イザークの考察
イザーク・ドリューは、まだ二十三歳という若さでありながら祖父ヘンドリクスから侯爵位を賜った。
イザークの生みの親であるアーカスをすっ飛ばしての爵位継承であったものの、彼の優秀さを前に表立って抗議する者は誰一人いなかった。
そんな優秀なイザークは、遥かなる悠久の時を超え再び仕える事が許された自分の唯一の主人を、呆れを通り越して困った目で見ていた。
「殿下……またオリヴィア様の夢に勝手に渡って、前世の記憶に干渉しましたね? 先程見かけた時に、殿下の魔力の残滓が纏わりついてましたよ」
「あれ? 君には気付かれるんだ。僕もまだまだだね」
そう言って屈託なく笑う目の前の美青年は、全然悪いと思っていなさそうだ。
「だってさー。僕の可愛い可愛いオリヴィアが、いつまでもあんなくだらない男に囚われてるなんて、かわいそうだろ? 妻の憂いを払ってあげるのも、夫である僕の務めじゃないか」
「………」
まだ婚約の段階であり、夫婦ではないでしょうとは流石のイザークも言えなかった。
「それに、夢が全て嘘ってわけでもない。
アレクセイがいう『アイツ』とは今世では王国魔法師団総督の嫡男であり、四魔貴族の最後の一人であるヒューゴ・インパルスの事だ。
見た目はいいのに今も昔もこちらがドン引きする程の魔法オタクで、魔素の少ないこの世界でいかに新しい魔法を編み出せるか色々試しているらしい。
「上位魔法は二人で"異界渡り"って名付けたんだけど、夢を通して亜空間をこじ開けて、異世界に干渉出来るんだ。それでね、目的の人物さえいれば、それを座標にしてそいつの夢に干渉して……」
小難しい事を言ってはいるが、要するに前世でオリヴィアをいたぶった男女の夢にアレクセイ自身が無理やり入り込んで悪夢を見させ続けているらしい。
通常であれば学会発表ものであるが、使い道が非常に限られるのと、万が一にでもオリヴィアにバレるのを防ぐためこの研究はお蔵入りする事が確定している。
「ヒューゴ曰く、魔術回路に使う魔素不足は聖光気で十分補えるらしくって。でも、カテリーナはジークが目を光らせてるから無理だろ? そこで、もう一人の聖女であるアイリスが協力してくれてるらしいよ」
「殿下、その事で少々面倒な事が……」
♦︎♦︎♦︎
ヒューゴはなんと数日前からアイリスを連れて姿をくらませており、捜索隊を派遣するかどうか話し合われていた。
会議室にて集まったのは、イザークとアレクセイの他にジークハルトとロベルトだ。
「それで?ヒューゴの行方は知れたのか?」
アレクセイが本題を切り出した。
「まぁ、探さなくても大体の場所はわかりますがね。多分隣国との境目にある奴の別邸じゃないかと……連れ戻しますか?」
ロベルトはさして興味なさげにアレクセイへと尋ねた。
「僕はどちらでも構わないけれど。イザークは、ドリュー家当主として抗議文くらいは送るべきなんじゃないの?」
「……そうしたいのは、山々なんですが……私の立てた仮説をヒューゴに聞かれてしまった事が、おそらく今回の発端かと思うと、どうも動きづらくて」
「なるほどね。その仮説とやらを聞かせてくれる?」
イザークは、良過ぎる視力を矯正する眼鏡を押し上げつつ口を開いた。
「……はい。まずは、カテリーナが前世でしていたというゲームとこの世界が酷似していて、アイリスを殿下方が取り合う予定だったという点ですが。──あながち荒唐無稽な話でもないと思います」
イザークは、アイリスとオリヴィア達三人は魂レベルで近いものがある事を感じとっていた。
「アイリスは魂の器が他の人間よりかなり大きい。私は初めに、アイリスという肉体に女神の魂が三人分入り込んでいる可能性がある、という仮説を立てていました。しかし……逆だったのではという説が今は大きいです」
「……逆、とは?」
「
「……」
「そんな、まさか……」
「本来であれば、魂の残滓はバラけてしまい型を維持出来ずに瓦解しますが、殿下の秘術に三人分の魂が絡め取られ、そのまま人間へと転生したものと思われます」
あまりの突飛な考察に其々息を飲む音が聞こえた。その沈黙を破ったのはアレクセイだった。
「……なるほどね。元々無機物だから、魔力の割に神力がかなり残っているのか。通りで人間に興味を持たないヒューゴが、やけにアイリスに心酔してると思っていたんだ。アイツは昔から魔法生物や魔道具に目がない」
「女神は未来予知や危機察知の福音も持っています。女神の残滓を宿した土人形がもたらす影響を、カテリーナなりに分かりやすく自分がやっていたゲームに置き換えた可能性が高いです」
イザークは眼鏡を押し上げ、訥々と語っていく。
「……カテリーナは他の二人に比べると、まだ女神としての神格が多く残ってます。本人に自覚はないのでしょうが……。前世で送っていた生活になにか関係があるかも知れません」
イザークのこの言葉を聞いたジークハルトの瞳が鋭く光る。
「カテリーナは前世の話をすると酷く怯える。追求する気はないし、この俺が許さない」
義兄であるイザークの追求の姿勢に、ジークハルトは警戒心を露わにした。暑苦しく威嚇してくるジークハルトを、イザークは鬱陶しそうに片手を振りながらいなした。
「わかってますよ、全ては今更です。まったく、義弟の分際で生意気ですね。……正直私も、この状況が一番ベストだと思ってます」
アイリスの捜索は、継続しつつ様子を見て救出に乗り出す事で話がまとまった。
「まぁ、ヒューゴの普段からのアイリスへの執着具合をみても、そこまでひどい事はしないだろう」
♦︎♦︎♦︎
今後の方針が決まり各々解散していく中、イザークは感慨深くアレクセイ達を見た。
ここに居る男達は自ら望んだこととはいえ、気が遠くなる程の長い時間を消費したのだ。
「……ようやく、長き輪廻から解き放たれるのですね。我が君」
このセリフを聞いてアレクセイは少し瞠目した後、泣きそうな、それでいてとてもいい笑顔でイザークを見た。
「……ああ、お前には僕の我儘に付き合わせてしまって本当に申し訳なかった。僕と同じ目的の二人や、楽しそうだからと勝手に付いてきたヒューゴとは違って、お前は僕への強い忠誠心から辛い術に絡めとられたのだから……」
「貴方様の幸せは、我が幸せでございます」
イザークはアレクセイに慇懃に腰を折り、忠誠を示した。
魔族は強さに惹かれる。これほど素晴らしい主人は他にいない。この人が王となればこの国はもっともっと発展するだろうとイザークは確信しているのだった。
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