伝説の時は近い




 敵の総大将と呼べる大敵を封印してから半年。

 怪物との戦いは、まるで楽になる事は無かった。


 今日も今日とて、何時もの様に怪物退治をする魔法少女達を眺めている3人。


 何か変わった事があるとすれば…



『――もしもし、コダマです。どうせ暇ですよね、座標を送るので怪物退治をおねがいします。ではまた』



 スピーカーにして応答した電話は、プツッと切れてしまった。

 元々、魔法少女の数は足りていないのだ。全国に手分けして何とかギリギリ戦えている程度。

 いくら手当はしっかりされているとはいえ、比較的若い、むしろまだ幼いとも言える年齢の少女達に、この仕事量は重たすぎるのだろう。


 そこで舞い込んだ3人の魔女の連絡先。立場上表立って助けを求める事は出来ないし、活動を容認する事も出来ない。しかし、たまたま現場に魔女が居合わせ、怪物を倒して姿を消す事は止められない。当然、魔女を探し捕まえなければいけないが、怪物退治に比べればまだマシである。


 で、魔法少女が友達に怪物が現れた危ない場所を教える事も、良くは無いが止められる程の事でもない。


 関係無いが、今連絡してきた魔法少女は、この3人の魔女という役割を知っている。

 そのせいで最近、よく働かされているらしい。


 

「白饅頭の言うとおりになりましたね。怪物の強さはあまり変わらず、数はやや増加。魔法少女は年間10〜50人の増加、うち戦える者は1〜2割程度。[魔法省]も切羽つまってますね」


「魔女の手も借りたいわけですか」


「最近は“野良”の魔法少女とか呼ばれ始めたねぇ~、少女なんて歳じゃないから辞めて欲しいけど。で、出現場所だけど、見間違いかな? 四国なんだけど、行けと?」



 因みに、この3人の活動範囲は中部地方で主に東海三県辺りを中心にしている。

 

 まさかの出張案件である。


 【色飾の魔女】こと、クライペイントがワープゲートを作ることが出来てしまうが為に呼ばれたのだろう。

 しかし3人は特に何かする事もなく、ハックルベリーが先程コダマと電話していたスマホで何処かに電話を掛けていた。



「あーもしもし? さとみちゃん? 悪いんだけど怪物退治をお願いできる? そうそう、場所は今送ったから。うん…うん、いいよ。それはこっちで何とかしておくよ。じゃ、よろしくぅ!」



 3人だって、今までただ遊んで来たわけではない。世間では、やり過ぎた魔女はには粛清が下ると言われており、魔女達にもルールが存在していると思われている。

 “魔女裁判”や“魔女の鉄槌”とも呼ばれる、危険な魔女の粛清である。


 主に、3人の活動とはその魔女討伐である。

 殺さずに叩きのめした後、こっそりと[魔法院]や[外敵対策省]に捨てる。なぜ魔法少女に任せないのかと言うと、あくまでも魔法少女とは怪物を倒す存在であるからだ。


 因みに[魔法院]と[外敵対策省]を纏めて“魔法省”と呼んだりする。


 それと呼び方こそ違うが、魔女も魔法少女も中身は同じである。魔女の悪行は、魔法少女だってやりかねないもの。そして、怪物と戦うはずの魔法少女達が人間である魔女と戦うのは印象が悪い。


 もしも、魔法少女の力が一般人に向かったら。少しで、もそう思われない為に3人の様な魔女がいる。


 魔女とは危険な存在ではあるが、何かルールや決まりがある事。それを破れば魔女内で粛清される事。

 そして、自分達含め魔女を“悪”として、適度に魔法少女に追われる状況を作る事。


 こうして魔法少女達を世間から守るのだ。


 [魔法少女対策課]


 いつか、魔法少女が危険思想を持ち暴走するかもしれない。

 いつか、魔法少女は悪事を起すかもしれない。

 いつか、魔法少女が怪物と手を組むかもしれない。


 魔法少女が暴れ出したとき、それを打倒する魔法少女を用意する。


 この3人が所属する組織である。 

 魔法少女がここに所属する条件は、自身の生殺与奪を預ける事。


 この3人は常に監視されており、少しでも危険だと判断されればスイッチ1つで殺される。見知らぬ人々を守る為、命を賭ける魔法少女達を守る為、その命を捧げた、最も信用出来る魔法少女なのである。ただし、抜け道は用意しているものとする。


