第27話 時橋 深夜

僕の名前は時橋 深夜(ときはし しんや)。

大手企業関連の子会社で働いている。

役職が部長であるため、それなりの稼ぎはある。

30歳で妻の朝日(あさひ)と結婚し、2人の子供を授かった。

長女の昼奈(ひるな)と次女の夕華(ゆうか)……2人は近所で有名な美人姉妹ともてはやされている。

昼奈は明るく活発な子……成績はいまいちだが、誰とでも仲良くなれるコミュニケーション力がある。

夕華は姉の昼奈とは対称的で少し人見知りな性格だが……成績はとても優秀で将来有望な子だ。

女ばかりの家庭故に少し肩身が狭く感じることはあるものの……それなりに仲良く暮らしてきた。


「……夜光です。 よろしく」


 ある日……我が家に1人の少年が訪ねてきた。

名前は夜光(やこう)……孤児院で育った親なしの子だ。

友人の紹介で我が家に新しい家族として加わることになった。

とりわけて外見が整っているわけでもなく、特別な才能もない普通の子だが……大人しくて他人を優先する子で扱いやすい子ではあった。

僕の稼ぎからすれば子供が1人増えたところでさほど支障はないが……正直僕はあまり乗り気ではなかった。

そもそも夜光を紹介されたのは僕だが、引き取りを承諾したのは妻の朝日だ。

友人の話を聞いて夜光に同情を寄せつつ、”男の子がほしい”という個人的な理由で引き取ると言ってしまった。

情けない話だが、僕は昔から妻に頭が上がらない。

妻は決断が早く、意思のはっきりとした女性だ。

対して僕は意思が弱く、優柔不断だ。

そのため、家族の決定権は自然と朝日が握ることになった。

それを不満に思ったこともなくはないが、かといって強く反対したいと思うこともなかった

夜光のことも、女ばかりの家庭にバランスを保たせてくれると受け入れることにした。


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 家族が5人となったことで少しにぎやかになったが……特段それ以上の変化はなかった。

毎日会社へ出勤し、遅くまで仕事に追われ……そして家族が待つ家に帰る。

それを永遠と繰り返す日々……それが家庭を持つと言うことなんだと自分に言い聞かせていた。

だけどいつからか……それが途方もなく空しく感じ始めてきた。

専業主婦である朝日は毎日家事をしてくれるし、子供達の面倒もしっかり見てくれている。

子供達だって僕を父として慕ってくれている。

昼奈はいつもパパと呼んで僕に甘えてくる。

感情をあまり表に出さない夕華だって、口調は厳しいが僕をないがしろにはしない。

血がつながっていない夜光も僕を父と呼んで尊敬してくれている。

他人から見れば、何もかも満たされた理想的な家庭だろう……でも僕の心にはいつも何かが引っかかっていた。

家族は僕を夫として……父として必要してくれている。

会社は多忙ではあるが、優秀で気の良い同僚や部下達に恵まれている。

絵に描いたような幸せを僕は手にしているのに……どうしてこうも心がざわつく?

一体僕は何を求めているんだ?

僕はいつも己自身に問いかけていた。


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 その答えに気付いたのは子供達が高校生になった頃だったか……。


「実はね・・・彼氏ができちゃいました!」


 年頃になった昼奈が顔が整った彼氏を我が家に連れてきたのには驚かされたな。

名前は西岡 リョウ……聞けば家柄も良く成績も優秀らしい……娘の相手としては申し分ない。

夜光とは同級生なようだが……夜光とは何もかもが違う。

これも育った環境故か?……いや、そもそもきちんと親の血を受け継いだ子供と他人でしかない孤児という圧倒的な違いがあるんだ……差が出るのも当然だな。


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 昼奈がリョウ君と付き合いだしてから少し経ったある日の夕方……。

