第93話 歌姫
「遅いぞ晴臣!」
鮒田とその肩に留まった武蔵が手をブンブン振って抗議する。まだ12時30分の開場まで1時間以上あるのにもう召喚している。どれだけ楽しみなんだ……。
「遅くない。これでも早いぐらいだ。ただ待ってるだけだろ?」
「違う! 練習していたんだ!」
練習? なんの話だ? 自分達も出演するつもりなのか? 周囲を見渡すとライブハウスのまわりには鮒田と同じように肩に召喚モンスターを乗せた奴が目立つ。
「まぁ、いい。それで、チケットは持ってきたか?」
「当然だ! 晴臣の言った通り、あの洋館から女の声はしなくなったらしい。本当に助かった!!」
鮒田は封筒を大袈裟に取り出し、勿体ぶった様子で渡してきた。少々腹立たしいが、こいつはこういう奴だ。仕方ない。
「ゴ治郎はまだ召喚しないのか? きっとウズウズしているぞ!」
そんなわけない……。そう思いながら胸元から召喚石を取り出すとやけに点滅が速かった。
「ほらな! 早く召喚してやれ。このワクワクを一緒に共有するのだ!」
早く出せとアピールする召喚石を握り、ゴ治郎を召喚すると明らかにソワソワしている。
「ゴ治郎、そんなに楽しみなのか?」
「ギギギギッ!!」
満面の笑みが返ってきた。不思議とこちらまでテンションがあがる。これが、サキュバス・メグちゃんの力なのか……?
「よし、並ぼう!」
「ブイッ!」
「ギギッ!」
鮒田の呼びかけに武蔵とゴ治郎が呼応する。周囲もにわかに動き始めた。誰かが並び始めるとそれに続きたくなるものだ。どんどんボルテージが上がっていく……。
#
ライブハウスのステージの上には召喚モンスター用の小さなステージと観客席があり、ゴ治郎や武蔵はそこで待機している。俺や鮒田はそれを取り囲む人間用のスペースで開演を待つ。まるで授業参加にきた親のようだ。
──すっと照明が暗転したかと思うと、パッとステージの中央にスポットライトが集まる。そしてモンスター達から割れんばかりの歓声が上がった。メグちゃん、登場だ!
プロジェクターに映されるメグちゃんはボンテージ姿で、熱っぽい瞳が男を誘惑する。体のあらゆる造形が蠱惑的だ。映像にも関わらず手を出しそうになる。危険な魅力。
一歩あるいて妖艶な笑みを浮かべると、観客の召喚モンスターと召喚者からため息が漏れた。チラリ横を見ると、鮒田も熱のこもった表情をしている。人間の女には厳しい癖に……。
突然の重低音にメグちゃんのデスボイスが絡む。メグちゃん、メタルだったのか!? 召喚モンスター達がギターの音に合わせて頭を上下に振り始める。興奮するモンスター達の様子が映し出されると、人間達も共鳴するように暴れ始めた。
ライブ中盤、急に照明の雰囲気が変わった。色とりどりのハートマークがステージを照らし、曲調もポップに。すると、モンスター達がサッとステージ前にスペースを作った。ペンライトを持ったオーク達がそこに躍り出て、仁王立ちになる。まさか……ヲタ芸!?
中心に立つ武蔵の掛け声を切っ掛けに、オーク達のヲタ芸が始まった。練習ってのはこのことだったのか!? 一体、どこにあんな小さなペンライトが売っているんだ? 問いただそうと鮒田を見ると、満足気に頷いている。こいつ、金に物を言わせやがったな……。
メタルにポップ、アンコールではラップまで披露し、メグちゃんはステージから去っていった。終始、モンスター達は歓声を上げて踊り、それを見守る召喚者達も盛り上がった。ダンジョンを探索するでもなく、コロッセオで戦うわけでもない。今までにない召喚者とモンスターの関わり方だ。
「メグちゃん、凄かったな」
「晴臣、まだ終わりでは無いぞ! 来い!!」
「ブイッ!!」
鮒田とその肩にのった武蔵が親指を上げて合図をした。一体、何処へ行くつもりだ? ゴ治郎も分からないらしく首を捻る。
「何かあるのか?」
「いいから、付いて来い!!」
腕を引かれてライブスペースから出ると、鮒田はどんどん細い方へ入っていく。暗幕を抜けると急に明るくなって幾つも部屋が連なる廊下へ出た。これは完全に関係者以外は立ち入り禁止の場所だ。
「……鮒田、いいのか? 怒られるぞ」
「大丈夫だ! これを見ろ!!」
鮒田はポケットからカードを取り出し、首にかける。それには"STAFF"とある。
「お前、まさか──」
「それ以上は聞くな」
強引に渡されたSTAFFカードは本物っぽい。こいつ……握らせたのか?
「……もうすぐメグちゃんがそこの部屋に入っていく筈だ。直接お疲れ様を言うチャンスだ」
急に声を潜める。もうここまで来たら仕方ない。それに、ゴ治郎に思い出を作ってやりたい気持ちもある。
「……そろそろだ」
廊下に複数の足音が響いた。来る──。
「「お疲れ……様……です」」
「ブイ……ブイ……」
「ギギ……ィ」
鮒田と顔を見合わす。表情が暗い。武蔵は下を向いている。ゴ治郎もだ。
確かにメグちゃんはいた。召喚者の女性に抱えられて。しかしその横にはスラっとしたイケメンが付き添うように歩いていたのだ。手に召喚モンスターを抱えて。男の召喚モンスターは珍しい悪魔タイプで、恐ろしく顔が整っている。美男美女のカップルと美男美女の召喚モンスターカップル。なんだ、この敗北感は……。
「晴臣、すまなかった……」
一行が楽屋に入った後、ポツリと鮒田が呟いた。ゴ治郎と武蔵は魂が抜けたような顔をしている。このままでいいのか? 俺にしてやれることは……あるかもしれない!
「鮒田、ちょっと時間はあるか? SMCに行こう」
怪訝な顔をする鮒田の腕を今度は俺が引っ張った。
#
営業中にも関わらずSMCの店内は暗くなった。何事かとざわつくが、中央のコロッセオにだけ照明が当たると鎮まった。停電や事故ではない。何かが始まると察したのだ。
コロッセオの中に最初は青いドレスだけが現れ、次に少女のような姿が見えた。バンシーだ。
バンシーは軽くお辞儀をすると、フッと息を吐いた。音にならない振動が店内に走り、召喚者とモンスターが釘付けになる。
消え入るような声が徐々に大きくなり、コロッセオ全体を揺るがす。どこの言葉かは分からない。しかし心が揺さぶられる。
歌声を聴く。
それ以外、何も出来ないし考えられない。全てを持っていかれるような圧倒的な何か。それがバンシーの小さな体から発せられている。
「……」
鮒田はポカンと口をあけ、惚けていた。その肩にのる武蔵もだ。
首を捻ってゴ治郎を見ると、瞳が潤んでいた。
10分ほど経った後、店内の照明は元にもどった。もうバンシーの姿はない。誰かが拍手を始めると、それは連なり大きなうねりとなって店内を揺らす。
「ゴ治郎、どうだった?」
「ギギギッギ!」
「まだモヤモヤしてるか?」
ゴ治郎は首を振る。バンシーの歌声の前では小さなことなのだ。
「晴臣! さっきのモンスターは一体……?」
しばらく固まっていた鮒田がやっと動きだして声を発した。
「ああ。あれはお前が怖がっていた声の正体だよ。洋館の」
目を丸くして驚く鮒田の顔は傑作だった。
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