いのだ。


 大人になれば嫌でも友達が減る。連絡先が変わり、休日がズレ、住む場所が変わり、優先順位が変わり、交流の機会が減るものだ。

 それでも会いたいと思う友人が居るのなら、それは大切にすべきだろう。


 さてと、こうも堂々と親友だとの呼ばれて、嬉しくないはずがない。

 嬉しいと喜ぶ感情と、お前は“魔女”だ冷静になれと言う感情がせめぎ合う。結果、照れてはにかむ幼女が誕生した。

 中身はともかく、外見は非常に愛らしい小柄な少女である。こんな子が、悪さなど出来るはずがない。


 

「じゃあね!ボクはもう行くよ。2人も、気を付けて帰るんだよ」


「あぁ、お待ちなさい」



 暖かく見守られ居心地が悪るくなり、逃げるようにその場を離れる。静止の呼び止めも聞かずに、雑多な人混みに紛れ姿を眩ませた。


 残されたのはお嬢様2人組。逃げられてしまい、シュンとした様子の澄は、一つの重大なミスに気が付いた。



「はっ!連絡先を、聞きそびれましたわ…美怜、はねるの連絡先をご存知ありませんの?」


「ごめんなさい。…けれど、知っていそうな人物には心当たりがありますわよ」



 知らないし、はねるが“魔女”であると伝えるか否かでも悩んでいる。

 数日後には、澄も“魔法少女”としての活動が決まっている。そうなれば活動する“魔法少女”の一覧を見る事があるだろう。そして、そこにはねるが居ない事にも気付くはずだ。美怜は悩んでいる。


 そう。澄も“魔法少女”である。

 家庭の事情という奴で、活動の拠点をアメリカから日本に移したのだ。出来れば国に残って欲しいが、親と別れさせるのは大人の矜持が許さない。背中を押したのは現地の大人達である。


 因みに、日本で初めて登録された、海外生まれの“魔法少女”である。これが切っ掛けになり、少しずつ“魔法少女”の留学を兼ねた出張や派遣が増えるのはまた別の話。



「では美怜、今度その方を紹介してくださいな」


「勿論ですわ。では、わたくし達も行くとしましょうか」


「焼肉ですわぁ〜!」



 このお嬢様、お肉大好き人間である。

 いい事があった日はお肉で祝い、悲しい時はお肉を食べて慰める。人が集まればバーベキュー、1人でもバーベキューだ。ステーキも良い。

 そんな彼女が、目の前の網で、自分の好きなお肉を焼いて食べるお店の存在を知れば行かずにはいられない。

 

 はねるの事も気になるが、それはそれ。次ははねるも連れて3人で集まろうと決めて、澄は美怜に道案内を頼んで移動する。

 このためだけに、わざわざ美怜を呼び出したと言っても過言ではない。本来の予定では明日、美怜と共に[魔法院]の本部へ向う予定だったのだが早めに呼び出したのだ。

 一緒に食べたかったらしい。美怜は美怜で、何も考えずに適当に食べるのならと、それなりに乗り気らしい。珍しくオススメのお店を調べたぐらいである。


  

 


 これが、はねると澄の最初の出会いである。

 次があるかは、今後の行動しだいだ。




 



 









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