 そしてこの3人が創ったのが、魔法少女を守る為に、魔女が魔女を狩る組織[魔女会]である。

 全国には、悪事を働かない魔女も存在している。それは“野良”の魔法少女とも呼ばれて、ダークヒーローの様に扱われている。


 3人は時間を掛け、粛清と平行してその“野良”達をまとめ上げていった。


 互いに同じ“野良”として、踏み込み過ぎずに助け合いましょうと言った内容の組織だ。


 主な組織目的は、自分達の活動を邪魔する魔女を潰す事。出来れば生かして捕らえて魔法少女関係所に捨てておいてほしいが、最悪は殺しても仕方ない。


 また、[魔女会]は協力を惜しまない。


 ある程度の生活保護やアジトの提供など、その魔女の活動の支援も行っている。

 ただしここに所属するには、3人に選ばれるか、既に所属している魔女の紹介を貰わなければいけない。


 こんな組織の拡大を少しずつ行って、現在はほぼ全国にその根を下ろしたところである。

 国や魔法少女関係の上層部は知っているが、殆どの国民や魔法少女も組織の全容を知らない秘密結社である。ついでに、[魔女会]の魔女もその全容を把握している者はいない。一部は勘付いている様だが、そのような魔女の活動目的は[魔女会]の目的と一致している為問題はない。


 さてそんな訳で、電話の向こうに居るのは[魔女会]に所属する魔女である。

 頼めば働いてくれる魔女も存在しているのだ。今回の彼女も、元々は“野良”と呼ばれていたヒーローの1人、被害を撒き散らす怪物を放って置く事はしないだろう。



「四国…、ん~【霧雨の魔女】ですか?」


「いんや、岡山に近いから【鉄腕の魔女】に頼んだよ」


「彼女ですか、なら大丈夫ですね」



 やる事はやったと、再び怪物と魔法少女の戦いの観戦に戻る3人。戦っている魔法少女も3人だが、新人さんだろうか。もしかしたらこれがデビュー戦かも知れない。相手の怪物は出来損ないの日本人形と言ったところ、顔だけははっきりしている癖に身体のバランスが狂っている。ホラーを包容した不気味さである。


 改めて、3人は魔法少女を守るための魔女である。しかし、3人はあくまでも魔女である。


 表立って魔法少女の手助けをする事はないし、何なら程々に敵対しなければいけない立場だ。

 なので、ギリギリのピンチになるまでは手を出さない。まあ今回はその必要も無いだろう。


 戦場から少し離れたビルの屋上で観戦していたのだが、その背後からコツコツと足音が近付いてきた。



「貴女達には、四国の怪物退治を頼んだハズですが…何故ここで油を売っているんですか?」

 

「あぁそれなら対処済さぁ。我々はあそこの魔法少女達が気になってね、新人さんかい?」



 自分で連絡をしたのだから、その結末は気になる。少なくとも1人は居ないと思っていたが3人揃っていた為不安になる。が、対処済と言うならばそうなのだろう。



「……はぁ、彼女達は2週間ほど前に配属された新人です。一応、私が教育しています。貴女達こそ、何をしているんですか? 捕まえますよ?」


「怪物が現れたので討伐に来ました。見かけない魔法少女の先客が居たので、こうして見物をしています。ところで、今晩は鍋なのですが、良かったら一緒に食べませんか?」


「行きます。何鍋ですか?」


「今日はあんこう鍋だよ。良いのが入ったんだ~」



 味方では、無かったハズなのになぁ……。


 実は半年前の大敵封印の後から、彼女は3人の秘密を知っている側になっていた。

 と言うよりも、本来であればあの戦いの前にこうなっているハズだったのだ。


 『最強』と呼ばれ、困難や絶望を乗り越えた彼女は人としても十二分に信頼出来る人間である。


 [魔法院]の長にして、魔法少女代表の刑部 はいる。彼女もこちら側で、魔法少女と魔女を分けた張本人である。そんな彼女に谺は後継、もしくは代表代理になるように求められている。


