第16話 時橋 夕華①
私には血の繋がらないお兄ちゃんがいる。
名前は夜光。
始めて会った時は、外見はパッとしないどこにでもいるような子だった。
勉強やスポーツができる訳でもないし、友達が多い訳でもない。
両親とお姉ちゃんは歓迎していたけど、物心がまだ未発達な私にとっては受け入れがたい存在だった。
そんなお兄ちゃんに対して、私はとても冷たく当たっていた
・・・最初はね。
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中学2年生の時、私は同級生の男の子に告白され、交際をスタートさせていた。
彼は顔立ちが大人びているイケメンで、学校でも大勢の女性ファンがつくほどかなりモテていた。
そんなイケメンに初めて告白された。
子供だった私はそれだけで舞い上がっていた。
「やめてっ!」
「ねぇ、夕華ちゃん。 俺達付き合ってるんだろ?
なんでヤルの嫌がる訳?」
「私達、まだ中学生よっ!? そんなこと簡単にできる訳ないじゃない!!」
「はぁ? お前ってピュアだな。 俺の周りじゃ普通にみんなヤッてるぜ?」
「そんなの関係ないっ! とにかく、私は絶対にそういうことはしないから!!」
付き合ってからしばらくして、彼はやたらと私を関係を持ちたがっていた。
それも時と場所を選ばず、盛りのついた犬みたいに強引に誘ってきた。
交際しているとはいっても、私達はまだまだ子供。
そんな簡単に大切な1回目を捧げるなんてできる訳がない。
ほかの人がどうかは知らないけど、私はこういうことは本当に自分の全てをあげてもいいって思う人とすべきだと思うの。
でもそれは、簡単にわかることじゃない。
もっと時間を掛けてゆっくりと築いた絆の上で初めて理解できる。
そんな私の意志など無視し、彼は欲求不満を晴らそうと拒否する私の体にべたべた触って来るようになった。
私は彼のこういう軽薄な一面が大嫌いだった。
私のことを彼女としてではなく、性のはけ口としか考えていない。
だから行為どころか、キスすらしたことがない・・・いや、したいとも思わない。
そんな男さっさと別れたらいいんだろうけど、彼の告白を受け入れたのはほかならぬ自分自身。
私は彼のそばにいる責任があると考え、別れを切り出そうとはしなかった。
もしかしたら、彼が考えを改めてくれるのを期待していたのかもしれない。
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だけど、そんな私の期待はおそろしく簡単に打ち砕かれた。
「なっ何してるの!?」
本屋に向かう途中、彼と偶然会った。
その隣には頭が軽そうな女が彼の腕に絡んでいた。
「あぁ、夕華か。 ちょうどいいや。 俺、お前と別れるから」
「えっ? なんで?」
「だってさ。 お前全然ヤらせてくれないじゃん。
キスすらさせてくれないしさ。
そんな女、付き合う価値なくね?」
「そっそんな・・・」
「キャハハハ!! 何それ!? もしかしてこいつ、ヤルのは結婚してからとか思ってるガキ?
ある意味レアだわ~」
「夕華、教えてやるよ。 これが男と女のあるべき姿だ」
そう言うと、彼は私を嘲笑うかのように横の女と濃厚なキスを交わした。
それは、彼からの告白からたった2週間の間のことだった。
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その後の記憶はあんまりはっきりしない。
気が付いたら、私は自室のベッドで仰向けになっていた。
目からは涙があふれるように流れ落ち、脳裏には彼の顔が走馬灯のように流れてくる。
「私・・・浮気されたんだ・・・」
どうしようもない男だったけど、私にとって初めての彼氏。
私なりに努力もしていたつもりだった。
・・・でも結局、彼が女に求めているのは愛情なんかじゃなく、快楽という名の蜜だったんだ。
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それからしばらくの間、私は学校に行かず、家に引きこもってしまった。
事情を知ったお母さんが、彼の家に怒鳴り込んだみたいだけど、彼もその両親も相手にしなかったみたい。
お父さんと姉である昼奈は、私を慰めようと言葉を掛けてくれていたけど、
その優しさが、逆に心に沁み込んで痛みを生んでしまう。
そして、毎日夢に出てくる、元カレと女のキスシーン。
それが私の心を深く抉るナイフとなっていた。
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トントン……。
「・・・誰?」
「・・・僕、夜光」
「どうぞ・・・」
引きこもってから1週間くらい経ったある日。
ベッドでぼんやり横たわっていた私の部屋にお兄ちゃんが入ってきた。
このころはまだお兄ちゃんに対して他人行儀だったから、会話すらお互いかなりぎこちなくなる。
「何の用?」
「お昼ご飯を持ってきた・・・」
「適当に置いてて」
お兄ちゃんは昼食の乗ったお盆を机に置くと、何か言いたげに手をもじもじさせ始めた。
「何? 何か言いたいことがあるの?」
「あの・・・その・・・げっ元気を出してって・・・言いたくて・・・」
お兄ちゃんは私を元気づけようとしてくれたんだとけど、
この時の私には、薄っぺらい他人からの同情に聞こえていた。
「はぁ? なんで他人のあんたにそんなことを言われないといけないの?
血も繋がっていない他人は黙っててよ!」
「ごっごめん・・・」
「私は他人に憐れられむほど落ちぶれてなんかいないわ!