その日もいつも通り……仕事を終えて会社から家へと帰宅していた。

普段より仕事が早く片付いたので早めに帰路についた……普段歩く物静かな漆黒の世界とは違い、この日歩いていたのは赤く彩られたどこか寂しい世界だった。

彩りが変わっただけであとはいつもと同じく、見慣れた道を進むだけ……。

なんとも空しいものだ……。


「ねぇおじさん! 今暇?」


「えっ?」


 いきなり背後から声を掛けられて一瞬ビクついてしまったが……その場ですぐ振り返ると、そこには昼奈と同じ制服を身にまとった少女が僕に微笑みながら立っていた。


「きっ君は?」


「あたし、リカ! 今ちょっと暇しててさ。 おじさんもしよかったら、あたしと”いいこと”しない?」


「!!!」


 リカと名乗る少女はいきなり僕の腕に絡みつき、恥じらいもなくその胸のふくらみを僕に押し付けてきた。

僕は女に耐性のない思春期男子のように、思わず硬直してしまった。

ほのかに鼻孔を刺激する甘い香り……透き通るような瞳……サラサラの髪……張りのある肌……。

妻以外の女を知らない僕にとってそれは猛毒に近かった。

子供が生まれてから活動を停止していた僕の下半身も……若い少女の刺激で目を覚ましてしまった。

だがわずかに残った理性が、僕の脳裏にある言葉を浮かび上がらせる。

それは最近よく耳にする”パパ活”というもの。

いい年した男が金と引き換えに若い女の子と関係を持つと言う愚かしい行為だ。


「いっいや……僕は……」


「あたしね? 最近周りとうまくいってなくて寂しいんだ……だからすごく人恋しいんだ……」


「でっでも……」


「おじさんもつらいんじゃない? あたしが慰めてあげよっか?」


「!!!」


 まるで全てを見通す聖母のような笑顔……下半身で若い肉体を欲する僕のブツを幼い子供のように優しくなでる少女の仕草に、僕の心で何かが音を立てて壊れた。



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 気が付くと……僕はホテルの部屋のベッドで横になっていた。

隣には先ほどの少女……リカが甘えるように僕の腕に絡みついていた。

互いに一糸まとわぬ姿で、汗だくとなって息も荒立っている。

若い肉体に己の欲を全て吐き出したことで、僕はこの上ない冷静さを得られた。

そして僕は悟った。

僕は……未成年の少女と淫行に走ってしまったんだ。

世間にバレれば僕は全てを失うだろう……。

悔いるべき場面であるにも関わらず、僕の心は今まで感じたことのない爽快感に包まれていた……まるで付き物が落ちたかのようだ。


「おじさん……とっても素敵だったよ? あたしまた……おじさんと過ごしたいな」


「リカちゃん……」


 僕は吸い寄せられるように彼女と唇を合わせた。

その時僕はやっとわかった……自分がずっと何を求めてきたのか……。

僕は……”癒し”を求めていたんだ。

毎日必死に働いて稼ぎ……たまの休みも家族サービスに時間をそぐ日々……。

それを家族は当たり前のように僕に求めてくる……夫として父としてそれは義務だと自分に言いつけてきた。

でも僕は心のどこかで……癒しという名の見返りを求めていたんだ!!

それがどれだけ恥知らずなことであるかは理解してるつもりだ……でも僕だって1人の人間だ!!

仕事に疲れることもあるし……家族に時間を捧げることが苦に感じることもある。

でもこの時この瞬間だけは……そんな悩みがちっぽけに思えてしまう。

リカは……僕の心を救ってくれた!

彼女は僕の救世主……女神だ!!


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 それからというもの……僕は幾度となくリカと愛をはぐくんでいった。

彼女が僕の心と体を満たしてくれるおかげで人生がより充実するようになった。

家族の目を掻い潜って逢瀬を重ねる背徳感が僕達をさらに刺激的な快楽へと誘い……僕は狂ったように彼女の体を求めた。

多少美しさを保っているとはいえ、子供を2人も生んだ40代後半の朝日を女として求めるなんてもう僕にはできない。

むしろ、あの程度の女を妻として生涯愛そうとしていたかつての自分が愚かしく見えるくらいだ。


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 そんな僕の晴れ晴れとした人生に暗雲が立ち上る事件が起きた。

夜光が学校で強姦未遂事件を起こしたのだ。

しかもその被害者は僕のリカというではないか。

僕は朝日と共に学校とリカの両親に謝罪し、どうにかその場を収めることができた。

夜光は事件の責任を負う形で退学処分となったが……僕の怒りはその程度では収まらない!!