 それは、代表である彼女が戦えない魔法少女だからである。それこそ、あそこで戦っている新人の1人でもいれば代表を簡単に取り押さえられるだろう。非常に弱い魔法少女だ。

 だからこそ[魔法院]を創り、魔法少女達の保護が出来る場所を作ったのだ。そして矢面に立ち、魔法少女へのヘイトが全て自分に向くように立ち振る舞っている。

 しかし、足りていないとは言え増えてきた魔法少女達にも反抗的な者もいる。特に、弱い癖に偉そうだと言ったものが多い。


 命を賭けて戦っているのだ、それすらせずに後ろから指示を出しているだけの人間を、素直に信用しようとは思わないだろう。

 だからこそ、そのような魔法少女からも支持が厚い『最強』の魔法少女が先頭か、それに近い場所に立ってほしいと考えている。

 

 で、その現トップとこの3人はズブズブの関係者である。むしろ一緒に暮らしている家族だとは誰が思うだろうか?

 あの戦いの後、普通に家に帰ってきた[魔法院]トップを見た谺の混乱は面白かったなぁ…。


 等と3人が各々思いを馳せていたが、同時に見ていた戦いもクライマックスだ。


 

「あの3人、みんなが遠距離攻撃主体なのはバランス悪いでしょ」



 実は観戦直後から思っていた事を口にする淀。

 ちょうど返答が貰えそうな人材がここに居るのだ、折角なら少しお話しようではないか。



「悪いですね。何故かまとめて、遠距離主体の私が面倒を見る事になってしまったんですよ。元々、私と同様にソロ希望の3人ですし、最低限の連携が取れればそれで良いです。私よりも、よっぽどセンスが良いですよ」


「皆の『最強』が情けない事を言わないの。じゃ、ボクは先に帰るね。晩御飯の仕込みをしておくから、ん~…谺ちゃんは何時ぐらいに家に来れる?」


「そうですね…引き継ぎが19時なので、20時ぐらいになりそうです。遅いですか?」


「大丈夫だよ。美味しいの用意しておくから楽しみにしておいてね」



 さっきからチラチラと時計を確認していたはねるが、黄色の円をくぐって姿を消した。これが、彼女の魔法の1つのワープゲートである。

 長距離を簡単に移動出来る魔法少女は非常に少なく、特に他人をも移動させる事が可能な彼女はその中でも特別貴重である。


 その後も、最近の怪物被害状況から増えた魔法少女の保護や教育、コダマの悩みや愚痴まで様々な話を、新人達にが怪物にトドメを刺すまでお喋りは続いた。

 『最強』の魔法少女 コダマの数少ないリラックスタイムだ。



「終わったみたいですね。私はあの子達の下へ戻ります。貴女方から見て、何か問題点やアドバイスはありましたか?」


「連携はまだまだとして、もう少し周囲建物への被害を抑えて戦った方が良いんじゃないかな。あれ、下手にヒビ入ってると直すの面倒だから。千歳ちゃんは?」


「概ね淀さんと同じですね。加えて、心構えとでも言いましょうか。敵の攻撃に怯え過ぎだと感じました。被弾を最小限に抑えるべきなのは当然ですが、動きに支障が出ない程度の怪我は許容して戦った方が良いと思います。討伐までの時間が伸びれば、最終的に本人やその周囲への被害が大きくなってしまいますので。普段の訓練から組み手や受け身、乱取り等を真剣に取り組んで居ないのでしょう。透けて見えます」


「やっぱりですか…ありがとうございます。教育係である私へのダメージが大きかったです」



 凡そ予想通りの指摘、だけなら良かった。訓練にまでダメ出しをされるのは耳が痛い。が、やはり自分の見立ては間違っていなかったのだと確信したコダマは、改めて気を引き締める。

 完全に3人の魔女に懐いてしまっているコダマにとって、同じ意見である事は自信に繋がる。


 そして!

 明日はお休み!

 しかも今夜は皆でお鍋だ!


