聖光気
三人で協力しながらドレスを脱ぎ、薄いコルセットを胸に巻いていく。それぞれの髪色に合わせた短髪のカツラを被れば、とんでもない美少年三人組が爆誕した。
ドリュー邸の隠し通路から外に出て、使用人が使う転移陣を使い街まで一気に飛ぶ。
流石王国の首都リンデロンは華やかだ。美しい石畳の清潔な街並み、ヨーロッパを思わせる様な可愛らしい店の数々、行き交う人々の喧騒。
三人で固まって動いても効率が悪いという話になり、ロベルトがリストアップした孤児院へばらばらに向かい情報を収集する事になった。
「それじゃ、この魔石がカイロみたいにあったかくなったら大体一時間。この鳥の口から鳴き声が聞こえたら二時間よ。ついでに位置特定と危険察知も付与しておいたから、何かあれば魔力流してね!」
オリヴィアから「初めて作ったから不格好だけど……」と言って照れながら手渡されたのは、可愛い鳥型の魔道具だった。
自作の魔道具を作成するなど、有名な魔術学園在学中に出来るかどうかという偉業でもある。オリヴィアのチート過ぎる魔力調整に慄きながら、今後の流れについての説明を聞いた。
特定した孤児院は全部で三箇所。
『溺愛クロス*ラヴァーズ』のヒロインはカスタマイズ可能で名前も自由だったから今の時点では特定不可なのだ。
もしヒロインらしき人を見つけたら、名前の確認や特徴を覚える事を目標に、三人は一旦解散した。
♦︎♦︎♦︎
そして、カテリーナは自分の運のなさを失念していた。
「おい、ガキッッ! 聞いてんのか、コラッ! 金よこせって言ってんだよ」
見張り役が一人、脅し役が二人。ミレイユとオリヴィアと離れてからまだ三十分しか経っていないにも関わらず、目当ての孤児院にたどり着く事なくカテリーナは
最悪魔法を使うことも出来るが、魔法が使えるのは貴族の証となり、事をさらに荒立てる事態に発展しかねない。その上、カテリーナは体内に感じる持て余すほどの膨大な魔力を制御出来る気がまったくしないのだ。
カテリーナが"ここは何とか穏便に……"と考えを巡らしていた所で、暴漢の一人がカテリーナの顎を乱暴に掴み上げて顔を寄せてきた。
突然の事に恐怖から身体中が強張り、男の口から漂う饐えた臭いが鼻について思わず顔を顰めてしまう。
「おい、見ろよっ! コイツ、なかなかいい顔してるぞ! 売ればいい金になるんじゃないか?」
「ああ? どれ……、おおッ! 髪が邪魔でよくわからんかったが、こいつは……高そうだな」
男達がカテリーナの顔を見てごくりと唾を飲み込んだのを見て、ゾッと背筋に冷たいものが走る。
そんな緊迫した空気をぶち壊す勢いで、耳をつんざく甲高い声が路地に響いた。
「貴方達ッッ!! 少年が嫌がっているでしょう?! 今すぐそこの少年を離して、ここを去りなさーいっ!!」
棒読みの声がする方へと顔を向けると、フワフワのストロベリーブロンドを肩まで伸ばし、煌めく七色の虹彩の瞳をした可愛らしい少女が立っていた。
少女は挑戦的な目で男達を一瞥すると、軽やかな足取りでカテリーナと暴漢の間へと滑り込んできた。
少女のあまりの突飛な行動に、カテリーナも破落戸達も唖然となりその騒ぎのせいで、路地の外が俄かに騒がしくなった。
「お、おい!ずらかるぞ!!」
破落戸達は焦って走り出そうとするが、少女がその腕を掴んだ。
「はあっ?! え、ちょっと……っ! ちゃんと彼の事襲ってくれなきゃ……」
「うわっ!! ……んだ、てめーはさっきから! ──離せッッ!!!」
破落戸の一人は少女に掴まれていた腕を振り解くと、勢い余って近くに立て掛けてあった廃材に拳が直撃した。
廃材は大きな木の角材や太い鉄筋を纏めていたもので、それが音を立てて少女の方へ大量に倒れ込んできた。
(────危ないッッ!!!!!)
頭で考えるよりも、体が先に動いていた。カテリーナは咄嗟に少女を庇い、力強く抱き寄せる。
その瞬間。
カテリーナは体中から無数の光を放ち、少女と周辺一帯を包み込む。倒れてきた木材や鉄筋はスローモーションのように元へと戻っていき、少女とカテリーナは呆気にとられて座り込んでいた。
いまだにカテリーナから発せられる光は消えず、オーロラのようにふわふわと漂っている。カテリーナはこの光景に見覚えがあった。
ゲームのオープニングでヒロインが放つ聖なる光。
(これは、聖光気……? これが発したという事はつまり……)
回らない頭で考えを巡らせていると、固い革靴の音が近づいてきた。
「おい!大丈夫か!!」
カテリーナはビクリと肩を震わせ、声のする方を向いた。
そこには、見習いの警邏服を纏ったジークハルトが立っていた。状況をまだよく理解していないのか、怪訝な瞳でカテリーナと少女を見ている。
聖光気を纏えるのは必ず女性であり、教団に聖女として囲い込まれる事を意味している。
────教団に囚われる。
その考えが一瞬でも頭を過ったら、もうダメだった。カテリーナは前世の記憶と今世の記憶がごちゃ混ぜになり、今すぐこの場から立ち去らねばとしか考えが浮かばなかった。瞳からは、勝手にポロポロと涙が出ている。
幸いまだこの場にいるのはジークハルトと見ず知らずの少女だけだ。カテリーナはジークハルトへと駆け寄り縋るように見上げた。
「お願い……っ!! この事は、誰にも言わないで……ッッ!!」
縋るように見上げてくる人物を見て、ジークハルトの切れ長の焦茶色の瞳が見開く。
「お前……っ、……カテリーナ嬢?」
ジークハルトが混乱している隙をついて、カテリーナは聖光気を纏いながら走り去ったのだった。
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