第26話 時橋 夜光⑪

 判決から5年の間、俺は薬物依存から抜け出すためのプログラムを受けることにした。

誠児はスタッフに無理を言って、俺が受けるプログラムにサポーターとして参加させてもらっていた。

俺はそこまでしなくてもいいと1度は断ったんだが、誠児本人が断固として参加を希望したため諦めた。

まあ、内心嬉しい気持ちはあった。

依存から抜け出すなんて言葉にすれば簡単だけど、実際は過酷だった。

副作用で襲ってくる精神的な苦痛に、薬物を使わずに耐えないといけない。

発作的に過去のいじめや夕華を殺した時の光景が脳内でリプレイ映像のように流れ、何度もループする。


「お前をぶっ殺しておけばよかった!! そうすれば神奈はあんなことには・・・。

全部お前のせいだ!!」


「お前が我が家に来たせいで家族がバラバラなったんだ!!

お前があんな写真を取らなければ、俺は離婚なんてせずに済んだんだ!!」



「どうして昼奈と夕華が死なないといけなかったの!?

死ぬべきなのはあんたでしょ!!

あの時、追い出さずに殺しておけばよかった!!

あんたは私達家族を貶めた悪魔よ!!」


「あんたみたいな男に好かれていただなんて、想像しただけで吐きそうになるわ!!

あんたさえいなければ、私がリョウ君に騙されることもなかった・・・辱めを受けることもなかった・・・私が死ぬこともなかった!!」


「10年以上尽くしてきたのに・・・私を欺いたくせになんで生きてるの?

そんなに生きたかったの?

自分を心から愛していていた女を殺してでも?

そんな命になんの価値があるの?」


リョウ・・・深夜・・・朝日・・・昼奈・・・夕華・・・俺が関わった人達の罵声が耳元で毎日何度も聞こえた。

それは幻聴だと何度も聞かされていたが、理解しても耐性なんてなかなか付かない。

夕華以外は逆恨みどころか八つ当たりも良いところだが、精神的に弱っている俺には全て突き刺さった。

時には彼らが俺を殺す幻覚まで見ることもあり、まともに眠ることのできない日々が長く続いた。


「来るな・・・来るなぁぁぁ!!」


「夜光! 落ち着け!! 誰も来ていない!

俺がついてる!!」



 パニック状態にまで落ちてしまった俺を優しく抱きしめてくれたのは誠児だった。

プログラム中、何度も何度もこういった状態になると、誠児は俺が落ち着くまでそばにいてくれた。

別にあのマンションの一件で、誠児を心から信じれたって訳じゃない。

あれはあくまできっかけのほんの一部に過ぎない。

俺が誠児を心から信じれるようになったのは、こうした日々の積み重ねによって、あいつが殻にこもっていた俺の心を引っ張り上げてくれたからだ。

正直、最初は口だけだと思っていた。

だが誠児は、自分の発した言葉を全力で行動に移してくれた。

俺が心配だからと、親戚を家を出てアパートぐらしまで始めたそうだ。

誠児に支えられながら、俺は少しずつ薬物から脱していくことができた。

・・・だが神様って言う奴は、俺を簡単には許してくれなかった。


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「有害物質?」


 ある日、スタッフの勧めで紹介された医師が俺を呼びつけてきた。

誠児も同伴してくれて、2人で医師の話を聞くことになった。

話によると・・・俺が使用していた薬物に含まれていた特殊な物質が俺の体内でなんらかの反応を起こして、がん細胞のように変異してしまったと言う。

人に移ることはないが、徐々に内臓を浸食していっているという。


「今は別に自覚症状もないようですが、このままではいずれ毒素が全身に広がっていき、おそらく・・・」


 医師は言葉を詰まらせたが、俺が死ぬっていうニュアンスはそこまで言えば伝わる。


「先生! 夜光は治るんですよね? 手術すれば大丈夫ですよね?」


「・・・わかりません。 癌みたいなものと例えましたが、はっきり言って癌とは全く違うものです。

現に、時橋さん以外にあの薬物を使用した方々にも同じ結果が出ていて、中には死亡した方もいるそうです」


 ちなみに、どうしてこんなことが急にわかったのかというと、

俺に薬物を売っていた例の男が、この少し前に逮捕され、それがきっかけで薬物売買の組織を警察が潰したそうだ。

その際、押収された薬物が調べられ、人に有害な物質が使われていると判明し、今に至る。


「もちろん、私達も全力で治療致します。 ですから希望を捨てないでください!」


「・・・」


「・・・」


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 医師はそう言ったが、俺は薬物使用の回数が多かったのも災いし、完治はできないという結論に至るのも遠くはなかった。