 モチベーションが少し高くなり、笑顔で2人に別れを告げて新人達の下へ向かっていった。



「私達はどうしますか?」



 残されたのは淀と千歳の2人。この辺りには買い物に来ており、帰り際に遭遇したのだった。

 はねるが荷物を持って先に帰ってしまったので、今は身軽だ。しかもまだ時間がある。


 しかしこの2人、読者やゲーム、音楽や映画観賞にカフェ巡り等、日々楽しく色々な趣味に興じているが、実のところ特別に好きなモノ、やりたい事があまりない。

 それらがつまらない訳ではなく、自分がやりたくてやっているし趣味だと言い切れる。

 ただ、こんな感じで時間ができた時にパッと出てくるやりたい事や好きな事が無いだけである。


 そんな2人を慮ってか一通のメッセージが、はねるから届いた。



『早乙女さんが着せ替えパーティーをするらしいです。助けて下さい』



「淀さん。今何時でしたっけ?」


「4時18分だね。早乙女さんは夜から用事があるらしいよ、確か6時頃に家を出るって言ってたかな」


「…あと2時間…はねるさんに甘い物でも買って行きましょう。何時もご飯を作ってくれてますからね、何か労いましょう」


「賛成。ちょっと行った所に和菓子のお店があったハズだよ、行ってみようか」



 この瞬間、2人に帰るという選択肢は消え去った。なぜならそう、着せ替えパーティーだからである。

 この時、着せ替えられるのははねる、そして千歳と淀の順で被害が広がる。


 ただファッションショーをするだけなら、やりたくは無いが耐える事はできる。それに、その後着た服を貰えるので流行のファッションにあまり興味の無い2人には割とありがたい。

 

 だがしかし!

 着せ替えパーティーは別だ。


 それは最早、3人にとって罰ゲームである。

 見た目はともかく、精神年齢は十分に成熟している3人は、あまりにも派手だったり装飾の多い服装を苦手としている。

 変身で勝手に変わってしまう衣装も、未だに納得していないのだから当然である。


 彼女達の暮らす家のオーナー兼生活指導講師、早乙女・スティーブ・貴虎。

 趣味は筋トレと可愛いものや綺麗なものを愛でること。特に最近は、容姿の整っている3人に可愛い服を着せる事に執着している。そして用意される服は、もっぱらロリータと呼ばれる類い。

 割と許容出来る物から、羞恥で死にそうな物まで実に様々な服を次から次へと着せ替えられてメイクを整えられて、ポーズを取らされて写真に収められる。

 そして、その写真は現像されアルバムにまとめられて自分達に帰ってくる。正直いらない。


 早乙女は本当に嫌がる事はしないし、無理強いは決してしない。ただ、とても悲しそうに申し訳無さそうな顔をするので中々断れないのだ。だって普段はとても良い人なのだから。


 因みに、妻子持ちのダンディマッチョである。


 さてさて、変身を解いてのんびりとお店へ向かう2人。見た目や態度は正反対だが、思考回路は割と似通っている。おかげで結構仲が良い。


 アレやこれやと話しながら、幾つかの和菓子を購入してもまだ時間が余っている。仕方が無いので歩いて帰ることにした様だ。

 大体2駅程の距離だろう。


 余談だが、大抵の魔法少女達は移動距離の感覚がガバガバである。人によるが、変身すれば車以上新幹線以下のくらいの速度は出るし、空中を足場にして目的地まで一直線だったりもする。

 そして、変身を解いた後でもその感覚が残っている。そのせいか遅刻魔が多いらしい。どんなに真面目でも、遅刻をした事が無いなんて子は居ないだろう。

 最終的には、諦めて変身した状態で飛んで来る子も割と居る。

 

 テクテクと歩く2人は、ゆったりとした時間を過ごしている。

 怪物対策からどうでもいい話までを思い付くままに話して、時には穏やかに沈黙して。家に着く頃には、最近嵌っている格闘ゲームの最強キャラについて討論していたのだが、それはそれは白熱していた。



