第22話 父娘

「流石に今回のことで、お偉方も前のめりで事を進めていたことについては反省してくれたようだ。まぁ、俺もコッテリ絞られたがな」

フェスの翌日、田中と二人での打ち合わせが始まるや否や、田中が力なく笑いながら昨晩の顛末を報告する。

どうやら昨日のフェスの後、田中は夜遅くまで上層部への説明に奔走したとのことで、その顔には疲労が色濃くにじみ出ている。

「なんともまぁお疲れ様でした……。何はともあれ、これでようやくじっくり腰を据えてKYUTEのプロデュースができますね」

田中の気苦労に心の中で手を合わせつつも安堵のため息を漏らす戸松に、田中は首を横に振る。

「それがなぁ……。もっと厄介なことに、とんでもない事実が判明したんだよ。聞きたいか?」

田中の表情を伺うと、口角の上がり具合とは対照的に目は全く笑っておらず、戸松にも何とかしてこの気苦労を分かち合ってほしいとの意図が透けて見える。

「……遠慮しておきます。知らぬが仏って言葉、あれって世の中の真理だと思うんですよね」

特段内容を聞いたところで田中が戸松に何かを求めるわけではないことは承知しているものの、心の安寧のため丁重に断りの文言を告げる。

尤も、この程度のことで田中の口にブレーキが掛かるはずがないことは重々承知しており、この程度の応酬は二人の間では様式美の範疇であった。

「いやぁ、それがさ……」

案の定、田中が戸松の言葉など意にも介さず話を続ける。

「ほら、とまっちゃんが初めてKYUTEと顔合わせしたとき、お偉方の一人があの子たちを推しているってので、結果無茶なスケジュールで走ることになったって事件があったよな。なんと、そのお偉方ってのが須川ちゃんの父親なんだとさ」

「……うわ、なんですかそれ」

戸松の脳裏には、いつかのバーでの密会の景色が蘇り、思わず苦虫を噛み潰したような表情を浮かべてしまう。

「これがただの偶然なら良かったんだがな……。思い返してみると、あの人が役員としてうちの会社に来てから、アイドルの発掘や声優アーティストの育成に力を入れだしたんだよなぁ」

そう語る田中の目は、会議室の壁を越え、遠くを映しているような様相である。

「メジャーデビューさせる対象の選定には一応俺も携わったし、色眼鏡なしでKYUTEには丸印をつけた訳だが、果たしてそれが出来レースではなかったかどうかは今となっては分かりようがないってね。中間管理職って所詮そんなもんさ」

皮肉めいた口調で、田中が溢す。

KYUTEを選定候補に挙げた経緯や、デビュー対象決定にあたっての上級管理職会議の内容など田中が知るべくもない。

担当者レベルでオーソライズが取れていた案件が、社長や役員による鶴の一声でひっくり返ることも多々あり、自社の風土がいかにも日本企業らしくトップダウンに染まり切っていることに、田中は改めてもどかしさを覚える。

「まぁ、結果としてポテンシャルあるKYUTEの採用で決着ついたからまだ良かったじゃないですか。」

上手いフォローの言葉が咄嗟に思い浮かばず戸松が適当にお茶を濁すと、これ以上愚痴を言っても仕方がないと判断したのか、話題を打ち切る。

「ま、ともかく、須川ちゃんのことはそういうわけで気に留めておいてくれ。……そうそう、実は彼女たちをデビューさせるにあたっては、一応学生ということもあったんで保護者の意向も確認したんだ」

心の平穏を脅かす話がさらに続くのかと戸松は思わず身構える。

「須川ちゃんに関しては、叔母のところに下宿して面倒見てもらっているってのもあって、その人が窓口になって対応していたわけよ。んで、須川ちゃんに一応両親のことも触れてみたんだけど、どうも芳しい反応がなくてな。彼女も成人している以上、突っ込んだ話はできないから消化不良に終わっちゃったんだ。とにかく、あの子に父親のことを直接的につついちゃうと変に火が吹き出しそうだからくれぐれも慎重にな」

「分かりました。既に炎は上がっちゃっている気がしますが、中の栗を拾いに行くマネはしませんよ。あくまで気に留めるだけにしておきます」

須川の内情に踏み込むことは音楽プロデューサーとしての領分ではないため、戸松はおざなりな返答をするしかなかった。

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