誠児は俺のために涙を流してくれたが、俺はそんな彼を逆に励ますようにこう言った。


「誠児。 お前のおかげで僕は死ぬ前に色々気付かされた。

だから生きている間に、できることをやっておきたいんだ」


 死ぬのは当然怖い。

だが、俺はこの有害物質が、夕華の残した”憎しみ”だととらえていた。

彼女を裏切って殺した俺に対する、彼女が残した罰。

そう考えたら、怖くはあるが受け入れることはできる。

俺は近い内に訪れる死を受け入れ、誠児と共に1日1日を精一杯生きることにした。

俺がなぜそんなことを考えたのかと言うと、誠児が語ってくれた”夢”が関係している。


「夜光・・・俺さ、精神科医になりたいって思ってるんだ」


「なんだよ急に?」


「子供の頃からずっと父さんのことばかり見ていたからさ。

俺も父さんみたいに人を支える仕事がしたいって思っていたんだ。

誰にも言っていなかったけど、勉強だってしてるんだぜ?」


「ボクシングはいいのかよ?」


「あの事件でもう引退してるしな・・・それにボクシングはあくまで家族を守るために身に着けていただけだからな」


「他人を支えたいだなんて・・・僕には想像もできないな」


「お前だってできるさ・・・自分のことを大切にできるのなら、それを他人にほんの少しだけ向けるんだ。

そうしたらきっとお前だって、人のために何かできるようになるさ。

お前はもともと優しい人間だからな」


 俺にとって誠児以外の人間なんてどうでもいい。

だが、誠児は俺のために生きる時間のほとんどを使って俺を支えてくれている。

そんなあいつに、俺は恩返しがしたいと思うようになった。

だが誠児以外の人間関係を絶っている俺が、他人のために何かするって言うのは、難しい話だった。


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 そして、ある春うららかな日。

俺はいつにまにか34歳になっていた。

無事に刑期を終えた俺は、誠児のアパートに転がり込んでいだ。

・・・とはいってもほんの2日前だけどな

この頃になると、薬物依存の副作用や幻覚幻聴と言った症状もだいぶ薄れていた。

2日間の生活費は誠児が立て替えてくれていたが、俺は甘えようとは思わず、バイトでもして稼ごうと考えていた。

ちなみに夕華の莫大な貯金には一切手を付けず、孤児院(俺の過ごした所とは別)に寄付した。

マンションは夕華名義だったので、俺は住めなかったし、住もうとも思わなかった。

夕華がすでにローンを支払い終えていたのは、正直助かった。


※※※


 その日の夜・・・。

俺は誠児に誘われて、夜桜見物に来ていた。

桜舞う幻想的な世界の中で、俺達はコンビニで買ってきた缶ビールを片手に夜風を体中に受けていた。


「なんでまた夜桜見物なんだよ?」


「前に父さんとここで花見をしたことがあるんだ。

その時の夜桜がとてもきれいでさ。

せっかくだから見たいと思ったんだ。

1人より2人の方が楽しいだろ?」


「辺りは物静かだがな」


「・・・今日は付き合ってくれてありがとう」


「付き合ってもらってるのは僕のほうさ。

それに、こうして桜を見ながら酒を飲むっていうのも、乙な物だからな」


「そうか・・・じゃあ、そろそろ帰るか」


「おう」


 俺達は空になった缶ビールをゴミ箱に捨て、その場を立ち去る。

俺はそう遠くない未来で死ぬことになるだろう。

残り少ない人生を、誠児への恩返しに使いたい。

だが誠児には支えなんて必要ないし、俺も自分のことで精一杯だ。

だから俺も誠児のように誰かを支えることが、あいつへの恩返しだと考えている。

そんな思いを胸に秘め、俺は運命を変える”あの場所”へと誠児と共に歩いていくのだった。

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初恋の義姉が俺をいじめている男と付き合い、俺は冤罪で家と学校から追い出される。 もう俺には何もわからない。 panpan @027

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