「ですから、これはやはりワンタッチで稼げるコンボを持っている方が有利なのです。始動技を当てればそのセットは取ったようなものです」


「始動技なんて限られてるじゃん。立ち回りで幾らでも回避出来るんだから、機動力なり技の回転率なりで優位になるキャラが強いって」


「それでは読み合いの試行回数が増えてしまいます。ジャンケンは少ない方が良いではありませんか」


「そりゃ1回で終ればそうかもね。でもこのゲームは数ラウンドの勝ち星で勝敗が決まるんだよ。なら相手を読んでターンの継続が出来た方が強いに決まってるさ」



 実際にコントローラーを握って、トレーニングモードでキャラクターを動かしながら延々と喋っている2人。

 帰ってきてからずぅーっとこの調子である。


 リビングのモニターを占拠しているコイツ等は、今まさに時間を忘れていた。



「淀さん、千歳さん。そろそろご飯が出来るよ~! テーブル拭いて食器準備して〜」


「「はーい」」



 親子みたいな会話をしてコントローラーを置く。

 それぞれ並べ終わると、残りは温かい料理達である。それは谺が来てから仕上げるらしい。

 

 2人は、まだ続いている最強キャラ討論にはねるを巻き込んだ。



「そんなのコイツに決まってますね。1回ぶん殴れば立ち回りもコンボも全部チャラです。固まれば投げれば良いし、向かってくるならスーパーアーマーで殴り返す。力こそパワー、火力こそ正義です。圧倒的な破壊力で試合をブチ壊す、コイツが最強です」



 と、それぞれ持論を振りかざして、ワイワイ遊んで谺の到着を待っていた。

 10分もしない内に家のベルがなる。

 


『おまたせしました、谺です。開けて下さい…おーい、開けて下さーい。谺です、開けて下さーい!』



 応答だけして外で谺を放置し、1戦遊んでいたりした。


 さて、4人が揃い席についた。

 


「凄いですね。これ全部はねるさんが用意したのですか?」



 用意されたのは1人鍋を主体にした懐石料理。鍋専用の台の中には固形燃料が燃えている。


 鍋の他にも刺し身や天麩羅、茶碗蒸しが美しく鎮座しており、金平や煮物等の小鉢が各種取り揃えられている。



「これでも1人前の板前さんだったからね。さ、食べよう。今日も美味しく出来ているよ」


「いただいてます」



 並べられた料理に驚き喜んでくれる事に、喜びを隠しもしないで得意気に胸を張る。はねるにとって、作った料理を褒められるのは最上の喜びらしい。


 大抵の料理は出来立てが1番美味しいのだ。


 既に食べ始めていた淀に続き、箸を取る。

 全ての料理の見た目もさることながら、当然の如く味も素晴らしい。


 どうやら4人とも、美味しいと黙ってしまうタイプのようだ。

 食べ終えるまで、黙々と箸を進めていた。



「3人とも、鍋の〆はご飯とうどんがあるけどどうする? ラーメンにも出来るよ」


「ラーメン」


「ご飯がいいです」


「うどんでお願いします」


「流石ボク、一人鍋で正解だったね。淀さんの鍋はいったん預かるよ、うどんとご飯は直ぐ持ってくるね」



 はねるは、自分と淀の鍋を回収してキッチンへ行った。鍋に残ったスープをラーメン用に味を整えるつもりだ。

 その間に、用意していた〆用のご飯とうどんを取り出して、新しい固形燃料と一緒にテーブルに戻る。


 2人の〆を手際よく済ませ、ラーメンの続きを開始する。そのままで食べるには、和風過ぎる(個人の感想です)。

 これまた手早く支度を済ませて、後は軽く火を通せば完成だ。態々固形燃料を出すのも勿体ない為、2つはキッチンのコンロで仕上げている。


 

