第92話 ご対面

 俺の左手の掌にはゴ治郎と、青白い女の形をした召喚モンスターがいる。女のモンスターは自分では歩けないほどぐったりしていて、声を出すのがやっとだ。


「……アッチ」


 そう指差された方に曲がる。六車のシシーもそうだったが、人間に近い姿のモンスターは結構はっきりと話すことが出来る。ゴ治郎も最初は頑張って練習していたが、何となくで意思疎通出来るようになってしまって、今はやっていない。


「……ココ」


 示されたのはなかなかに年季の入ったマンションだった。鮒田の洋館からは100メートルも離れていないぐらい。エントランスにセキュリティーなんてものはなく、そのままエレベーターホールまで行ける。


「何階だ?」


「……ゴ」


 さて、何をしているかというと、洋館の二階で動けなくなってしまった召喚モンスターを召喚者の元まで届けている。何かあったのだろう。召喚を解除されず、ぼんやりと窓の桟に座る女型のモンスターにはもはや敵意もなかった。ならば、召喚者と会話するのが早い。


 少々立て付けの悪いエレベーターはガタンと揺れてから止まり、少し間をおいてから開いた。切れかかった蛍光灯が不安定な光を放つ。あまり管理されていないようだ。


「……ミギ」


 指示通りに進んでいると、女のモンスターが扉を指差した。表札には"楠"とある。


「ここなのか?」


 コクリと頷く。時間は午前0時前。普通なら、どう考えても迷惑な時間帯。しかし召喚者の身に何かあったのは間違いない。ファミリータイプのマンションだ。一人で住んでいるとは考え辛い。


「よし」


 意を決してインターホンを押す。……中から物音がした。玄関に明かりが灯る。


"……はい。なんですか?"


 明らかに機嫌の悪い女性の声がインターホンからする。この人が召喚者?


「……夜分にすみません。お宅の召喚モンスターを拾ったもので」


"えっ!? 召喚モンスター? ゆうくん?"


 明らかに声のトーンが変わり、何やら部屋の中がバタつく。女性はインターホンから離れたのか、声はしない。


 玄関が開けられたのはそれからさらに10分ほど経過した頃だった。



#



「……お騒がせしました」


 先日はパジャマ姿だった女性が今日はスーツ姿だ。会社帰りなのだろう。通されたマンションのリビングはモノが少なくて生活感が薄い。


「……ほら、ゆうくんも」


「……すみませんでした」


 母親の横に座る男の子──高1だそうだ──は決まりの悪い顔をして謝る。


「あの日はいい運動になったよ。ゴ治郎もそう言っていたし。もうあの洋館に出入りしなければ問題ない。あそこのオーナーには俺から上手いこと言っておくよ。で、もう体調は大丈夫?」


「はい。しっかり食べて寝たら戻りました」


 あの日、この男の子はゴ治郎との戦いに夢中になりすぎて、限界以上に力を注いだらしい。召喚解除する前に意識を失い、召喚モンスターだけポツリと残されてしまったのだ。


「ところで、なんであの洋館に? まだ免許は取ってないんだよね? 外で無免許で召喚したら指導を受けることになるよ?」


「……えっと、あの、歌を聴きたくて」


「歌、かい?」


「はい。僕の召喚モンスター、バンシーなんですけど、すごく歌が上手なんです! でも本気で歌うと結構響くので、家で歌わせるわけには……」


 古いマンションで歌わせていたら、クレームが来るか。


「そんなに上手なの?」


「一度聴いて貰ったら分かります! なんというか、凄く癒されるんです!」


 急に元気になる。本当にいい歌声なんだろう。


「じゃ、ゆうくん。召喚免許を取ったら一度歌を聴かせてもらえないかな? それで今回のことはチャラにしよう」


「えっ、そんなことで……。しっかりお詫びはします」


「お母さん、いいんですよ。その辺はあの洋館のオーナーと話はついているんで」


「……でも」


「なら、ゆうくんの召喚免許の受験代をお願いします。何気に高校生には辛い額なので。そしてゆうくんは免許を取ったらSMCに友達を連れてきてね」


「はいっ!」


「じゃ、そういうことで。今日は失礼します」


 エレベーターホームまで見送りにきた楠親子は、こちらが扉を閉じるまでずっと頭を下げていた。なんだかくすぐったい気分だ。しかし、歌の上手い召喚モンスターなんているんだな。これは八乙女さんに報告しないと。連絡する口実を見つけた俺は、すぐさまスマホを取り出し、エレベーター内の電波の弱さにヤキモキするのだった。

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