「この恥知らずが!!」


 ボカッ!!


 僕は怒りに任せて部屋にいる夜光を殴りつけた。

元々血のつながりもない赤の他人……何度殴りつけても僕は少しも心が痛まなかった。

いっそのこと殺してしまいたいとも思ったが、さすがに犯罪者にはなりたくなかったので気持ちを抑えた。



「出ていけ!!」


 僕はうずくまる夜光を家の外へと引きずってやった。

僕のメンツに泥を塗っただけでなく……僕の愛しいリカに手を出そうとしたんだ……もうこいつをここに置いておく理由はない。


「お前のような奴を引き取ったのが間違いだった! 今すぐ消えろ!!」


「女の子を襲うような男は家族じゃありません! 2度と私達の前に現れないで!!」


「家族の名前に泥を塗ったあんたなんて、弟じゃない! お姉ちゃんなんて呼ばないでよ!! 気持ち悪い!!」


 朝日と昼奈もこんな汚らわしい男を受け入れる気はないようだ。

まあ当然か……。


「!!!・・・あぁぁぁぁ!!」


 狂ったような声を上げて夜光は闇の彼方へと走っていった。

信頼していた昼奈からの平手打ちが応えたのだろうが、自業自得だ。

僕達の知らない所で勝手にのたれ死ね!!

二度と僕のリカに近寄るな!!


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「リカ……大丈夫だったか?」


「うん、大丈夫」


「あいつとは縁を切った。

もしもリカの前にまた姿を現したら言ってくれ。

今度こそ刑務所にぶち込んでやる!!」


「フフ……ありがとう、深夜さん」


「リカ……愛してるよ」


 僕は深く傷ついたリカを労り、普段の倍以上の金を彼女の貢いだ。

これで彼女の心が癒されるなら安いものだ。


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「これはどういうこと!?」


「そっそれは・・・」


 夜光を追い出してからしばらく経ったある日……帰宅した僕を突然怒り狂った朝日が問い詰めてきた。

内容は僕とリカの不貞関係だ。

テーブルには僕とリカが路上でキスした写真とホテルに2人で向かう写真が置かれていた……一体どういうことだ!?

たった2枚だけの証拠写真だが……とても言い逃れできるものじゃない。

まさか朝日の奴……探偵でも雇っていたのか?


「この子と浮気していたの?」


「ちっ違う! そもそもなんでそんな写真を・・・」


「そんなこと今はどうでもいいでしょ!? 今はこの写真の真意を話しなさい!!」


 僕はどうにか言い訳を述べようとしたが……もう無理なようだ。

僕は諦めて全てを白状することにした。

長年夫婦として付き添ってきたんだ……きちんと話せばわかってくれるはずだ。


「何がパパ活よ! 浮気だけじゃ飽き足らず 家族のための大切なお金まで貢いでいたなんて、恥を知りなさい!!」


 バチンッ!


 だが僕の期待は見事に裏切られた。

朝日は僕に罵声を浴びせてきた挙句、平手打ちまでしてきやがった!

ふざけやがって……一体誰のおかげで今まで専業主婦なんて家政婦もどきなお前がのんびり暮らせてこれたと思ってんだよ!!

朝日は僕の言葉に耳を傾けようともせず、離婚と慰謝料を突き付けてきやがった!!

僕はこれまで抑えてきた怒りがとうとう爆発してしまった。


「クソッ!言いたい放題言いやがって!! 僕がどれだけ仕事で頑張ってきたと思ってるんだ!?

毎日毎日遅くまで働いている僕に労いの言葉も掛けず、それが当たり前みたいな目でいつも僕を見下しやがって!!」


 それからは朝日との罵り合いが続いた。

怒りに任せて言っていたので内容はもうよく覚えていないけど、もういい。

こんな理解のない女とこれ以上話し合っても無駄だ……。

僕は朝日と離婚することを決意した。

親権は朝日に譲った……まあ状況的に僕が親権を取れる訳がないが……これといって未練もない。

会社も今回の一件が原因で懲戒免職となった。

今まで会社に貢献してきた僕をあっさり切り捨てやがって……同僚や部下達も僕のことを汚物を見るような目で見やがって……あの恩知らず共が!!