「あっ、デザートもあるからね! プリンとジェラートと、中身は見てないけど和菓子らしいよ。お茶かコーヒーか紅茶かジュースか、飲み物教えて〜」



 キッチンから声を掛けて、ケトルで湯沸かしを開始させて鍋を持ってテーブルへ。

 千歳と谺の鍋を確認し、薬味を渡して完成だ。


 引き続き、黙々と食べ進めていく。4人の鍋が空になる頃、はねると淀がキッチンに戻る。



「コーヒーはお願いね」


「おうとも。ちーちゃん、まめー!」


「深煎の2番ブレンドでお願いします」


「うぃぃ」



 はねるは谺と自分のお茶を、淀は千歳と自分のコーヒーを用意する。


 お茶もコーヒーも、戸棚の中には幾つものケースに収められた様々な種類が並んでいる。

 この淀は、飲み物に少し拘りがあるらしく、コーヒー豆や茶葉を各種取り揃えて用意しており気分で飲み分けている。


 沸かしたお湯は少し冷めてきていたので、先にはねるがお茶を用意し、沸かし直して淀がコーヒーを淹れる。


 食後のまったりした空気が流れる中、お茶とコーヒーを用意している間、残された2人は近況の報告の様な雑談に興じていた。



「そういえば、動画配信サイトに[魔法院]の公式チャンネルが出来たらしいですよ。良かったらチャンネル登録して下さい。その内、私も出ることになるらしいので」


「ほぉ~……あぁ出て来ました、これで合ってますか?」


「はい、ありがとうございます。普段は院の日常や怪物対策等を投稿して、気が向いた魔法少女が自由にライブ配信もするらしいです」



 中々興味をそそられた千歳は、既に投稿されていた動画を流して谺と鑑賞をし始めた。


 お茶とコーヒーに拘っている2人は、まだ戻って来ない。



「この動画、はいるさんが出ているんですか。彼女が出るのは意外ですね」


「世間にもう少し、魔法少女を良く知ってもらう為だって言ってました。っ! 刑部さん、今日ライブ配信するって言ってましたよ! 始まってます!見ましょう!」


「良いですね、何かヘマをしてネタにされてほしいですねぇ」



 急いで動画を閉じて、配信のページへ移ると既に始まっている。



『…――ふむ、だから私を筆頭に[魔法院]を設立したのだよ。戦えない人々を守るために、命を賭して戦っている彼女達だ。その子達を守り、育てる場所を用意すべきだと考えた。それに、同じ魔法少女ではあっても、私は…戦える程の力は持っていないから…ね。傷だらけで戦う彼女達に、負い目があったのさ…。ん? 魔女はどうかって? 魔女は“悪”さ、敵ではないがね。人々を守る為に怪物と戦う魔法少女を“善”と呼ぶならば、それを脅かそうとする魔女は“悪”だろう。だから追っかけて捕まえるのさ。後は、犯した罪の重さにもよるけれど、大抵の場合は[魔法院]で性根を叩き直してから魔法少女として怪物退治に行ってもらう予定だよ―――』



「あまり面白くありませんね」


「はいるさんなら、この程度でボロは出しませんか」



 真面目な話を、真面目な格好でツラツラと講釈たれているのを見て、落胆する失礼な2人。もっとエンターテイメントじみた面白可笑しい配信を期待したのだ。まあ流石に、魔法少女代表かつ[魔法院]の長である彼女がバラエティ配信を出来るかと問えば難しいのだろう。そんな彼女が、後日からレトロゲームの実況配信をし始めるなんて誰が知っているのだろうか。


 ちょうど、はねると淀が甘味と飲み物を持って戻って来たのでこれでお終い。


 お茶の2人は栗羊羹、コーヒーの2人はプリンを食べてご飯の時間もお終いだ。

 

 夜道を歩かせるのは心配なので、はねるが変身して黄色の円を描いて谺の家の近くまで送って行った。直接でも送れるのだが、これでも3人は“魔女”なので近付き過ぎて見つかっては面倒なのだ。



「今日はご馳走さまでした、とても美味しかったです。それに送って頂いてありがとうございます」


「いいさいいさ。美味しかったならボクも嬉しいよ。また誘うし何時でもおいで、美味しいのを用意するからさ。近くまでは来たけど、もう夜遅いしボクも行こうか?」


「いえ、それはダメです。どう見てもはねるさんの方が夜道を歩いてはいけないタイプの人間です。お気持ちは嬉しいのですが、ここまでで大丈夫です。ありがとうございます」


「分かったよ。またね、おやすみ」


「はい。おやすみなさい」



 と、見送ったはねるは、こっそり谺の跡をつけて帰宅するまで見守っていた。

 確かに、見た目だけなら間違いなくはねるの方が幼いが、心は保護者だ。心配なのだ。


 ほっと一息ついて、黄色の円をくぐって姿を消した。

 



 






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