怪獣の棲む国

@uji-na

第1話 笑い葬式①

 全く見ず知らずの人間の葬儀に出るというのは、少し珍しい事かもしれない。

 その日私は、会社の上司の代理という形でその故人の通夜に参列することになった。

 長時間電車に揺られて着いた場所は、電灯もまばらな片田舎で、駅前のタクシーを拾ってから式場までには、さらに一時間以上もかかった。

 既に辺りは薄暗い。

 大名屋敷の様な家の門前には、左右一対の提灯がぼんやりと明かりを灯していた。

 今時珍しい自宅葬というものらしいが、確かにこれだけ立派な家であれば、下手にセレモニーホールを使う必要もないのかもしれない。それについては別に不思議でも何でもないのだが、一つ気になったのは参列者の顔が皆一様に明るいという事だった。

 ――ワハハハッ。

 広い庭先の一角でどっと笑い声が上がった。

 目を向けると、大きな松の木のすぐそばに人だかりができている。その中心にいるのは品の良さそうな婦人だった。通夜が始まってから知った事だが、彼女は故人の奥方なのだという。夫を亡くした湿っぽさは、喪主の表情からはまるで窺えない。

 にんまりとした笑顔を貼り付けて、参列者と何やら話をしているようだった。


 延澤のぶさわ京之介きょうのすけ、享年六十六。

 笑顔の遺族や参列者達とは対照的に、遺影に映る彼はひどく仏頂面でこちらを睨みつけているようだった。

 坊主は、陽気に歌でも歌うような調子で経を読みあげるし、参列者はお構いなしに談笑を続ける。何とも不思議な光景が広がっていたが、司会の話では、この辺りの地域には古くから死者を笑顔で送り出す習わしがあるという。

 悲しむのではなく、故人を偲んで楽しく語らう事によって、親しい人の死を前向きに受け入れる事ができる。

 と言えば聞こえは良いが、焼香の順番待ちの際に、故人とはまるで無関係な井戸端会議に花を咲かせる年配女性達を見ると、単にマナーの悪さを風習と言って取り繕っているだけのようにも感じた。


「――本日は皆さまに、お通夜の焼香を賜りましてありがとうございました。家族一同、心おきなく京之介と別れることができました事、心から感謝しております。心ばかりではありますが、別室に酒肴の用意をいたしました。どうぞ、今しばらくお付き合いいただき、故人の在りし日の思い出話などを聞かせていただければ幸いです。本日は誠にありがとうございました」


 あの奥方の挨拶が終わると、会場はわっと盛り上がった。

 どこからか万歳三唱まで聞こえてきて、本当にこれが葬式なのか私は分からなくなってしまった。

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