第35話 気配

SMCでのバイト後、段田さんに誘われて焼き鳥をご馳走になってしまった。なかなかいいお値段がしそうな店で、上品に盛り付けられた焼き鳥を個室でしっとり頂く感じ。ハイボールですらオシャレなグラスで出てくるようなところだった。


そこまでお膳立てされたら話さない訳にはいかない。段田さんとは庭にダンジョンが出来た同志という思いもある。それに、今まで誰にも話していなかったせいで、実は溜まっていたらしい。酒の後押しもあって、ドバッとダンジョンやゴ治郎にまつわるネタを話してしまった。


段田さんは結構驚いていたが、納得もしていた。ゴ治郎の強さはそこにあったのかと。「SMCと提携しませんか? ご実家のダンジョン」なんてことを言われたが、流石に遠過ぎると断った。それに、裏庭ダンジョンは独り占めにしたいという、子供っぽい思いが俺にはある。


一方の段田さんはまだ一人暮らしで奥さんと娘さんは戻って来ないらしい。ここからが勝負です! と意気込んでいた。SMCは上々のスタートを切ったので、このままいけばきっとかつての生活を取り戻せるはずだ。最後は段田さんを励ますような形になり、お開きとなった。



電車を降り、我が家たるアパートへ歩いていると急に寒気を感じた。酔いがさめたのだろう。リュックからマフラーを取り出そうと立ち止まると、背後からバタつく足音が聞こる。急に止まるなよ、とでも言いたげな。


一度気になると耳につくもので、背後の足音がずっとついてくる。まぁ、同じ方面なのだろう。そう言い聞かせて歩いていたが、やはり怪しい。細い抜け道に入っても足音はある。これ、同じアパートの住人か?


流石に気持ち悪くなって後ろを振り返ると、バッと隠れる人影。これは、尾行されていた? それにしては下手じゃない?


「……あの、誰かいますか?」


「……いません」


いるな。少し待っていると観念したのか、パーカーをかぶった女の子が街灯の下に出てきた。アーモンドアイがこちらを見つめる。


「何か用ですか?」


「うーん、お誘い?」


女の子は首を傾げる。ちっ、可愛いでやがる。しかし、騙されるな。こいつは罠だ。少し話しただけで何万円も取られる可能性がある。すっと向きを変えて歩き始め──。


「ちょっと待って!」


「何でしょう?」


「あなた、ゴジロウよね?」


惜しいけど、違う!


「ゴ治郎の召喚者です」


「やっぱり! SMCで一度見たことあって、凄く印象に残ってたの! そしたら今日、同じ電車にいるじゃない? つい追いかけてしまって」


「お客さんでしたか、いつも有り難うございます。では、おやすみ──」


「ちょっと待っててば!」


「何でしょう?」


「あなた、私と一緒にウチのダンジョン攻略してみない?」


えっ? 絶対罠じゃん。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る