第20.3話 フェス3

KYUTEの前の出演者がステージを去り、いよいよ彼女らの出番が訪れる。

ステージの照明が落ち、直前まで大きく歓声を上げていた観客は、打って変わって静かに次の演者の登場を見守る。

4人がそれぞれの立ち位置へたどり着くと、観客席に背を向け、仁王立ちで曲の始まりを待つ。

夕日に照らされる彼女らのシルエットは随分と様になっており、関係者席からその姿を眺める紗枝は思わず感嘆のため息をつく。

そして寸刻の静寂をはさみ、Startin’ our KYUTEst Storyのイントロが流れ始める。

4人が振り向くと同時に点灯したスポットライトが、ピアノの音色に合わせて踊る彼女らを照らし、その動きを強調する。

舞台のグレードも上がったうえ、KYUTEの4人も練習を積み重ねてきたこともあり、デビュー時のライブよりも各段にダンスの見栄えが向上している。

彼女らのドルフィンダンスに、前回のライブにも来ていたKYUTEファンはしたり顔で頷く。

半面、彼女らを知らない大半の客は、彼女らのダンスを只々ぼんやりと眺めるのみである。

イントロが終了すると、Aメロ出だしから新垣と須川がハーモニーを紡ぎその歌唱力を余すことなく披露する。

初手からの歌唱力のインパクトに対しては、彼女らを初めて見た客も驚嘆を以って応じる。

Bメロのソロパート回しに移ると一転、今度は各々の歌声の個性が強調される。

戸松による細かいディレクションや練習の甲斐あってか、デビューイベント時に比べて種田の歌唱は表現力が大幅に向上しており、ソロパートの質も全体的に底上げされている。

観客席の前方に押し寄せていたKYUTEのファンも気分が高まり、このタイミングでコールやクラップを思い切り打つ。

しかしながら、フェスに参加している大半の層は彼女らの成長を知るべくもなく、無邪気に盛り上がるだけのファンを冷ややかに見つめる。

「へぇ、すごくいい感じに歌えているじゃん。ただ、盛り上がっているのは前方にいる元々のファンだけか……。もっと多くのお客さんを味方につけないと厳しいかな」

ステージを見守る紗枝が不安そうに独り言ちる。

音楽フェスという性質上、なんの実績もないアイドルという括りで見られている彼女らが鼻白んだ目で見られるのは必至であり、その前提を覆すのは一筋縄で行くべくもない。

幸いにも、Startin’ our KYUTEst Storyは拍子もテンポも一定でノリやすい曲調であったため、曲をよく知らずともフィストバンギングをする客はチラホラと見受けられるものの、やはり会場全体を通しての熱量は乏しい。

消化不良のままに曲が終わり4人は歯噛みするものの、俯くことだけは懸命にこらえる。


「みなさーん、初めまして!私たちはKYUTEというアイドルユニットです。今日は私たちの歌にお付き合いいただきありがとうございます。私たちのことを知っている方はおそらくそう多くはないと思うのですが、幸い、こうして大舞台に立つ機会を幸運にも頂くことができました」

新垣の挨拶に、前列へと詰め寄せたファンは嬌声をあげるも、その他大半は拍手をするのみで両者の温度差は際立つばかりである。

「さて、次で最後の曲となります。この曲は私たちの2ndシングルの表題曲で、我々4人の自己紹介ソングです。では、聴いてください」

あまり長く話すのも不味いと判断したのか、新垣は与えられた時間よりも随分と早くMCを切り上げ、曲の始まりに向け4人の表情が改めて引き締まる。

イヤモニから流れるプリカウントを経てイントロパートが始まると、シンセと4つ打ちのバスドラムによるバッキングに合わせ、サビをモチーフとしたフレーズを新垣が高らかに歌い上げる。

8小節の歌唱パートが終了すると一転、アコギソロがスピーカーから流れだし、アルペジオに合わせて4人がゆったりとステージ上を闊歩し、フォーメーションを変化させる。

一転、Aパートに入ると、8分のリズムでかき鳴らされるシンセバッキングとアコギが同時に鳴り響く中、香坂と種田が2小節ずつを交互に歌い、二人の声のギャップを際立たせる。

「へぇ、1曲目のスタンダードなアイドルソングから、2曲目はEDMとは振れ幅が凄いね。中々おもしろそうなユニットじゃん。会場の盛り上がりとの温度差がもどかしい限りだね」

「確かに、歌唱力もあってダンスもうまいし、今後の要注目グループかもしれないね。まぁ、このフェスは知名度がものを言う傾向だし、この環境はキツいわな」

紗枝の傍に座っている業界人らしき二人組が小声で論評を交わす。

Aパートが終わり、Bパートへそのまま移行するのかと大多数が想定する中、その予想を裏切る形でラップパートがスタートする。

「ついてきなさい私は千里 カリスマあふれるみんなのリーダー」

新垣を皮切りに、各々が順々に名乗りのフローを刻んでいく。

スラップベースを強調したバッキングは彼女らの発するワードのキレを増幅させ、曲調を一層尖らせていく。

しかしながら、大規模な屋外フェスという環境は、その音響の悪さから、初見でワードを聞き取り咀嚼する余裕を大方の観客に与えるべくもない。

そのままままラップパートを終えBパートに入ると、八分の裏拍に乗って須川が歌声を会場中に鳴り響かせ、併せてサビへ向けての盛り上がりを演出すべく、シンセFXの手数も増加していく。

直球的な盛り上げ方に対しては観客もボルテージが高まり、先刻よりも掲げられている手の割合が増加しているのが見て取れる。

「そうなんだよね……。知名度がないから、こういう直球的な盛り上げ方を演出して辛うじて……ってね」

紗枝があれこれと考えているうちにセクションはサビへと到達し、4人が手をあげ飛び跳ねながらハイトーンをユニゾンで繰り出す。

シンセ音源とアコギを織り交ぜったトラックに重なる歌声は、フェスという場に調和しており、観客も幾分かの盛り上がりを見せる。

半面、その目は彼女らを正面から見ておらず、雰囲気で盛り上がっているばかりである。

「ふぅ……。予想はしていたとはいえ、実際目の当たりにするとこっちもメンタルに来るな」

控室のモニターに前のめりでかじりついていた田中が、ため息をついて椅子の背もたれに体重をかける。

「さっきから胃が痛くてしょうがないですよ。でも、彼女たちの方がもっとしんどいんでしょうね……」

戸松は控室に用意されていたお茶を嚥下するも、その舌は味を感じる余裕もない。

控室で二人が気をもむ間にも歌は進み、やがてあっさりと終わりを迎える。

「以上、KYUTEでした。本当にありがとうございました」

曲が終わるや否や、新垣による端的な挨拶とともに4人並んでお辞儀し、下手からステージを去る。

ステージを辞し、彼女らが通ったあとの控室への通り道には、4人の落涙の跡がポツポツと残っていた。

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