わかったらさっさと・・・」
「うっ・・・」
次の瞬間、お兄ちゃんは嗚咽をこらえて泣き出してしまった。
その様子はさしずめ、親に怒られた小学生と言ったところかな。
「ちょっちょっと・・・何も泣くことなんて・・・」
「ごっごめん・・・僕、元気になってほしくて・・・でもこういう時、何を言ったらいいのかわからなくて・・・それで・・・うぐっ!」
そこまで言い終えると、お兄ちゃんは堪えていた嗚咽と涙を解放し、赤ちゃんのように泣きだしてしまった。
「なっ泣かないでよ! ごめん、私も少し言い過ぎたから・・・ねっ?」
私は彼に裏切られたショックとか、お兄ちゃんに対するいら立ちとか、そんなことは全部忘れて、泣き出したお兄ちゃんをの気持ちを落ち着かせようと、いつの間にか必死になってしまっていた。
※※※
結局お兄ちゃんは1時間ほど泣き続けたことで、落ち着きを取り戻し、自室に帰って行った。
でもその後、私自身に変化が起きた。
あれだけ元カレの裏切りで一杯だった私の頭は、不思議と涙を流していたお兄ちゃんの顔ばかりが浮かんでいた。
客観的に見れば、お兄ちゃんは年下の女の子に泣かされたみっともない男だ。
でもお兄ちゃんが泣いたのは私の言葉で傷ついただけって訳じゃない。
私を元気づける言葉が出てこなかったことが悔しかったんだ。
泣いている間もずっと、私に何度も”ごめん”って謝り続けていた。
中学3年生の男の子が年下の女の子を前にしてあれだけ泣くことなんて最低限のプライドある人にはできないだろう。
まして、自分には何も非がないのに謝り続けるなんて、私にはできない。
”お兄ちゃんは私のために声を上げて泣いてくれた”。
私にはそう思えてならなかった。
平然と女を裏切る彼と比べたら、人のために泣くことができるお兄ちゃんの方がずっとかっこいい。
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それからと言うもの、私の頭はお兄ちゃんのことばかりになった。
お兄ちゃんの顔を見れば心がざわつき、声を聞けば体中が火照る。
少し触れただけ涙が出るくらい嬉しくなる。
その想いが日に日に大きくなっていき、こっそり風呂場でお兄ちゃんと愛し合っていることを想像しながら、自分を慰めることもあった。
悪いことだとはわかっていたけど、お兄ちゃんがいない間に、部屋の中を物色することもあった。
お兄ちゃんのことをもっと深く知りたい。
私を突き動かすその原動力はあまりに大きかった。
でもそこで、私は枕の下にはさんでいた1枚の写真を見つけた。
「これは・・・お姉ちゃん?」
そこに写っていたのは、姉の昼奈とお兄ちゃんだった。
そのまぶしい笑顔は、全てを包み込む母性のようなものを感じる。
そんなお姉ちゃんの隣にいるお兄ちゃんは・・・少し笑っていた。
別にお兄ちゃんの笑顔を見たことがないわけじゃない。
この家でもたまにお兄ちゃんは笑っている。
でもよくよく思い返したら、お兄ちゃんが笑っている時、必ずお姉ちゃんがそばにいた。
それは愛想笑いなんて薄っぺらいものじゃない、心から喜んでいる顔だった。
そして、お姉ちゃんとのツーショット写真をまるでお守りみたいに枕にはさんでいる。
それらの情報が、私の頭に1つの答えを作り出した。
「お兄ちゃん・・・お姉ちゃんのことが好きなの?」
理由がわからない訳じゃない。
お兄ちゃんは昔、車にひかれそうなところをお姉ちゃんに命がけで助けてもらったことがある。
今思えば。それからお兄ちゃんとお姉ちゃんは仲良くなり始めていたっけ?
「・・・認めない」
この時、私は初めて”嫉妬”と言う感情を覚えた。
その感覚は胸の内を熱い炎が焼き焦がしていくような、苦しくも悲しい感じ。
お姉ちゃんが私の大切な家族であることに変わりない。
だけど、そんなお姉ちゃんに対して憎しみに近い何かを感じる。
それと同時に、私は自身の想いにようやく気付いた。
「私、お兄ちゃんのこと・・・好きなんだ・・・」
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自分の気持ちに気付いたというのに、私は何も行動を起こそうとはしなかった。
お姉ちゃんとお兄ちゃんの仲を引き裂いて、家族の絆に亀裂が走ったら?
お兄ちゃんが私よりお姉ちゃんを選んだら?
そんな言い訳がましい恐怖とお兄ちゃんへの想いの間で揺れ動き、はっきりしない自分に苛立ちを覚える。
「夕華」
「何? ていうか気安く話し書けないでよ!
他人のくせに!」
「ごっごめん・・・」
その苛立ちが、私の言葉や行動を過激にする。
特にお兄ちゃんとお姉ちゃんが一緒にいるのを見ると、
自分を抑えつけられなくなる。
「邪魔よ」
ドン!
「いたっ!」
「夕華! なにをするの!?」
「通路の真ん中で立ち話なんてするからでしょ?」
「だからって突飛ばすことはないでしょ!?」
「そんなの私の勝手でしょ? お姉ちゃんこそ、ガミガミうるさいのよ!」
「あっ! 待ちなさい!夕華」
私はこんな卑怯で汚い自分が大嫌いだった。
この時、もっと素直に自分の気持ちを言葉にしていれば、
"あんなこと"にならなかったのかもしれないのに・・・。
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