第94話 パブリックダンジョンの異変

「ふふふ。ゴ治郎が恋、ねぇ」


 最近見つけたこじんまりとした焼き鳥屋。店の奥にある唯一のテーブル席に通され、突き出しをつつきながら八乙女さんは笑う。


「まぁ、儚く散ってしまいましたけどね。最近はまたストイックになって格闘技の動画ばっかりみてますよ。サキュバスの広告が流れても即スキップです」


「サキュバスが魅了するのはモンスターだけなのかしら? 水野君は大丈夫だったの?」


 うっ。少しだけ八乙女さんの視線が厳しくなった気がする。


「に、人間にはそんなに効果はないみたいでしたよ。盲目的に惹きつけられる! みたいなのは生で見てもありませんでした。どちらかと言えば、バンシーの歌声の方が凄かったです」


「あぁ、この前言ってた洋館のバンシー。SMCに呼んだの?」


「そうなんです。召喚免許を取りましたー! って連絡があったので、サキュバスのライブの後にSMCで歌ってもらったんですよ。あれは正直、震えました」


「そんなに!?」


 テーブルに置かれた焼き鳥を口に運び、ハイボールで豪快に流し込んだ八乙女さんは見るからにご機嫌だ。


「歌声に身体が共鳴するっていうか、本当に凄かったです。持っていかれます」


「水野君がそこまで言うなんて珍しいわね。私も聞いてみたいわ」


「今、バンシーのライブについては段田さんと交渉中なんですよ。定期的にSMCでやれないかって。話がまとまったら八乙女さんも招待しますね」


「忘れないでね」


 ハイボールを空けた八乙女さんがおかわりを頼む。なんだろう。ちょっとペースが早いな。


「そうそう、水野君。パブリックダンジョンの件、知ってる?」


「えっ、何かありましたっけ?」


「駄目だよー、情報収集をさぼったら。はい、これ」


 八乙女さんはバッグから派手な表紙の雑誌を取り出した。都市伝説やらゴシップ、本当か嘘か分からないようなことが載っているやつだ。こんなの、八乙女さん読むの?


「この雑誌の中で未開発のパブリックダンジョン周辺の住民に健康被害が出てるって話題があるの」


「健康被害ですか?」


「そう。微熱が続くとか疲れやすいとかその程度なんだけど、全国のパブリックダンジョンの周辺で起こっているらしいの。それも未開発、要は誰も入ってないダンジョンでね」


「それ、ダンジョンは関係あるんですかね? こじつけにしか思えないんですけど」


 ハイボールを飲み干し、テーブルに置くと氷が崩れてカランと音がした。


「それが、本当らしいのよね。あまりに数が多いから民間の召喚者にも協力要請が来ているらしいわ。というか、来たわ」


 流石は日本サモナーズ協会の理事。協力要請がきたのか。でも、サモナーズ協会って実質はプライベートダンジョンのオーナー達の集まりなんだよな。そんな彼等がダンジョン探索に出向くとは思えない。


「多分、SMCでもパブリックダンジョンの調査員の募集をする筈よ」


 なるほど。そういうことか。子飼いの召喚者を向かわすと。


「これを放っておくと、ダンジョンや召喚モンスターに悪評が立ちかねないわ」


「俺、行きますよ」


「そう言うと思った。でも、行くとなれば気をつけてね。水野君とゴ治郎ならなんとでもなると思うけど、危ないと思ったらちゃんと逃げるのよ」


「大丈夫です! なんだかんだ修羅場は潜ってきましたから。それに、一人で調査するってわけではないでしょうし」


「そうね。嫌でも鮒田あたりはついてきそう」


 鮒田を思い出してか、八乙女さんは眉間に皺を寄せる。


「あり得る!」


 この数日後、パブリックダンジョンの異変はテレビニュースでも取り上げられるようになり、世間を騒がせることとなった。

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