親戚一同もみんな僕を見捨てた。


 僕はわずか数日で全てを失った……家族も金も積み上げてきたキャリアも全て……僕はリカと愛し合っていただけだ!!

それを不倫なんて下劣な行為と一緒にしやがって!!

どいつこいつも馬鹿ばっかりだ。


 もう僕には……リカしかいない。


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「うっ!!」


 ある日……僕は街を歩いているリカの後をつけ……薬で眠らせて僕達の新たな住処へと運んだ。

可哀そうなことに、彼女は両親に追い出されて仕事漬けの毎日を過ごしているらしい……だからサプライズもかねて彼女にはゆっくり眠ってもらうことにしたんだ。

僕って紳士だろ?


「あっあんたは!! っていうか、ここどこ!?」


「ここは僕達の愛の住処だよ」


ここは農家だった祖父が作物を保管するために使っていた地下室。

リカと過ごすために必要な家具等は買いそろえてきたから住む分には問題ない。

とはいえこんなボロボロの地下室をリカが簡単に受け入れるはずがない。

だけど今の僕にはここ以外に居場所はない。

彼女には悪いが……この環境に慣れてもらうしかない。

だって僕のリカをほかの男の視界に映したくないからな!


「僕達は死ぬまで一緒だ。 愛してるよ、リカ」


「いっいやぁぁぁぁ!!」


 僕はこれから始まる2人の未来のために、彼女を拘束して新たな人生のスタートを切った。

最初こそ、リカは僕を拒絶するような言動を見せたけど……僕が”誠心誠意”彼女と向き合い続けたことで少しずつ彼女の心が開き始めてくれた。


「深夜さん……愛してます」


「僕もだよ……」


 新たなスタートから10年が経った今……僕達の心は完全に1つになった。

リカは僕に従順な理想的な女性となり、僕のお願いを何でも聞いてくれるようになった。

やっぱり僕達は運命で結ばれていたんだね。


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 リカとの生活を満喫していたある日、僕は昼食を買いに外に出ていた。


「おぉぉ……」


 偶然入ったコンビニで俺の視界に映ったのは、リカレベルに可愛らしい女の子だった。

彼女を見た瞬間にこの子を自分のものにしたい欲求が沸々と沸き上がってきた。

僕とリカとこの子の3人で……一緒に暮らすんだ。

リカだってわかってくれるはずだ!


※※※


「いやっ! 何するの!?」


「いいから来るんだ! 僕が一生幸せにするからさ!」


 コンビニを出て人気のない路地に入ったその子の腕を掴み、僕は僕達の住処へとエスコートしようとしたんだけど……照れているのか言うことを聞いてくれない。

仕方ないが、リカ同様に眠ってもらおうか……。


「おい! 何をしているんだ!!」


「なっなんだよ!!」


「大人しくしろ!!」


 だがその時……巡回中の警官に取り押さえられてしまった。


「はっ放せ!」


 俺はその場で身動きが取れず……誘拐の現行犯で連行されてしまった。


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 その後の取り調べで僕は潔白を訴えたが、警察連中は聞き入れることはなく、さらには僕とリカの愛の住処を防犯カメラ等の証拠で突き止め、彼女を保護したらしい。

後の裁判で……僕は誘拐未遂と監禁の罪で終身刑を言い渡された。


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「ちくしょう!! リカに会わせろぉぉぉ!!」


 鉄格子のなかで何度もそう叫んだが……空しく刑務所内に響き渡るだけで誰も耳を傾けてくれなかった。

風の噂でリカが地方の精神科病棟に入院することになったらしいが……僕は彼女に会うどころか電話や手紙といった連絡すら禁じられている。

僕はこの冷たい牢獄の中で死ぬまで1人で生きないといけないのか?

なんで……こうなってしまったんだ?

なんでリカと離れ離れにならないといけないんだ?


 一体僕はこれから……どうしたらいいんだよ……。

誰か……僕を……僕を見てくれよ……。



〈次は朝日視点です。 次で終わりたいと思います。 by panpan〉

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